第10話 なんで二人だけでドロを被るような真似をしたの!?
――ハ・マナ
「恵子が来たッ!」
濃密な白い煙が周囲を覆いつくすのを見て衛さんが歓声をあげる。
「恵子とヨ・タロ、やっと着いたみたいね」
衛さんの言葉は多分正しい。
恵子が魔法を使ったところを見たわけではないが、この状況で火魔法を使えるのは恵子かヨ・タロしか考えられない
エンマクは大量の煙を発生させて敵の視界を遮る。
ただ、それだけの魔法だ。
しかし、敵味方が入り乱れる集団戦で、大勢の敵兵の視界を一瞬にして奪うエンマクの効果は絶大だ。
事実、私たちを含む周囲一帯が濃いミルク色の煙で包み込まれることで、敵の十字砲火が止まった。
『遅くなってゴメン。ピンチっぽかったからエンマクはった。今のうちに脱出して』
ニビルフォンのメッセージウインドウが立ち上がり、恵子がエンマクに乗じてこの場を離脱するよう勧めてくる――しかし。
「衛さん、逃げるわけにはいかないよね」
「当たり前だッ!」
私たちがこの場を離脱すれば投稿した子供たちが敵の十字砲火にさらされ殺されてしまう。
だから、私と衛さんはこの場から逃げるわけにはいかない。
「ハ・マナ。俺たちを包囲している部隊の隊長を拘束しろ。隊長が無力化されたら子供たちも投降する」
「大人の兵士を無力化してからフリーズッ!ですね」
「視界は効かないが頼むぞ」
私と衛さんはミルク色の煙をかき分けながら、私たちを取り囲む敵に向かって走りだす。
草魔法≪嗅覚強化≫
私は目をつぶり体内で循環する魔力の流れを、鼻をとそこから脳につながる嗅覚神経に集中させる。
視界の効かないこの状況で大人と子供の違い見分けられる情報は匂いだ。
子供と成人男性では、体の大きさの影響で明確に体臭に違いがある。
普通の人間なら至近距離まで近づかなければわからない小さな差だが、魔法で嗅覚を犬並みに強化できるマモノハンターなら話は別だ。
嗅覚の強化レベルを上げるとツンと刺さるような硝煙の匂いが嗅覚を刺激する。
でもそれだけじゃない。
私の前方からミルクのような子供たちの体臭が漂って来る。
そして、子供たちの後方に異質な汗と脂の匂いが存在する。
「見つけたッ!」
風魔法≪カゼカケリ≫
空中を蹴って、私は前方に展開する子供たちを飛び越える。
足音と、風を切って跳ぶ音は彼らにも聞こえているだろう。
しかし、煙に巻かれて盲目となった彼らは何一つ有効なアクションを起こせなかった。
「アガッ!!」
子供達を飛び越えて異質なにおいをさせる男の真上に着地すると。
成人男性が野太い声でうめき声をあげる。
上空から頭を踏みつけ馬乗りなって押し倒したところで、部隊長の姿を見ることができた。
部隊長は大柄な黒人男性だった。
大柄な体格の上から防弾用のボディアーマーをまとい、子供たちが持つアサルトライフルより一回り大きな銃を手にしていた。
「ファックッ!!」
男は激しい口調で怒鳴り声をあげるが、私は男の言葉には耳を貸さず男の銃をひったくって二つ折りにへし折った。
銃を素手で破壊されたのがよほど衝撃的だったらしく、男は唖然とした表情で口をつぐむ。
「フリーズッ!」
私は横隔膜を命一杯収縮させて、最大声量で降伏勧告の叫びを発する。
「オーケーッ! ヘルプッ! ヘルプッ!」
彼らの言葉で「動くな」という意味の降伏勧告を聞いて、男は両手を頭の後ろで組んで降伏の意を示す。
部隊長が降伏すると、パタン、パタンと子供達が銃を投げ捨てる音が聞こえてきた。
――天原恵子
4月5日午前8時。
私は基地に降り立った大型の輸送ヘリに、ダーク・ウォーカーの兵士が連行されている様を半ば放心した状態で眺めていた。
彼らは両手に拘束具を付けられて、サブマシンガンを構えるFBIのSWATに追い立てられるようにヘリに乗り込んでいく。
少し視線をずらすとダーク・ウォーカーの正規兵と別のヘリに、保護された子供達が搭乗している。
子供達も、ダーク・ウォーカーの正規兵と同じように拘束具で両腕を拘束されている。
何の罪もない子供達を罪人のように扱うのは見ていて気持ちのいい光景ではない。
