第2話 由香だって判ってるんだろ。まともな方法じゃあ本物の悪党は吊るせない
――天原衛
4月3日 午後14時。
時間は2日ほど遡る。
日米首脳会談を終え環境省に戻ってきた俺達は環境大臣の執務室で今後の対応を協議していた。
ちなみに俺は、由香に文字通り胸ぐらをつかまれて鬼の形相で詰め寄られている。
「異世界対策課を辞めるってどういう了見ですかッ! それにアメリカ政府に個人で取引を持ち掛けるなんてどう考えても越権行為ですよ」
「越権行為は俺が国家公務員だった場合の話だろ。役人辞めて民間人になったら、相手が総理大臣だろうとアメリカ大統領だろうと、理屈上は対等な人間同士なんだから、個人で取引を持ち掛けても問題無い」
アメリカ側は、俺が持ち掛けた『俺がアメリカに現れたマモノを退治する代わりに、ダーク・ウォーカーの基地で兵士にされている子供達を助けるのを認めろ』という話を検討すると言って席を立った。
「中島君、気持ちはわかるけど胸ぐらつかむのはコンプライアンスとか関係なくヤバいから止めておこう。彼の言い分も聞いて必要なら処分を下すから」
小杉大臣は俺と由香の間に割って入って、文字通り身体を張って引きはがす。
前々から思っていたが、小杉大臣って顔もイケメンだが性格もイケメンだな。
「俺は懲戒免職でもいいですよ。今日付けで辞めさせてくれたら問題無いです」
「ま~も~る~さんッ!」
「衛君も煽らないで。とりあえず君の言い分は、アメリカにあるダーク・ウォーカーの基地で兵士にされている子供達を助けたいってことだよね。で、基地に直接乗り込むには国家公務員のままだと都合が悪いから辞めると」
「そうなります。あと、人のせいにするわけじゃないですが、恵子、ミ・ミカ、ハ・マナ、ハ・ルオもアメリカに行って子供達を助けたいと言っています」
俺がそう言うと、彼女達は肯定と言わんばかりにコクコクとうなずく。
「ちなみにマモちゃんが異世界生物対策課辞めてアメリカに行くなら、当然私も退職するから」
「衛さんと、恵子さんが辞めたら異世界生物対策課の戦力が大幅にダウンするじゃないですかッ!! だいたい、なんで貴方達はアメリカに行って子供達を助けたいと言い出したんです!? 言い方は悪いですがダーク・ウォーカーのやってる犯罪行為は、貴方達と一切関係ないでしょ」
由香は大人の意見を振りかざす。
確かに彼女の言う通り。
中東で、アフリカで、PMCで、親の居ない食い詰めた子供達が兵士になるのも。
その子達が戦争に投入され死んでしまうのも俺達には何も関係ない話だ。
「その関係ないから見捨てるっていうのが納得できないのッ! イナンナ様の裁きを受けるべき悪党が沢山の子供達を不幸にしているのに、自分は関係無いの一言で見捨てる。私は、そんな汚い大人にはなりたくないッ!!」
ダーク・ウォーカーが子供兵を使っていたことに一番激怒していたハ・マナが由香に噛みつく。
二人が顔を突き合わせ一触即発の雰囲気になったので、今度は俺が割って入る。
「じゃあ、中島課長はダーク・ウォーカーが子供兵を使っていたことについて、どうやって落とし前を付けさせるつもりなんですか?」
「合法的にダーク・ウォーカーの処罰と子供達の保護を進めればいいんですよ。アメリカ国内のダーク・ウォーカーの基地をFBIが家宅捜索して子供達を保護すると同時に犯罪の証拠を集めて、経営者を逮捕。その後、海外にあるダーク・クウォーカーの基地もインターポールの家宅捜索を入れて兵士にされている子供達を保護する。ここはニビルじゃなくて地球だから問題の解決は地球の法律に則っておこなうべきです」
牙門の問いに由香は地球の法律に則った合法的な解決策があることを教えてくれるが、彼女の語る解決策には大きな問題がある。
そして、由香自身も間違いなくその問題に気づいている。
「FBIの家宅捜索が入るよりダーク・ウォーカーが証拠隠滅を終わらせる方が早いでしょうね。
ダーク・ウォーカーの経営者は国防総省とパイプがある元デルタフォースの隊員です。
FBIの家宅捜索が入るという情報は国防総省を通じて、すでにダーク・ウォーカーに伝わっている可能性が高いです。
経営者は外国への高飛びとウインド・リバー訓練キャンプ撤収の準備を始めていますよ。
おそらく、1週間もすればウインド・リバー訓練キャンプは証拠も含めてもぬけの空。子供兵達は最悪口封じのために……」
牙門は皆まで言わず、指で首を掻き切るジェスチャーをする。
俺達は知っている。
汚い大人は潔く腹を切るなんてことは絶対にしない。
最後の最後まで自分の身だけを守ろうとするのだ。
「それじゃ由香さんのいう合法的な手段じゃ子供達を助けられないじゃないですか!?」
俺の話を聞いてミ・ミカは悲鳴をあげ、由香は悔しそうに唇を噛んだ。
「由香だって判ってるんだろ。まともな方法じゃあ本物の悪党は吊るせない」
本物の悪党は法の目を掻い潜り、逃げる手段を何重にも用意している。
俺も、牙門も、由香も、アイリスも、小杉大臣も、そういう悪党が居ることはテレビやネットの情報で散々目にしていたが『自分には関係ない』と言って見逃してきた。
「由香……私は納得できない。PMCダーク・ウォーカーは私達を足止めするための防弾チョッキ代わりに子供を使ってきた。私は地球人だけど、あの連中をぶん殴らないと気が済まない」
