表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
158/172

第13話 町は大荒れか。外に出られないわね

――天原衛


 アイリスがデトロイト市庁舎で行ったデトロイトで暴れまわるマモノ『トビサソリ』に関する情報は、すぐにホワイトハウスに報告され大統領を巻き込んで全米を揺るがす大ニュースとなった。

 今後デトロイトで、ニビル由来の感染症によるバイオハザードや、新たなトビサソリの出現という大きな厄災が起こる可能性があると知った大統領は情報規制をあきらめニビルとマモノの存在を公表することを決定した。

 アメリカ大統領の大きな決断をした以上、日本政府もニビルとマモノの存在を秘密にするわけにいかない。

 デトロイト市庁舎でのマモノ災害対策チームミーティングから7日後、日米両政府は共同でニビルとマモノの存在を公表する記者会見を開くことになった。


「SNS上で、地球外生命体とのファーストコンタクトを果たしたのはアメリカではなく日本だったと噂が流れていますが、これは事実なのでしょうか? また、地球外生命体の存在を国民に公表しなかった理由をお教え願います」

「異世界ニビルについては我が国も現地調査を開始したばかりで……」


 画面の中で総理大臣が記者から厳しい質問が矢のように投げかけられている。


「やってる、やってる。総理、ヒドイ目にあってるな」


 とはいえ、画面の中でマスコミに詰問されている総理大臣は、アメリカ大統領と申し合わせて汚い裏取引をしていた張本人だ。

 正直、自業自得としか思えない。

 俺達はデトロイト中心部、俗にスラム街と呼ばれる場所にあるビルの一室を間借りして住居兼前線基地にしている。

 犯罪の発生率は全米平均の1.8倍という非常に物騒な地域だが、その分家賃は驚くほど安い。

 世の中便利になったもので、こんなスラム街の中にあるボロビルでもインターネットは繋がっているし、アメリカにいても動画サイトで日本政府の記者会見のライブ中継を見ることができる。


「うわっ、インターネットで日本政府、大炎上してるよッ!」


 スマホでSNSをチェックしていたハ・ルオが、燃え上がる一般市民の反応を見て悲鳴をあげる。


「一般人の目線で見たら、すごく面白いゲームを一部の権力者が独占して遊んでいたと思うだろうな」


 異世界ニビルや、地球外生命体の存在を国民に公表していなかったことに対する国民の怒りはすさまじくSNSでは政府に対する批判が山火事のように燃え上がっている。

 ただ数日前まで異世界生物対策課で働いていた身としては、キュウベエやグレンゴンみたいな単純に強いだけのマモノならともかく、ノウウジやトビサソリのような駆除が非常に困難かつ大量に人を殺害する危険なマモノの存在を公表することに躊躇してしまう気持ちも理解できる。


「少ないけど政府を擁護する意見もあるみたいだな。まあ、誰が見てもマモノの能力って危険すぎるからな特にノウウジとトビサソリ」


 ニビルの存在を公表するにあたって政府は環境省のホームページでは現段階でわかっているニビルの環境に関する調査結果と、日本に入り込んでいた外来種を駆除するために組織された異世界生物対策課の存在、そして日本政府が過去に接触したことがあるマモノの能力が一般公開された。

 一般人が見てもノウウジとトビサソリが飛びぬけて危険なマモノなのは理解できたようで、SNSのトレンドでもノウウジとトビサソリの名前が挙がっている。


「由香さんからメールが来たけど、日本は解散総選挙だって。今後、日本政府がニビルへの調査を続けるかを国民に問うみたい」

「解散総選挙か、まあ内閣総辞職程度じゃ国民は納得しないわな」


 もしかしたら、社会の教科書に今回の解散のことを『ニビル解散』と記載される日が来るかもしれない。

 もっとも、日本政府の炎上度合いはまだマシだ。

 日本政府はニビルの情報を国民に秘密にしていたが、異世界生物対策課という対策チームを作り、ニビルからやってきたマモノを秘密裏に駆除することで一般人の犠牲を0に抑えてきた。

