第37話 いいえ、今回の作戦はホワイトハウスに無断で行われました。
――天原衛
俺達は、送迎用のリムジンで首相官邸の裏口まで送ってもらった。
首相官邸には政治家が登庁に使う正面玄関と、官僚用の連絡通路になっている裏口がある。
官僚は正面玄関を使えないという差別的な不文律があるのだが、正面玄関前は新聞社やテレビ局のスタッフが待機していて登庁するとパシャパシャ写真を撮られるので、不文律は官僚かマスコミにから身を守るためのルールという側面もある。
俺達は裏口の前に立っていた総理の秘書官に出迎えられた。
「おつかれさまです。私は異世界生物対策課長の中島由香です。あと、参集命令のあった異世界生物対策課職員4名。アメリカ合衆国保健福祉省からの出向者アイリス・オスカー。ウルク国からの留学生3名。全員現着しました」
「おつかれさまです。私は総理大臣秘書官の加藤信之です。総理の執務室まで私が皆さんをご案内します」
大半の地球人はダルチュのカゲトラが職員だと言われると驚くのだが、加藤さんはニビルの事情に明るいらしく、特に表情を変えることも無く顔写真付きの名簿と由香の左腕にかけられた腕カバーの上に立っているカゲトラを見比べて本人であることを確認していた。
加藤さんに案内されて入り組んだ廊下を歩き続けること10分弱。
総理大臣の執務室にたどり着くとそこには錚々たるメンツが集まっていた。
見知った顔だと、席次の真ん中くらいに昨日話をした警察庁官、その上座に俺達の直属の上司である環境大臣と、テレビ会議で話をした外務大臣が座っている。
それから最上位の席に、毎日のようにテレビで顔を見る日本の国家元首、総理大臣が座っている。
俺達が加藤さんに案内されてオブザーバー席に座ろうとした矢先、環境大臣と彼の隣に座っていた恰幅のいい男性が席を立って俺達のところに近づいてくる。
「小杉大臣、おつかれさまです」
由香を始めとした異世界生物対策課の職員は直属の上司である環境大臣にペコリと頭を下げる。
「皆さんもおつかれさまです。すまないね。あんな大事件から1日も経っていないのに急に呼びつけて」
「あれだけの大事件だから仕方ないと思います。完全に国際問題ですもんね」
「そうなんだよ。正直、アメリカとの国際問題なんて、どう落とし前をつけるか本当に頭が痛いよ」
今回の事件、日本が被害者側なので基本的にアメリカに謝らせることになるのだが、どう落とし前をつけるのかは本当に難しい問題だ。
国際法に従うなら、アメリカから武力攻撃を受けたことを公表して国連総会で非難決議を提案するのが正しい手順だが、そんなことをしても日米同盟が崩壊して喜ぶのは仮想敵国だけだ。
「あと、この方は浜岡防衛大臣。今回の件について君達に謝罪したいって」
環境大臣にうながされると、還暦を過ぎた恰幅のいい男性が大きく頭を下げる。
「米軍のオントネー襲撃計画に自衛隊が協力していた件、本当に申し訳ない。許してくれとは言わないが、事件に関わった自衛官は全員厳罰に処す」
防衛大臣は正義感の強い人なのだろう。
部下の自衛官が国際テロの片棒を担いでいたのが、よほどショックだったのか防衛大臣は目に涙を浮かべている。
「あの……処分って梓別班長達を懲戒免職にするってことですか?」
「もちろんだ。懲戒免職だけでなく、刑事告訴もするつもりだ」
大臣の言葉を聞いて、由香は何かを考え込むように口を真一文字にする。
多分、考えていることは俺と同じだ。
防衛大臣は、梓別班長を始めとして今回の作戦に参加した別班の工作員を懲戒免職した上で刑事告訴するつもりだ。
法治国家としては正しい選択なのかもしれないが、人手不足の対策課から見たら彼等のような有能な人材をそんな風に切り捨てるのはあまりにも勿体ない。
「浜岡大臣。梓別班長達の処分について、私、詳しくお話聞きたいのであとでお時間いただいていいですか? 出来れば小杉大臣も一緒に」
