表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
157/172

第12話 トビサソリの体長は90センチ、翼開長は2メートル

――アイリス・オスカー

 “”は英語での会話となります。


 トビサソリ。

 ハ・ルナ魔道具の同じ名を持つマモノで、原種は地球にも生息するガリ・ニッパーという名の蚊だ。

 ガリ・ニッパーは主にアメリカ東部に生息する蚊で一番の特徴はサイズだ。

 日本に生息するイエカの体長が5ミリ前後なのに対して、ガリ・ニッパーの体長は4倍の2センチに達する。

 これほどの大きさになると刺されたときの刺激はカユイではなく激痛を伴うレベルになる。

 正式な学名はプロソフォラ・シリアタというのだが、生息域となるアメリカ東部では刺されれば血を1ガロン吸われる巨大蚊としてガリ・ニッパーという愛称が名付けられ、今では学名より愛称呼ばれることが多くなってしまった。

 そんなガリ・ニッパーが魔力器官を得てマモノになれば、その脅威度は跳ね上がる。

 ハ・ルナから聞き取った話によると、トビサソリの体長は90センチ、翼開長は2メートルという石炭紀の昆虫群、コークスモンスターを彷彿させる化け物だ。

 虫型のマモノは肉体強化魔法の副作用によって原種に比べて種の限界を超えた大きさに成長することが多く、トビサソリはその典型例といえる。

 これほど巨体になると、血をするための口は鉄パイプ並みの太さになり吸血のために口を差し込んだだけで人間に重症を負わせることができる。

 さらに巨大な口から1リットル以上の血を一気に吸われれば人間は失血性ショックで簡単に死ぬ。

 デトロイトにもぐりこんだマモノ、トビサソリは外見と身体能力だけでも頭が痛くなる化け物だが真に恐ろしいのはトビサソリが人から血を吸っている事実だ。

 大半の人は誤解しているが蚊の主食は動物の血ではない。

 蚊の主食は花の蜜や樹液の類で、オスの蚊は血を吸わない。

 血を吸う蚊は産卵を控えたメスだけだ。

 彼女達は腹の中に抱えた卵を発達させるタンパク質を得るためにほかの動物の血をすする。

 逆説的に考えると、トビサソリは最低でも2体以上存在し、おまけにメスは腹の中に将来ガリ・ニッパーへと成長する卵を大量に抱え込んでいることになる。


“ミス・アイリス。体長90センチの蚊が市民を襲撃しているなんて、そんな出来の悪いハリウッドみたいな話を信じろというのかね!?”


 トビサソリの正体と、現在進行形で続いている恐ろしい真実について説明を受けたデトロイト市長は震えた声で報告が整合性について聞き返す。

 きっと彼は心の底で、私の報告が何かの勘違いであることを期待しているのだろう。

 私は無言で首を振り、彼の思い描く希望的観測を否定する。


“現在確認されているマモノをDNA分析した結果。マモノは魔力器官の有無を除くと原種と全く同じDNA構造を有しています。DNAが同じである以上、トビサソリとガリ・ニッパーの生態は似通ってくると考えるのが自然です。トビサソリは生物としての本能に従って行動しています。オスとメスがいれば繁殖のために交尾を行い。メスは受精した卵を成長させるためのタンパク質を求めて他の動物の血をすする。トビサソリにとって、自分たちのナワバリの中で最も数が多く、動きの鈍い人間は非常に都合のいい獲物です”


 私が今立っているのは、デトロイト市庁舎の中に設けられたマモノ災害緊急対策ミーティングの檀上だ。

 そこで私は、いまデトロイト市内で大量の犠牲者を出しているトビサソリというマモノの正体と、その後に起こる最悪の事態についてマモノ災害対策チームのメンバーに説明していた。

 マモノ災害対策チームにそうそうたる肩書を持つ人達が並んでいる。

 主席対策官となるデトロイト市長をはじめとして、デトロイト市警の長官、アメリカ連邦捜査局(FBI)の上級捜査官、アメリカ国防総省ペンタゴンからも佐官クラスの将校が対策チームのメンバーが派遣されていた。

 メンバーの中には私の知り合いもいて、アメリカ保健福祉省(HSS)から元上司のトニー・ビンソン上級管理官が対策チームのメンバーとして参加している。


“トビサソリが大量の卵を産卵するという話だが、その卵が孵化したらどうなるんだ? まさか、数十万のトビサソリがデトロイトを襲ったりするのかね?”


 最初に発言したのは予想通り元上司のトニーだった。

 彼は生物学の博士号を持っているエリートなので、そういう部分には鼻が利く。


“そこまでの事態にはなりません。トビサソリが産卵するのはあくまでガリ・ニッパーの卵です。おそらく今年の夏は例年とは比べ物ならないほどガリ・ニッパーが大量発生すると思いますが、デトロイトを壊滅させるほどの破壊力はないと思います”


 私の言葉を聞いて座長席に座っていたデトロイト市長がホッと胸をなでおろす。

 説明は全て終わっていなのに気の早い話だ。

 市長は悪い人ではないと思うが、物事を楽観的に考えるところがあるので組織のトップとしては少し頼りない。


“市長、ガリ・ニッパーの大量発生は笑って済ませられる問題じゃありませんよ。ガリ・ニッパーは連邦政府の定める特定害虫です。加えて、トビサソリが産卵するのはアメリカに生息するガリ・ニッパーではなく、ニビルからやってきたは外来種です。ニビル由来の未知の伝染病を媒介する可能性も十分に考えられます”

“バイオハザードが起こるっていうのか!? なにか、なにか対策はないのか!?”