 アメリカ政府の炎上度合いは日本の比ではなく、ニビルの存在を公表したとたん、全米から政府に対する激しい怒りと怨嗟の声が巻き起こった。

 日本政府と決定的に違うのは、アメリカではニビルからやってきたマモノによって54人の罪のない国民が犠牲になっていることだ。

 人が死んでしまったという事実は重い。

 メディアでもSNSでも、アメリカ政府の無策と無能ぶりをバッシングする論調があふれ返り、ホワイトハウスのあるワシントンと、マモノ災害の被災地となったデトロイトでは大量の市民が街に繰り出し暴動一歩手前の大騒ぎに発展していた。

 一歩間違えれば1967年に発生したデトロイト暴動みたいな大事件に発展してもおかしくないが、市民が暴動を起こす可能性を事前に予想していたマモノ災害対策チームがデトロイト市警のSWATと州兵を事前に市内の各所に配置して厳戒態勢を敷いていたことでデモが暴動に発展することを防いでいた。

 窓の外を覗いてみると大勢のデトロイト市民が大声で政府に対する非難の声を叫んでいるが、警察官や州兵がまるで古代ギリシャのファランクス兵のように盾をズラリと並べて監視している中で暴れだすバカは出ていない。

 ちなみに俺達は現場を混乱させるので絶対に手を出すなと厳命されている。


「町は大荒れか。外に出られないわね」


 窓から市民と州兵が盾越しに押し合いをしている様子を見て恵子は深々とため息を吐く。


「手を出すなと言われているが、見ていてすごくハラハラするな」


 上から見ていると血の気の多い市民が、州兵の構える透明な盾に体当たりを仕掛けたり、盾を殴ったりしている。

 今のところ盾に対する攻撃なので警察官も州兵も反撃せずに我慢しているが、短気な人間が殴り返したりしたらたちどころに暴動に発展するだろう。

 そんなことを考えながら外の様子をうかがっていると、嫌な予感が的中した。

 大柄な黒人男性が州兵に向かって執拗にタックルを繰り出し、その乱暴な態度に怒った州兵が黒人男性を殴りつけた。

 その一撃で全ての均衡が崩れた。

 州兵と黒人男性が殴り合いのケンカを始め、それに呼応するかのように怒れる市民が州兵に襲い掛かる。

 州兵の側も仲間を守るために反撃を始めたため、二人の男を中心に州兵と怒れる市民達が殴り合いのケンカを始める。

 これはヤバイッ! このままだと第2のデトロイト暴動が始まってしまう。


「PHCアマハラ総員出動ッ! あそこで暴れてる奴らを全員取り押さえる」

「いいのマモちゃん!? 私達は手を出すなって言われてるでしょ」

「そんなん知るかッ! 命令を守っていたら人の命は守れない」


 俺は窓枠を蹴って外に飛び出した。

 低出力のケモノノハドウで着陸地点を調整し、俺は騒ぎの中心となっている黒人男性と州兵に真上から襲いかかる。

 ケガをさせるわけにはいかないので、俺は逆噴射で減速をかけて騒ぎの中心で殴り合う二人の男の頭の上にチョコンと着地した。

 殴り合う男二人はどちらも身長180センチを雄に超える大男だったが、不意打ちで人が頭に乗っかってきたことでバランスを崩し、前方に崩れ落ちるよう倒れこむ。


「ファックッ!」

「ゴートゥヘルッ!」


 頭に血が上った州兵と黒人男性は、ケンカに横やりを入れてきた俺につかみかかってくる。


「サルじゃないんだから、おとなしくしろッ!」


 俺は二人の男の襟首をつかんで強引に地面に引きずり倒す。

 しかし、どうしよう?

