第3話 PHCアマハラの立ち上げ決定ですね
――アイリス・オスカー
4月3日 午後17時。
アメリカ政府から正式に、衛さんへのマモノ退治の依頼と、ダーク・ウォーカーのウインド・リバー訓練キャンプへの攻撃を認めることが通達された。
国の政府が下すにはあまりに短時間の決断だったが、それだけアメリカ国内のマモノ災害がヒドイ状態なのだろう。
「アメリカから依頼があったということは、衛さん達の退職と、PHCアマハラの立ち上げ決定ですね」
環境大臣の執務室でアメリカからの連絡を待っていた由香は異世界生物対策課の戦力が大幅に低下することを察して深々と嘆息する。
「そんなに落ち込むな。PHCアマハラを立ち上げれば、今後も業務提携という形で衛達にマモノ退治を手伝ってもらえるのだ」
「私はそんなに都合よくいかないと思いますよ。もしかしたら、衛さん達、ずっと日本に帰って来ないかもしれません」
独立してPHCの社員になった私達は実際にマモノを退治する有事にだけ出動すればいいが、日本を守るために常に守りを固めておかなければならない立場の由香としては、戦力低下の不安の方が大きいようだ。
「とはいえ決まったことは仕方ありません。天原衛、天原恵子、牙門十字、3名の退職願を今日付けで受理します。これで、貴方達は自由です」
由香が用意していた退職辞令を手渡して衛がフリーになったことを見届けてから、私は先ほど弁護士事務所からメールで送られてきた書類を衛に手渡した。
ちなみに私も局長に直接話をつけて、アメリカ合衆国保健福祉省を退職済みだ。
「衛、フリーになった矢先だけど、この書類と、この書類に、この印鑑を押してください」
「いきなり印鑑を押せって、この書類なに?」
「手前の書類は有限会社アマハラの法人登録依頼。次の書類は法人印鑑証明依頼ですね。両方とも明日、弁護士事務所が法務局に持って行きます」
飛行機の都合がつけば私達は今日中に渡米することになるので、PHCアマハラを設立するための書類手続きは全て小杉大臣から紹介してもらった弁護士事務所に依頼している。
慌ただしい話だが、押印された書類を受け取るために弁護士事務所の人が現在進行形で環境省に向かっている。
「社名聞いた時から気になってたんだけど、PMCアマハラの社長って俺なのか?」
衛の口から予想外のセリフが飛び出した。
どうやら自分がPMCアマハラの社長になることに困惑しているようだ。
その言葉を聞いて、その場にいる全員がキョトンとした顔で衛の顔を見つめる。
「俺は自衛隊でも一兵卒で、対策課に来る前はずっとオントネーに引きこもってた男だぞ。自衛隊で士官だった牙門や、アメリカで一流大学出たアイリスが社長やった方がいいだろ!?」
衛は過去の実績を引き合いに出して自分は社長に向いていないと強弁する。
「でも、このメンツでマモノ狩りするときって、いつもマモちゃんが指示出してるよね?」
「PHCアマハラの社員は、全員天原家に居候してる住人だからな。お前がリーダーでいいだろ」
衛は自覚がないかもしれないが、学歴とか社会的地位とか関係なく彼には天性のリーダーシップがある。
私達は、衛の行動と決断によって集まったメンバーなのでリーダーに据えるなら彼以外に考えられない。
「PHCアマハラは、衛が提案したアメリカでのマモノ退治を法的にクリアにするために立ち上げる会社です。だから、提案者の衛が責任を取ってください」
そう言って書類を手渡すと、衛は渋々、『代表取締役 天原衛』と刻まれた印鑑を手に取った。
「はい押しました。しかし、俺が社長とか全く実感沸かないな」
「社員が7人しかない零細企業の社長なんてそんなもんだ」
「で、社長になった俺は何をすればいいんだ?」
「とりあえずアメリカ大使館に行って社員全員の就業ビザを受け取ること。あとは……」
私は作戦開始前までに完了しないといけないタスクを指折り数えて衛に伝える。
①アメリカ大使館で社員全員の就業ビザの受け取り。
②アメリカ合衆国国防総省が発注するダーク・ウォーカーのウインド・リバー訓練キャンプ制
圧任務の業務委託契約締結。
③アメリカ合衆国保健福祉省が発注する特別有害鳥獣駆除の業務委託契約締結。
④アメリカ合衆国に渡航するための航空機の確保。
⑤アメリカで作戦行動を行うための装備品の荷造り。
「業務委託契約の契約書は、いまアメリカ側がフルスロットルで作っているので訪米したときに衛がサインをすればOKです。私達の行動を全面的にサポートするようプレジデントからの特命が降りていますからね。先ほど国防総省から訪米先に契約書を持った職員を向かわせるから早く行き先を決めてくれと催促がありました」
「なるほど、飛行機の着陸先に先回りで国防総省の職員が待機して、その場で衛が契約書にサインすれば契約成立ってわけか」
ダーク・ウォーカーの証拠隠滅を防ぐために、私達は48時間以内に訓練キャンプを制圧することを目標にしている。
全面的に無理難題を吹っかけている状態だが、その無茶な目標の達成にアメリカのスタッフはとても協力的だ。
「国防総省には数千人のスタッフが働いているので決して一枚岩ではありません。契約書を作っている契約担当官には、ダーク・ウォーカーの悪魔達を絶対に吊るしてくれとお願いされました」
「マモノ退治だけでなく、ダーク・ウォーカーの経営者吊るす作戦の方もけっこう期待されてるわけか。なら、期待に応えられるよう頑張るか」
「いま一番優先するのは渡米するための航空機の手配ですね」
一番コストパフォーマンスがいいのは羽田空港か成田空港に就航している定期便に乗ることだ。しかし、ビサの受け取りや荷造りをする時間を考えると定期便が運航している時間内に空港にたどり着くのは不可能だ。
そうなると飛行機をチャーターする必要があるが、プライベートジェットの類は日本からアメリカ西海岸に直行するだけの航続距離が無いので、途中給油をするためにかなりの時間をロスしてしまう。
「そういえば……」
不意に、私達が渡米するためにワタワタしているところを見ていた由香がポツリとつぶやいた。
「ビザの方はアメリカ大使館が用意してくれるとして、衛さんパスポートは持ってるんですか? 私の記憶が確かなら恵子さんや、ミ・ミカさん達のパスポートも作ってなかったと思うんですが」
『ああああっ!!』
俺とアイリスは大きな見落としがあったことに気づいて同時に悲鳴をあげる。
例えアメリカ大使館がビザを発給していたとしても、日本政府の発行したパスポートが無ければ不法入国になってしまう。
「すいません電話借ります。いまから外務省に電話して急いでパスポートを作ってもらわないと」
慌てて大臣室の電話を手に取るアイリスを小杉大臣が制する。
「僕が外務大臣にお願いして特別にパスポートを作ってもらえるようお願いするよ。パスポートの発行は通常の手続きだと発行に一週間はかかるからね」
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