由香が目配せすると、環境大臣は困った顔をしながら笑顔でOKのサインを出してくれる。
「由香、あとで防衛大臣と何を話すつもりなの?」
大臣達が席に戻ったあと、恵子がボソリと質問する。
「梓別班長達の処分を取り消して、対策課に移籍してもらうようお願いするつもりです」
「やっぱりそうくるか……」
「だって、別班ですよ、別班。きっと、私達が喉から手が出るほど欲しいレンジャー徽章持ちの自衛官が絶対いますよ」
「まっ、ニビルに行くことも考えると今の対策課は戦力が全く足りないのだ」
「防衛省が戦力外通告を出すなら、全員拾いたいですよね」
ウルクと国交を樹立するに当たって、異世界生物対策課は今後ニビルで活動することも検討されている。
ニビルに行くことを考えると戦力不足は明らかなので環境大臣を通じて、警察、海保、自衛隊にマモノ駆除班に参加できる人員の派遣を求めているが、人員の追加についてはどこからも無視されている。
そんな状況だけに、戦力を増強できるなら多少問題がある人材でも由香は取りに行きたいだろう。
「皆さん、時間になりました。これからホワイトハウスと映像を繋ぎますので皆さま着席願います」
俺達を案内してくれた加藤さんが総理大臣室に居る全員に着席を促す。
全員が着席すると、ほどなくして壁に備え付けられた大型モニターがパチンと点灯し、世界で一番有名な人物、アメリカ合衆国大統領の顔が映し出された。
今回の日米首脳会談。
アメリカ側の参加者も大統領1人だけではなく、総理大臣室と同じように真ん中に座る大統領の両脇に関係閣僚がズラズラと並んで座っている。
コの字型に席を並べて国家元首が真ん中に座るというのは、何処の国でも共通の文化なのかもしれない。
「まずは、アメリカ軍が非合法なテロリズムに関与し、日本の方々に多大なご迷惑をおかけしたことを深くお詫びします」
今回の日米首脳会談は、まずアメリカ大統領の謝罪から始まった。
通訳官が、アメリカ大統領の言葉を日本語に通訳して俺達に伝えてくる。
アメリカ側は、内心ハラワタが煮えくり返るような気分だろう。
本来なら今回のテロ攻撃はPMCが勝手にやったことで、アメリカ政府は関与していないと言い逃れをするつもりだったと思う。
しかし、地上部隊を北海道に揚陸した強襲揚陸艦イオー・ジマを由香に拿捕され、おまけに裏で糸を引いていたCIAの札幌支局長も警察に逮捕されてしまったので、そういう言い訳が一切できなくなってしまった。
「今回の異世界生物対策課への武力攻撃は、大統領の指示で行われたものだったんですか?」
「いいえ、今回の作戦はホワイトハウスに無断で行われました。しかし、CIAと国防総省の暴走を許してしまったのは私のミスです。今後は綱紀粛正に努めて、このようなことが無いようにしたいと考えています」
総理大臣が発した質問に、アメリカ大統領は今回の事件に関する自らの関与を否定する。
言い方は悪いが二人の会話はなんとなく演技臭い。
もしかしたら事前に総理と大統領で、今回の事件にアメリカ大統領は関わっていなかったことをアピールするよう打ち合わせをしていたのかもしれない。
「今回の件に大統領は関わっていなかったと。では、CIAと国防総省はなぜ武力攻撃を行ったのですか?」
事件に大統領が関わっていないかったことをアピールしてから、ようやく総理が本題に入る。
お偉いさんがどんなシナリオを書いていたとしても興味はない、俺が知りたいのは米軍が今回の無茶な攻撃をやった理由だ。
「国防総省とCAIが今回の作戦を実施した理由は、現在アメリカで発生しているマモノ災害にアメリカの独力で対処するためです」
アメリカ大統領が発した言葉に、総理大臣室に詰めかけていた日本政府のオエライさん達からザワザワと動揺の声が漏れ聞こえる。
無理もない。
アメリカにマモノが出現したということは、オントネーと同じようにアメリカにニビルと地球を繋ぐゲートが出現したことを意味している。