 この二人を安全に無力化するには締め落とすしかないが、二人同時に首を絞めるのは難しい。

 慌てて飛び出さずにスタンガンを持ってくるべきだった。

 俺が困ってマゴマゴしていると、細い腕に握られたスタンガンが二人の男の首筋に押し付けられる。


「マモちゃん。人を助けるために身体張るのはいいけど、何の考えもなしに飛び出すのは勘弁してよ」


 スタンガンで二人の男を気絶させた恵子があきれ顔で携帯用スタンガンを2個手渡してくれる。


「返す言葉もありません」


 ダーク・ウォーカーの基地を攻撃したときもそうだったが、準備不足を承知で突撃してしまう悪癖は直さないといけないな。

 恵子に続いて、牙門、ミ・ミカ、ハ・マナ、ハ・ルオ、ヨ・タロの5人が次々と暴動の真っただ中に着地する。

 空から人が降ってくる。

 そんな人知を超えた事実を目の当たりにして、暴走した州兵と怒れる市民は暴れる手を止め一斉に俺達に注目する。


「総員、スタンガンは持ってきましたか?」


 俺が恵子に渡されたスタンガンを掲げて呼びかけると、恵子とヨ・タロ以外の5人は苦笑を浮かべながら手に持ったスタンガンを掲げてくれる。


「それじゃ暴れている人は全員制圧で。くれぐれも相手にケガさせないように気をつけてくださいッ!」


 俺が号令をかけると、PHCアマハラの面々は騒ぎを引き起こす暴漢を誰であろうと制圧していく。


「マモちゃん、暴れてる人は警官や州兵でも無力化するんだよね?」

「当たり前だッ! 州兵も警官も、民間人も暴れてる奴は全部区別なく気絶させろ」


 この手の暴動を鎮める一番手っ取り早いのは喧嘩両成敗を徹底することだ。

 アメリカでは、ときどき今回のような市民が暴動を起こす事件が発生しているが、暴動の起こるきっかけの大半は白人の警官が黒人やアジア人に理不尽な暴力を振るったことから始まっている。

 俺はアメリカの警官や州兵の練度やプロ意識が決して低いとは思わないが、大勢の人間が所属している組織には短気でモラルの低い人間が必ず存在する。

 もし警官や州兵には手出しせず暴れまわる民間人だけを制圧したら、俺達も官憲の手先と見做され周囲で騒ぎを傍観していた民間人も一斉に暴れだすだろう。

 だからこそ喧嘩両成敗。

 警官も州兵も暴れる民間人も、区別なくスタンガンで制圧していく謎の集団が現れたら、仲間を倒された怒りより、次は自分も襲われるかもしれないという恐怖が上回る。

 おまけに謎の集団は、自分達の理解できない日本語を話し、少女や犬が混ざっているのだから正体不明の存在に対する恐怖はより増幅されるはずだ。

 俺達が事態の対処に乗り出すと、突発的に始まった暴動は30分と立たずに沈静化した。

 直接スタンガンで気絶させた暴徒は100人にも満たなかったが、どんな大男が殴っても組み伏せようとしても意に介さず、圧倒的な腕力で地面に押さえつけられて首筋にスタンガンを押し付けて気絶させてしまう。