恵子、ミ・ミカ、ハ・マナ、ハ・ルオの4人は良い意味で子供だ。
彼女達が自分の正義のために戦うという。
「子供達が自分の正義を貫くために戦うって言ってるんです。良い大人でありたいと思うなら、子供の夢を叶えるために全力で協力するべきです」
いままで黙っていた牙門は、いきなり手書きした辞職願を由香の目の前に叩きつけた。
「ちょっと! 牙門さんまで辞めるって言うんですかッ!?」
「天原と一緒に約束したんですよ。彼女達が自分の正義を貫くために命を賭けるなら、俺と天原は大人として全力でそれを助けるって」
牙門から辞職願突き付けられて、由香は椅子に座り込んで肩を落としてしまう。
「牙門にも辞められたら対策課の主戦力がゴッソリ抜けることになるのだ。小杉大臣、お得意の超法規的措置で衛達を引き留められないか?」
カゲトラに問われると環境大臣は困ったようにクビを振った。
「実は総理には、アメリカが衛君の取引に乗るならそのまま行かせてもいいと言われてるんだ。今回、米軍がオントネー分室にテロ攻撃を行った理由の一端は、マジンやマモノハンターのような超兵器を日本が独占していたことだからね」
「私達は超兵器なのか?」
カゲトラはコクンとクビを傾げる。
一個人に過ぎない自分達が超兵器だと言われてもピンと来ないのだろう。
「今回の戦果を考えると超兵器以外の何物でもないね。例えば中島課長が横須賀に駐留しているアメリカ海軍第7艦隊と戦ったらどうなるかな?」
「由香と第7艦隊が戦ったら……」
俺は頭の中で横須賀のアメリカ海軍第7艦隊と由香が戦ったらどうなるか想像してみる。
「中島課長が全艦艇を30分で撃沈して終わりだよ。第7艦隊が持っている兵器で中島課長に対して攻撃可能な武装が対潜爆雷しかない時点で勝ち目はない」
中島由香が変身するマモノ『フネクイ』は、地球では絶滅した巨大歯クジラ、リビアタン・メルビレイを原種とする強力なマモノだ。
彼女の能力を端的に言い表すと『現代科学では実現不可能な超高性能な攻撃型潜水艦』。
遊泳速度は巡航で50ノット以上。
潜航深度は2000メートル以上。
脳の上にあるメロン体からエコロケーション用の超音波を発射することが可能で、その威力は水上艦の唯一の対抗手段である対潜爆雷を安全距離で迎撃できるだけの威力がある。
付け加えて彼女は、水と金の二つの属性の魔法が使える。
金魔法を使えば、皮膚を海上自衛隊の潜水艦で使用されている超硬合金と同じものに変質させることで防御力の強化が可能。
水魔法を使えば、超高圧の水中を噴出することで空母含めたあらゆる戦闘艦艇の装甲を切断することができる。
話を聞くだけでも、こんな生命体が存在することが許されるのか疑わしいほどの最強っぷりだ。
しかも、ニビルの海には由香に対抗可能なマモノが何種類も存在するというのだから頭がクラクラしてくる。
「言われてみると、由香のフルスペックを公開したら中国・韓国が震え上げって国際問題になりそうな超兵器っぷりね」
「カゲトラ君や、恵子さんだって同じだよ。カゲトラ君は強襲揚陸艦の飛行甲板に穴を空けることが出来る走る戦闘機。恵子さんは都市を焼け野原にするほどの火力を持つ走る戦略爆撃機だ」
「その超兵器を日本が独占していることをアメリカ国防総省が過度に警戒して暴走に至ったのだとしたら。状況が変わらないと、次は中国か韓国が日本に武力侵攻する可能性は高いですね」
俺達は自由意志を持つ個人なので、どの国に住むか、どの国で仕事をするかを他人に指図されるいわれはない。
しかし、個人の持つ戦闘力が世界のミリタリーバランスを崩すほど強大だと、自由意志を無視して国連で管理しろという話が出てくるかもしれない。
「これは僕自身の考えなんだけど――本来ニビルにしか生息しないはずのマモノという超生命体が日本とアメリカに出現した。
もしかしたら、今後ヨーロッパやアフリカにもマモノが現れるかもしれない。
そうなった時に備えて国という枠組みにとらわれずに世界を救うヒーローが必要だと思うんだ」
「退職を認める代わりに、俺に世界を救うヒーローになれと?」
ただ今の仕事を辞めるだけの話だと思ったのに、突然とんでもない厄介事を押し付けられそうになって俺は思わず後ずさりしてしまう。
「僕は適任だと思うよ。だって、君たちが言ってることは、アメコミに登場するヒーローが言ってることと同じだぜ」
もはや小杉さんは大臣という仮面を脱ぎ捨て、ニヒヒと悪戯っ子のような笑顔を浮かべている。
「私、いいこと思いつきましたッ! 衛さん達が公務員を辞めるなら、私達全員で起業しましょう」
今まで黙って話を聞いていたアイリスが突然立ち上がって予想外の提案をしてくる。
「起業って、俺達でPMCでも作るっていうのか?」
「そうです。もちろん私もHSSを辞めて新しい会社に参加します。社名はPMC――いいえ、プラベートハンターカンパニー、PHCアマハラッ!!」
本作を読んでいただきありがとうございます。
私の作品があなたの暇潰しの一助となれましたら、幸いでございます。
お気に召して頂けたならばブックマーク、評価など頂けましたら幸いです。
そしてもし宜しければ賛否構いません、感想を頂ければ望外のことでございます。
如何なる意見であろうと参考にさせていただきます。