第5話 入間基地にようこそ。PHCアマハラの皆さん
――天原衛
4月4日午前1時。
俺は足元を敷き固めるコンクリートの地面を踏みしめていた。
梓別班長にC-2輸送機で俺達をアメリカに運んでくれるよう頼んだ後、環境省にも連絡をいれて小杉大臣から防衛大臣にC-2輸送機を飛ばしてくれるよう頼んでもらった。
大臣への働きかけがどのくらいの効果を発揮したのかわからないが、自衛隊は俺達をC-2輸送機でアメリカまで運ぶことにGOサインを出してくれた。
そんなわけで、俺達は窮屈なスーツから普段着に着替え、作戦に必要な装備を準備万端整えて入間基地に乗り込んだ。
「ここが日本の軍隊の基地ですか。なんか、緊張感がありますね」
入間基地は真夜中と呼べる時間にも関わらず、多くの自衛官がバタバタと動き回っていた。
災害や敵国の攻撃は、昼も夜もなく訪れるものなので自衛官は例え真夜中であろうと普段通りに任務をこなせるよう訓練を受けている。
ただし、いま彼らが忙しく働いているのは、ぶっちゃけ俺達が無茶なお願いをしたことが原因なので申しわけない気持ちになる。
「入間基地にようこそ。PHCアマハラの皆さん」
案内に従って滑走路にたどり着いた俺達に声をかけて来たのはガッシリとした体格の男性だった。
自衛官のはずだが、俺と牙門が着ている迷彩服ではなく、パイロットの証であるオリーブ色のフライトジャケットを身に着けている。
おそらく彼は、俺達がこれから搭乗するC-2輸送機のパイロットなのだろう。
「今回は無茶なお願いに対応してくださり、ありがとうございます」
俺が頭を下げて礼をいうと、男は口元緩めニヤリと笑みを浮かべる。
「本当に無茶な要求をしてくれたよ。C-2を飛ばして最速でアメリカ西海岸まで行けなんて前代未聞の話だぞ。まあ同郷のよしみで許してやる」
「長谷川さん、お久しぶりです。今回は、よろしくお願いします」
牙門はパイロットと面識があったようで、自衛隊式の敬礼を送る。
しかし、同郷で牙門の知り合いという事は。
「もしかして元北部方面隊ですか?」
「もしかしてなくても、北部方面隊でC-1の機長をやってた長谷川さんだ。天原も世話になったことがあると思うぞ」
「あの時のC-1か、懐かしいな」
もう10年以上前になるが、訓練の都合で道内の駐屯地をC-1輸送機で移動することが何度かあった。
「なんか世間は広いようで狭いですね。俺、退役して10年以上経つのにあの頃、お世話になってた人に会うなんて」
「全くだ。まさか北部方面隊で伝説になってるスナイパーコンビが、子連れでアメリカに行くって言うんだから世の中何が起こるか、わかんねーよな」
「俺と牙門って、伝説になってるんですか?」
「そりゃそうだろ。地の利があったとはいえ、入隊から一年ちょっとの新兵が特戦群一個小隊から全滅判定とるなんて大金星あげたら、未来永劫語り継がれる伝説になるわ」
蘇る10年前の記憶。
合同訓練で特戦群に勝ったって報告したら基地司令が腰抜かしていたから自分でもスゴイことを成し遂げたのだと思う。
しかし、ニビルの存在を知り、マモノやマモノハンターの常識外れの強さを体感してしまうと、全てが色あせてしまう。
「しかし、いまから37時間以内にアメリカ合衆国のウインド・リバーまで行って、そこに居るお嬢さんたちと一緒にPMCの基地を制圧するって本当なのか? 実現したら新しい伝説が生まれちまうぞ」
「本当だし、37時間以内に現地にたどり着ければ、ほぼ間違いなく作戦は成功しますよ。悲しいかな、俺はもう人間辞めてるんで。長谷川さんが運ぶメンバーは全員アメコミのヒーローだと思ってください」