「アメリカ独力でのマモノの駆除。この目的を達成するために、彼等はアメリカ人で最もマモノの生体について知見を持っているアイリス・オスカーの身柄の確保を画策しました。彼女にアメリカに出現しているマモノの駆除に協力してもらうと同時に、日本政府を介さずマモノハンターをアメリカに招聘するための交渉役にすることを計画していたようです」
「うは~」
アメリカ政府のあまりの身勝手さに俺は思わず呆れ声を漏らしてしまった。
アイリスに至っては、両手を固く握りしめ、顔を真っ赤にして机に向かってうつむいている。
おそらく、この場で怒鳴り声をあげないように必死に耐えているのだろう。
「現在、地球人が観測しているゲートはオントネーに存在するものだけで、コンタクトを取っているニビル人も日本政府と国交を結んでいるウルク国だけです。いま、ニビルからマモノハンターを招聘しようとすれば必ず日本政府の協力を求める必要がありますが、国防省とCIAはそれが米国の国益を損なうと考えたようです」
「国防総省とCIAは、日本政府に借りを作りたくないから今回の武力攻撃に踏み切ったという事ですか?」
「そうです。ただし、私はこのような独善的な考えを指示するつもりは一切ありません。私は、現在アメリカで発生しているマモノ災害への対処についても、日本政府に正式に協力を求めたいと考えています」
茶番だ。
俺は、すぐにでも席を立ってこの場を立ち去りたい衝動に駆られた。
間違いなく総理大臣と、アメリカ大統領は事前に打ち合わせしてプロレスをやっている。
この日米首脳会談は、
①オントネー分室の攻撃は国防総省とCIAが勝手にやった。
②アメリカ大統領は、そのことについて何も知らされていなかった。
そのことを関係閣僚や、事件の当事者である俺達にアピールする場なのだろう。
俺は話の内容に興味がなくなり、首脳会談で決議する決定事項にだけ耳を傾ける。
一番大切なアピールが終わった後、議題は事件の落とし前について移行する。
主な決定事項は以下のような感じだ。
①日米同盟に亀裂が入ると仮想敵国の利益になるだけなので、国防総省とCIAが独断で起こした武力攻撃について日本政府は対外的な公表を行わない。
②その見返りとして、アメリカ政府は現在開発中の対マモノ兵器の技術移転を行う。
③付け加えて賠償金支払いの代替として、北海道に東アジアで最大規模のスマートフォンの組み立て工場を建設し作業員は全て日本人を雇用する。
この計画通りにスマートフォンの組み立て工場が建設されたら道内に一万人近い雇用を生み出すことになるので、金を渡すから黙っててくれというアメリカからの提案を日本政府は飲んだことになる。
「落とし前ついちゃったね」
日米首脳会談の決定事項を聞いて、恵子があきれ顔でつぶやく。
「日本で流通するアイフォンの台数考えた場合、その組み立て工場を北海道に作ると年間数兆円の金がアメリカから日本に流れるからな。アメリカからしたら出血大サービスだから日本政府も納得したんだろ」
牙門が、アメリカが賠償金代わりに提案した工場の建設で、どのように金が動くのか恵子に説明してくれる。
「お前は地上部隊の攻撃を直接受けた被害者だから、文句があるなら言ってもいいと思うぞ」
「私は別にいいかな。お金で落とし前を付けるのは悪いことじゃないと思うし」
「なら、もう少し我慢しろ」
話し合いの内容に興味を失った恵子が机に寝そべりそうになってので、俺は慌てて彼女肩をつかんで姿勢を正す。
アメリカは武力攻撃について落とし前を付けたし、あとはアメリカで発生しているマモノ災害の概要を聞いて会議は終わりかなと思われた、矢先。
ハ・マナがパッと手を上げて立ち上がった。
本作を読んでいただきありがとうございます。
私の作品があなたの暇潰しの一助となれましたら、幸いでございます。
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