 そんな人知を超えたバケモノを目の当たりにして、警官も州軍も民間人も暴れたら次は自分が襲われるという恐怖に捕らわれ凍り付いたように動かなくなった。


「なんとか落ち着いたな」


 牙門が気絶させた州兵と民間人を群衆に踏まれないように両肩に担いで道の隅に運び込む。

 彼が歩き始めると取り囲んでいた人々が一斉に飛び退き、まるでモーゼが海を割った時のように牙門の前に道が出来上がる。

 牙門にならって俺や恵子も、気絶させた人を安全な場所に移動させようとすると、俺達を取り囲んでいた人々が皆一斉に道を開けた。

 俺達を見る彼らの視線は、自分たちを抑圧する存在に対する暗い怒りを抱えていたが、それでも正体不明のバケモノは怖いらしく暴れだす者は一人もいなかった。

 俺達が気絶させた人達を一通り安全な場所に運んだ頃には、騒ぎは完全に落ち着いていた。

 この場に集まった州兵、警官、民間人はそれぞれの仲間通しで固まって遠巻きに俺達のことを観察している。


「さて、さて、どうしたもんかな?」

「やっぱり、この場を放棄して帰るのはダメだよね」

「私達がいなくなったら暴動が再開しそうだもんね」


 いまは得体のしれないバケモノに対する恐怖が彼らを押さえつけているが、俺達が去ったら確実に暴動が再開するだろう。

 抗議に出てきた民間人の方々が大人しく解散してくれるのが一番だが、彼らを駆り立てたのは自分達を守る努力を怠り54人の犠牲者を出した政府に対する怒りだ。

 政府が彼らの納得できる答えを用意できない限り、簡単にこの場を去ろうとしないだろう。

 俺達と暴徒予備軍がジリジリとにらみ合いを続けていると、州軍の一団の中から2人の男が集団から抜け出してきた。

 一人は軍服を身にまとった黒人で、軍人らしく鍛え上げられた体格をしているが、左足が義足になっていて、不自由な左足を補うためにコツコツと杖をついて歩いている。

 その黒人に付き添うようにスーツ姿のアジア人男性が並んで歩いている。


「はじめまして、PHCアマハラの皆さん私は通訳官のサイトウです。そして、こちらの方がミシガン州軍のグリーン・ルーペ中尉です」

「グットジョブ ジャスティス・リーグ」

「中尉は『いい仕事をしてくれたジャスティス・リーグ』と言っています」

「ジャスティス・リーグって何ですか?」


 突然自分たちのことを変な名前で呼ばれてハ・ルオがコクンと首をかしげる。


「ジャスティス・リーグは、スーパーマンやバットマンがチームを組んだ時のヒーローチームの名前です。PHCアマハラの皆さんは、私達を救いに来たヒーローみたいなものですから」

「ヒーローねえ……」

「スーパーマンの名前が出てくるのが、アメリカって感じがするな」


 俺はアメコミに詳しくないのでスーパーマンにみたいなヒーローだと言われてもピンとこないが、とりあえず暴動を鎮圧したことは肯定的に捉えられているようだ。

 グリーン・ルーペ中尉は、群衆の前に仁王立ちになり大声で叫び始めた。


“みんな聞いてくれ。マモノ災害に対して無力だったホワイト・ハウスのクソ野郎共のケツを蹴り上げたい気持ちはよくわかる。だけど安心してくれッ! デトロイトを救うために日本からマモノ退治のプロが来てくれた。彼らが俺達のジャスティス・リーグだ。ここにいるヒーロー達がトビサソリをぶっ殺してみんなを元の生活に戻してくれる”


 通訳官のおかげでグリーン・ルーペ中尉が、俺達がトビサソリを倒しに来たヒーローだと喧伝することで、この場に集った人達から理解を得ようとしていることがわかった。


「私達がヒーローチームって、そんな与太話信じてもらえるわけ……」


 恵子の予想に反して、群衆達の方からパチパチとまばらな拍手の音が聞こえてくる。

 拍手の音は次第に大きくなり、そのうち『ジャスティス・リーグッ!!』『アベンジャーズッ!!』と叫ぶ声が聞こえるようになる。


「なにこれ? 私達がヒーローってことでみんな納得しちゃったわけ?」


 デトロイトを救いに来たヒーローとしてもてはやす群衆の歓声をキョトンとした顔で聞いていると、彼らを煽ったグリーン・ルーペ中尉がこちらに近づいてくる。


 “改めていい仕事をしてくれた。PHCアマハラ。君たちのおかげで、市民の暴動を防ぐことができた”


 通訳官が謝辞を伝えてくれたあと、グリーン・ルーペ中尉が大きな手を俺に差し出してくる。

 握手を求めているのは判ったので手を差し出すと、俺よりも一回り大きな手でギュッと力強く握りしめられた。


「どうでもいいけど、この人何者なんですか?」


 突然現れた黒人男性にミ・ミカはいぶかしげな視線を向ける。


「中尉ってことは士官だから。ここに来た州軍の部隊指揮官だろ」


 軍隊のないウルク出身のミ・ミカはピンと来ないかもしれないが、地球の軍隊では指揮官は基本的に直接戦闘に参加することはない。

 グリーン・ルーペ中尉は左足を失っているので直接戦うのは難しいと思うが、部下を指揮する能力があれば部隊指揮官は務まるはずだ。

 と、思っていたのだが……。


「PHCアマハラの皆さん。私はグリーン・ルーペ。現時刻をもってPHCアマハラに合流し、トビサソリ駆除作戦に参加します」


 グリーン・ルーペ中尉は俺達にむかって敬礼し、自分の口で高らかに宣言した。


「グリーン・ルーペ中尉は、ここにいる州兵の部隊指揮官ではありません。貴方達がマモノ災害対策チームに派遣を要請していた市街戦のアドバイザーです」

本作を読んでいただきありがとうございます。

私の作品があなたの暇潰しの一助となれましたら、幸いでございます。

お気に召して頂けたならばブックマーク、評価など頂けましたら幸いです。

そしてもし宜しければ賛否構いません、感想を頂ければ望外のことでございます。

如何なる意見であろうと参考にさせていただきます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