第35話 状況は全て終了です。おつかれさまでした
――天原衛
俺の持っているニビルフォンのグループチャットに、アイリスがキュウベエから逃げ延びた子供兵1名を恵子が保護したという情報が投下された。
「牙門、いま何時何分か教えてくれ?」
「22時12分だな」
「了解。22時12分。恵子がキュウベエから逃げ延びたダーク・ウォーカーの兵士1名の保護に成功し、白藤の滝まで帰還っと」
俺はアイリスから教えてもらった情報の概要を、電波の通じなくなったスマホのメモ帳に書き込んでいく。
俺がこんなメンドクサイことをやっている理由は、この報告を元に作られた報告書が間違いなく日本の国家元首である総理大臣の目に触れることになるからだ。
「SATの皆さんッ! いま、キュウベエと交戦して生き残った敵兵1名の保護に成功した連絡がありました。状況は全て終了です。おつかれさまでした」
俺が全ての状況が終了したことを告げると、待機していたSAT隊員達はフッと息を吐き、張りつめていた緊張が解けて穏やかな表情を見せる。
彼らは警察官なので、敵兵とはいえ人命救助に成功したのが素直に嬉しいのだろう。
俺達は、ダーク・ウォーカーの主力部隊が展開してた国道沿いで待機していた。
俺と牙門、そしてSAT隊員達は、札幌からアクセル全開で恵子達の救出に向かった。
しかし、札幌からオントネーに向かうまでの片道3時間はあまりにも長く、俺達が到着したのは戦いと呼べるものに全て決着がついた後だった。
結局、俺達が携わったのはハ・マナが1人で制圧してしまったPMCダーク・ウォーカーの指揮官を始めとする主要人物の逮捕、ケガ人の救急搬送、投降した子供兵の保護といった戦闘後の後処理だけだ。
後処理をやっている途中にアイリスから緊急入電があり、『白藤の滝の裏にある洞窟でアイリスを待ち伏せしていたダーク・ウォーカーの兵士10名がキュウベエに襲われて9名が死亡。1人がニビルに逃走した』という連絡を受けた時には現場に緊張が走ったが、逃走した兵士を恵子が保護したという連絡を受けて、たったいま全ての状況が終了した。
「状況終了か……けっきょく俺達、何も出来なかったな」
「結果的に全員無事でよかったじゃないか。まさか、ハ・ルオが弓矢でバイラクタルTB2を撃墜して、ハ・マナが1人で敵の司令部を制圧するなんて予想できないだろ」
二人の戦果は、普通の人間には不可能な超人的な芸当だった。
ハ・マナとハ・ルオはスゴ腕のマモノハンターなので、実力的には超人的な戦果をあげても不思議じゃないが、マモノ相手ではなく人間相手の戦闘で実力を発揮した胆の据わり方は素直に感心する。
そんな英雄的な働きをしたハ・マナ、ハ・ルオ、ミ・ミカの3人は国道の縁石に3人並んで腰かけて温かい飲み物を飲んでいる。
ちなみにコップの中身は、ミルクとガムシロップをたっぷり入れたカフェラテだ。
3人の希望を聞いてSATの人が作ってくれた。
「3人とも、朗報だぞ。恵子がニビルに逃げた子供兵の保護に成功したってさ」
「逃げていたのは子供兵だったんですか!? 本当によかったです」
子供が助かったと聞いて、ミ・ミカは心底嬉しそうな笑顔を見せる。
「でも、なんで子供がキュウベエの巣穴に潜ったの? 別動隊の他のメンバーは全員大人の兵士だったんでしょ」
「敵の司令官の話だと、正規の兵隊の数が足りなくて、子供に通信機背負わせてたんだと」
「なんなのそれ!? 本当に腐った連中ね」
憤りを叩きつけるようにハ・マナがワタボウシの石突でカツン!と叩く。
子供を弾避け代わりに戦場に送り出すPMCの外道な用兵に、ウルクから来た3人娘はものすごく怒っている。
「そうやって怒りに任せて敵の司令部を1人で制圧するなんて無茶をやったのか?」
いつの間にか俺の背後に立っていた牙門が、俺の頭越しにハ・マナに質問する。
牙門は、ハ・マナの単騎突撃を好意的に見ていない。
軍隊的な視点で見ると、例え戦果を上げたとしても彼女の行動は決して許されない暴走だ。
「ごめんなさい。私は怒りに任せて勝手な行動を取りました。ただ、司令部を攻撃したのは私の独断先行です。ミ・ミカとハ・ルオには何も悪いことはしていません」
「なんで勝手ことをした?」
「それは……子供達を助けたかったからですッ! 自分の安全だけ考えて彼等を見逃したら、子供兵は別の作戦に投入されて、いつか殺されるじゃないですか」
「その無茶のせいで、お前は死んでたかもしれないんだぞ!?」
「かわいそうな子供達を見捨てて逃げるくらいなら、死んだ方がマシですッ!」
ハ・マナは一応謝罪したものの、詰問する牙門をギラギラした目つきで睨みつける。
二人の気持ちはわかるが、俺を挟んでガンを飛ばし合うのはヤメテ欲しい。
「そうか、お前はそういう奴なんだな。ミ・ミカとハ・ルオはどう思ってるんだ」
「私は姉さんが正しいと思います。正直、子供を見捨てて逃げるなんてありえないです」
「ハ・マナは独断先行だと言っていましたが、私はハ・マナの突撃に協力しました。私も子供を助けたいという思いは同じです」
彼女達はそろって逃げるつもりは無かったと宣言する。
正義感の強い本当にいい子達だ。
しかし、同時にとても危なっかしいとも思う。
牙門は3人の発言を聞いて、黙って何かを考え込む、
「すまなかった。どうやら俺は大きな勘違いをしていたようだ」
牙門はハ・マナ、ハ・ルオ、ミ・ミカの3人に対して深々と頭を下げた。
「ちょッ!? 謝らないでください。危険な暴走行為をしたのは私ですよ」
「これは君達を大人だと勘違いしていたことに対する謝罪だ。君達がまだ、16歳と14歳だってことを俺は忘れていた。天原、お前も謝れ。お前だって彼女達を大人扱いしていただろ」
俺は牙門に上から頭を押さえつけられ強引に頭を下げさせられる。
でも、言われてみると牙門のいう事は確かに正しい。
「ミ・ミカ、ハ・マナ、ハ・ルオ、俺はお前達がまだ14歳と16歳だって忘れて大人扱いしてた。ごめんな」
3人は高度な戦闘訓練と、多数の実戦経験を積んだ一流のマモノハンターだ。
だから彼女達が戦いに参加するのは何も問題は無い。
問題は、彼女達が俺達と同じように妥協を覚え割り切った判断ができる大人だと思い込んでいたことだ。
「牙門さんも、衛さんもいきなりどうしたんですか?」
ウルクでは年長者に頭を下げられたことは無いのだろう。
ミ・ミカは明らかに俺と牙門の態度に困惑していた。
「お前らがどれだけ強くても、14歳と16歳の女の子は地球の常識では子供なんだよ」
大人になるというのは、妥協と割り切りを覚えるというということだ。
俺も、牙門も、アイリスも、仲間を守るために顔も名前を知らない子供兵を「安全第一」の言葉のもとに見捨ててしまう。
そんな大人になってしまった。
でも、彼女達はそうじゃない。
「地球では大人は子供を助ける義務があるんだ。もし、お前らが命を懸けても貫きたい正義があるなら絶対に相談しろ。俺は全力でお前たちのことを助けてやる」
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