正確には人間を辞めているのは俺と恵子だけだが、このメンツの中で最強なのが普通の人間&最年少のミ・ミカだと知ったら長谷川さんは腰を抜かすかもしれない。
「人間辞めてるか……まあ、ダーク・ウォーカーの話は教えてもらったし、お前が子供を兵士にする鬼畜野郎を確実に吊るすっていうなら大歓迎だ。上の方も今回の話は乗り気みたいだしな」
俺達の要望は無茶苦茶なものだったが、航空自衛隊の上層部は無茶苦茶な要望を叶えることをチャンスと捉えているらしい。
俺達は日本から太平洋を越えて20時間以内にアメリカ大陸まで移動しなくてはなないが、在日米軍にはそれが不可能なので航空自衛隊に助けを求めた形だ。
在日米軍では不可能な作戦を自衛隊が実施すればC-2輸送機の性能と航空自衛隊の実力をアピールするこれ以上ないプレゼンになるだろう。
俺達が長谷川さんの先導でC-2輸送機に向かおうとしたその矢先。
キーンッ! キーンッ! と非常警報が鳴り響き。
「総員警戒、侵入者ありッ! 総員警戒、侵入者ありッ!」
スピーカーから入間基地に潜り込んだ侵入者に警戒するよう伝令が聞こえてくる。
「おいおい!? 侵入者ってどういうことだ。天原すまん、フライトは少し待ってくれ」
「それはいいですけど――なんなら侵入者の確保に協力しましょうか?」
「ヤメテくれ、お前らが勝手に動き回ったら警備隊が混乱する」
「確かに……」
航空自衛隊には少数だが、基地警備隊という歩兵部隊がいる。
彼等は侵入者を排除するために最悪実弾射撃をすることもあるので、部外者が勝手に動き回ったら間違いなく邪魔になる。
ただの不審者であれば警備隊がすぐに確保すると思ったのだが、5分近く経っても警報音は鳴りやまない。
それどころか……。
「おいッ! 速く捕まえろ」
「無理です。動きが速すぎます」
「隊長、発砲許可を!?」
「バカ言えッ! 相手はただの野犬だぞ」
侵入者を捕まえられずに混乱する警備隊の怒声が漏れ聞こえてくる。
「ちょっと待ってよ。基地に侵入したのって犬なの?」
「なんか私、すごくイヤな予感がします」
恵子とミ・ミカは、基地に侵入したのが犬だと聞いて眉間にシワを寄せる。
彼女達の勘は多分正しい。
野良犬なんて都市部ではめったに見かけないレアな生き物だし、そもそもただの犬が厳重に警備を固めた自衛隊の基地に入り込めるとは思えない。
「長谷川さん、もしかしたら侵入者、俺達の知り合いかもしれません」
「知り合いって基地に侵入したのは犬だろ」
「ええ……」
そんな話をしていると、一頭の大型犬が管理棟の隙間を塗って風のような速さでこちらに近づいてくる。
スプリントスピードは推定時速100キロ。
とてもじゃないが、徒歩の人間が追いつけるスピードではない。
「チッ!」
大型犬の姿を見て、恵子は大きく舌打ちすると、その場でオオカミの姿に変身する。
「おわぁぁぁぁ!!」
目の前で推定中高生の少女がオオカミに変身するのを見て長谷川さんが悲鳴をあげるが、恵子は構わず接近して来る大型犬に大声で吠え立てる。
恵子の咆哮に気圧されたわけではないと思うが、大型犬は俺達の目の前でピタッと停止した。
大型犬の姿を見て俺は思わずため息をもらす。
秋田犬を彷彿させる栗色の毛皮、犬が自分で脱ぎ着できそうなポンチョ風の巻頭衣、そして肩に差した取口を取り付けた刀。
「ヨ・タロさん! なんでこんな所に?」
基地への侵入者は野犬ではなく、俺達の見知ったウルディンのマモノハンター、ヨ・タロだった。
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