しかし、彼らは自分たちの置かれた状況をいっさい知らないので、自由にさせていたらこの場から逃走しようとして暴れだす子が出てくる可能性が高い。
一人が暴れだしたことでパニックが伝染し、暴動に発展したら大勢の死傷者を出してしまうので彼らを守るためにも安全な場所に移動するまでは拘束するしかない。
『ダークウォーカー・ウインドリバー訓練キャンプ制圧作戦』は、戦闘開始から1時間弱で終わった。
牙門さんがケモノノハドウを使った突撃で基地司令部を殲滅した時点で、基地守備隊は組織的な抵抗が出来なくなっていたが、政府に拘束されれば犯罪者として起訴されることを知っているダーク・ウォーカーの正規兵は投降することなく無謀な抵抗を続けたので、基地守備兵を全員無力化するのに予想以上に時間がかかった。
戦死者の数は27名。
だたし、子供の戦死者は0で、死んだのは全員ダーク・ウォーカーの正規兵だ。
ダーク・ウォーカーの正規兵は子供兵が逃げようとすれば撃ち殺す鬼畜で、殺されても仕方ない人達だったが、死者0で作戦を成功させたかった私としては、今回の戦闘で27名も人を殺してしまった事実が鉛のように重くのしかかる。
何よりも私が気に入らないのは、この作戦で人を殺したのがマモちゃんと牙門さんの二人だけだったことだ。
「どうした恵子、なんか不満そうだな?」
「不満に決まってるでしょッ!! いくらなんでも過保護すぎよ、なんで二人だけでドロを被るような真似をしたの!?」
私たちが人を殺さずに済んだのは、役割的に人を殺す必要がなかったからだ。
戦闘中、マモちゃんは先頭に立って敵部隊に突撃し歩兵部隊の指揮官を無力化する役割を買って出た。
ダーク・ウォーカーの正規兵は子供達が逃げ出そうとすれば自らの銃口を子供達に向けるので、彼らを守るために殺害しなければならないケースも多かった。
マモちゃんは泣き言ひとつ言わず自らの手を汚し、私達には投降した子供たちの護衛と避難誘導しかやらせなかった。
「適材適所だよ。俺と牙門は元自衛官だからな、人殺しをするための覚悟と訓練をガッツリ叩き込まれているんだ」
「エラそうなこと言ってるけど、マモちゃんだって人殺したのは今日が初めてでしょ?」
いくら元軍人といっても、自衛隊は創設以来一度も外国との実戦を経験したことのない軍隊だ。
だからマモちゃんだって実戦に参加して人を殺したことはないはずだ。
「確かに……俺も人を殺すのは今日が初めてだな」
私がツッコミを入れると、マモちゃんは苦笑いを浮かべながらドカリと私の隣に腰を下ろした。
「マモちゃん……その……大丈夫なの?」
「わからん。人殺しをやって何のショックも受けてないと言ったらウソになるが、俺は大人だからな。大人には子供を守る義務があるのだよ」
人殺しをやってショックを受けていると言っているわりに、マモちゃんは動揺している様子がない。
でも、マモちゃんが殺人を犯すこと対する罪悪感や嫌悪感を、人生経験と責任感で押さえつけているのだとしたら、それはとても悲しいことだ。
私は隣に座るマモちゃんに肩を寄せて、頬をペタンとくっ付けた。
「マモちゃん。ほかの子はともかく、私のことは守らなくていいから」
「恵子に人殺しは無理だよ」
「むう……」
たしかに私はへなちょこだ。
マジンとしてどれほど強力な力を持っていたとしても、対人戦は経験不足だし、人を殺すことも傷つけることもスゴク怖い。
「向いてないのは判ってる。でも、マモちゃんを守るために手を汚すことが必要なら頑張る」
私はほかのみんなとは違う。
マジンとして、私とマモちゃんはこれから気の遠くなるくらい長い時間を共に生きていくことなる。
「マモちゃん、私は、地獄の底までついていくから」
私はマモちゃんに身を寄せたまま、硬く硬く誓いを立てた。
本作を読んでいただきありがとうございます。
私の作品があなたの暇潰しの一助となれましたら、幸いでございます。
お気に召して頂けたならばブックマーク、評価など頂けましたら幸いです。
そしてもし宜しければ賛否構いません、感想を頂ければ望外のことでございます。
如何なる意見であろうと参考にさせていただきます。