“対策ですか……9月を過ぎたらガリ・ニッパーが大量に発生するので、刺されないよう警報を出すしかないですね。ガリ・ニッパーの口は強力でジーンズを貫通して血を吸われた例もあるので、刺されない服装のガイドラインを作って周知するのがいいと思います”


 製鉄工場等で着用する厚手の作業着ならガリ・ニッパーの攻撃を防ぐことができるだろう。加えて必ず首に厚手のタオルを巻いて首筋を刺されないようにする対策も必要だ。


“夏場に肌の露出を控えろ、なんてガイドラインを出しても市民は誰も従わんよ。もっと、前向きな対策はないのか? 産卵地を探し出して前もって駆除できないのか!?”

“不可能です。ガリ・ニッパーが産卵を行うのは水辺じゃなく乾燥した草原地帯です。もう一度言う、乾燥した草原地帯だ。デトロイト市の周辺に広がる広大な草原のどこにでも、奴らは卵を産み付ける。卵を事前に探し出して駆除するなんて砂漠で針一本探し出すようなものです”


 市長が語る馬鹿げた作戦に、私の代わりにトニーが反論してくれる。

 ガリ・ニッパーは蚊の仲間の中では珍しく、水辺ではなく乾燥した草原地帯に卵を産み付ける。

 幼虫の段階で駆除しようにも遮蔽物のない水辺とは違い、石の下や、湿った土の中に潜んでいる幼虫を探し出すのは不可能に近い。


“先ほどミス・アイリスは、ガリ・ニッパーが大量発生すると話していたが、トビサソリという怪物はそんなにたくさん卵を産むのかね?”

“ガリ・ニッパーは体長2センチで一匹のメスが一年間に産む卵の数は約2,000個です。対してトビサソリの体長は90センチ。体のサイズが50倍の大きさなので単純計算で通常の個体の50倍、約10万個の卵を産卵することになります”

“10万!? いくらDNAの構造が同じだとしても本当にそんなことが可能なのかッ!!”

“ニビルで実際にトビサソリを退治したことがある関係者からの情報なので間違いないです”


 腹の中に抱えた10万個の卵に栄養を与えるため大量の血が必要だったとすれば、メスのトビサソリがデトロイト市内で54人もの人を襲ったことにも説明がつく。

 ニビルから訪れた人知を超える怪物マモノによって数々の厄災が起こることを知らされて、対策チームのメンバーは石のように沈黙する。


「アイリスさん、10万分の1の法則の話はしなくていいの?」


 会議場が静まり返る中、ハ・ルオが私の説明に不足があることを指摘してくれた。

 デトロイト市庁舎で開かれている『マモノ災害緊急対策ミーティング』には、衛をはじめとするPHCアマハラのメンバーも参加している。

 彼らは基本的に英語で議論する私達の話を聞き流しているだけだが、場の雰囲気を見て大事な説明が漏れていることに気づいたようだ。


「そうですね。10万分の1の法則のことは、きちんと話しておく必要がありますね」


 ≪10万分の1の法則≫それは、トビサソリと戦う上で非常に重要になるニビルとマモノの存在に関する恐ろしい真実だ。


“皆さん、最後に一つお伝えしなければならないことがあります。ニビルではマモノ発生のメカニズムを説明するときに≪10万分の1の法則≫という言葉がよく使われます。超生命体マモノは、ニビルに生息する生物が生殖活動によって新たな個体を生み出す際に突然変異体として誕生します。その確率はおよそ10万分の1。新たな生命が10万生み出されたとき、そのうちの1体が魔力器官を持つ突然変異体マモノとして誕生するのです”


 ニビルでは、獣や竜属性のマモノに比べて、虫・草属性のマモノの数が圧倒的に多い。

 理由は明確だ。

 哺乳類が一度の出産で産み落とす子供の数は多くて10匹。

 爬虫類や鳥類が一度に産み落とす卵の数は最大でも50個。

 それに対して昆虫や植物は一度の生殖活動で数千個の卵や種子を新しい命として生み出す。

 誕生の経緯がどんな形であれマモノが誕生する確率は10万分の1。

 だから、虫・草属性のマモノは他の属性のマモノに比べて圧倒的に数が多い。

 それも踏まえて考えるとトビサソリは本当に恐ろしいマモノだ。


“ミス・アイリス。君は先ほどメスのトビサソリは10万個の卵を産卵するといわなかったかね?”


 市庁舎に集まった対策チームのメンバーが一様に大きく唾を飲み込む。

 トビサソリが産卵する10万個の卵と、10万分の1の法則。

 トニー以外のメンバーもトビサソリがもたらす新たな厄災がなんなのか理解してくれたようだ。


“今回デトロイト市民を襲ったメスのトビサソリは、高確率で新たなトビサソリ生み出します”

本作を読んでいただきありがとうございます。

私の作品があなたの暇潰しの一助となれましたら、幸いでございます。

お気に召して頂けたならばブックマーク、評価など頂けましたら幸いです。

そしてもし宜しければ賛否構いません、感想を頂ければ望外のことでございます。

如何なる意見であろうと参考にさせていただきます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