第34話 洞窟に潜入したアメリカ兵はキュウベエと戦闘して全員死んでました
――天原恵子
洞窟に突入した私が目にしたのは地獄のような光景だった。
人間は薄皮一枚剥いてしまえば、血とクソの詰まった肉袋。
マモノハンターとして、多くのマモノを殺してきた私はそれが人間の――いや、生き物の本質であることを嫌というほど知っている。
でも、でも……人間が10人、マモノに蹂躙され、血と肉とクソの塊になって辺り一面に散乱している光景を目の当たりにして、あまりの衝撃に私はゲロを吐くのを抑えきれなかった。
1回吐いて、血の匂いにむせてもう1回吐いて、それでも吐き気が治まらなくて3回目は胃液だけのゲロを吐き出した。
一緒について来てくれたヨ・タロが、私の様子がオカシイことに気づいて私の頭を前足でポンポンと叩く。
“ケイコ、ジッタイカを解け。内臓が無くなれば嘔吐は止まるだろ”
ヨ・タロに言われて私はジッタイカの魔法を解いて、身体を純粋な霊体に戻す。
過呼吸のときと同じだ。
精神的ショックで引き起こされた臓器不全は、霊体になれば止めることが出来る。
“ヨ・タロ、ありがと。情けないところ見せちゃったわね”
ヨ・タロのおかげで吐き気は治まったが左胸にジクジクと痛む。
多分、痛いのは胸じゃない。
痛いのは、私の心だ。
“気にするな。俺だって獣に食い荒らされた同族の死体を見たらショックだし、マモノハンターでも吐く奴はいる”
“でも、これはヒドイよ。10人の人が居たっていうのに誰一人原型をとどめてないじゃない”
“普通の人間があのバケモノと戦ったらこうなるってことだろうな”
キュウベエは体長3メートル、体重400キロを超えるエゾヒグマの中でも飛び抜けて大型の個体だ。
体重400キロを超える巨体がケモノノハドウを使って突撃した時の衝撃は想像を絶するほど強力で、マモちゃんはクマに変身したとき必ず力比べを挑んでいるが一度も勝てたことはない。
そんなバケモノが普通の人間相手に牙を剥いた結果がこの有り様だ。
アイリスさんを洞窟の入口に待機させておいて正解だった。
この地獄絵図を見てゲロを吐くのは私だけで十分だ。
当のキュウベエは、前足についた血と脂をペロペロと嘗め取ってから、親愛の挨拶となったハイタッチを求めて来る。
複雑な気持ちは拭えなかったが、私は右前足だけをジッタイカしてキュウベエとハイタッチをかわす。
理屈では理解できる。
キュウベエは何も悪いことはしていない。
彼はナワバリに入って来た不届き者を排除するために立ち上がり、正々堂々殺し合いをして勝利しただけだ。
ただ、人間を原型も残らないミンチに変えておきながら、私やヨ・タロには普段と変わらず兄弟として親愛の感情を見せるキュウベエの姿を見て、彼が人間ではない別の生き物だという事をマザマザと思い知らされる。
『こちら恵子。洞窟内の状況を確認しました。洞窟に潜入したアメリカ兵はキュウベエと戦闘して全員死んでました』
気は進まないが、アイリスさんにメッセージを送り洞窟内の状況を連絡する。
『全員死亡ですか……残念です。検死が必要なら私もそちらに行きましょうか?』
『正直お勧めしない。キュウベエは、いまのところ私達には兄弟として接してくれるけど急に暴れ出す可能性はゼロじゃないし。死体は全部原型を留めないミンチになっているから検死は無理ね』
『全員ミンチですか。じゃあ、死体を見て全員死んだことを確認したわけじゃないんですね』
『どういうことよ?』
『人数を確認してくださいッ! キュウベエから逃げて、ニビルに行ったアメリカ兵が居るかもしれません』
アイリスさん言ってることには説得力がある。
10人居たんだ。
1人くらいキュウベエから逃げることに成功した兵士が居るかもしれないし、ここに来る途中で逃亡兵に出会わなかったということは逃げた兵士はニビル側の北の森に行った可能性が高い。
“人数を確認するって、どうすりゃいいのよ?”
キュウベエに襲われた兵士は原型をとどめないミンチになっていて、その辺に胴体から引きちぎられた手足が転がっているがそれを集めたところで正確な人数を確認できるとは思えない。
“アイリスはなんて言って来たんだ?”
“キュウベエから逃げきった兵士がニビルに行ったかもしれないから人数を確認してくれって”
“逃走兵が北の森に行ったか、ありうるな”
“認識票を探そうか? 兵士なら……”
私は血だまりの中に光るプレートを見つけて、それを口にくわえた。
“兵士はこういう自分の名前と所属を刻んだプレートを身に着けてるの。これを集めれば人数を確認出来ると思う”
私が認識票を集めることを提案すると、ヨ・タロは不満があるのか目を細める。
“この血とクソの山からそんな小さなプレート探すのは時間がかかりすぎる。人数を確認するなら靴を集める方が早いぞ”
“靴?”
“ああ、クサリクは足が2本だから靴が20個あれば全員死んだことが確認できるだろ”
ヨ・タロが妙案を出してくれたので私達はさっそくその場にある兵士の靴を集めることにした。
靴は認識票と違って血の海に沈んでしまうことが無いので、拾い集めるのは簡単だ。
途中からはキュウベエも、私達の行動をマネしてその辺に転がる靴を手伝ってくれたので、ほんの数分で私達は部屋の中に靴を全て一か所に集めることができた。
“これで全部か”
無傷の靴、胴体から千切れた足に履かれたままの靴、キュウベエに噛まれてボロボロになった靴。
いろんな状態の靴があったが、私はそれを指折り数えていく。
“18個!?”
“間違いない18個だ。1足、足りない1人生きてるよッ!!”
私はすぐにアイリスさんに、1人生きている可能性があることを連絡する。
『ケイコ、勝手なお願いですが、すぐに救出に向かってください』
『わかってる。すぐに助けに行く。こんな状況だし生き残ってる人がいるなら1人でも助けたい』
私とヨ・タロは、洞窟を抜けウルクの北に広がる森林地帯に足を踏み入れる。
幸いなことに地面はぬかるんでいて、地面には逃げた兵士の足跡がくっきりと残されていた。
“やっぱり生きてるッ!”
“急ぐぞッ! この森を1人でうろつくなんて猛獣に襲ってくださいと言ってるようなものだ”
私とヨ・タロは、足跡を追って夜の森を疾走する。
すぐに追いつけるはずだ。
地球人は足の速い人でも時速20キロで走るのがやっとだが、私とヨ・タロはイヌ科動物の身体能力と肉体強化魔法のおかげで、地球人の3倍以上のスピードで長時間走り続けることができる。
問題は、ヨ・タロの言ったとおりこの森が北海道とは比べ物にならないほど沢山のプレデターが住む、とんでもなく危険な場所だということだ。
「ノーッ! ノーッ! ノーッ!」
10分くらい走り続けた私達の耳に、逃げた兵士の悲鳴が聞こえてくる。
ただし声は成人男性のものではない。
まだ声変わりしていない子供の声だ。
私は子供の悲鳴を聞いて、グッ!と奥歯を噛みしめる。
アメリカ軍が子供兵をキュウベエの巣穴に潜らせたという事実に、脳が沸騰するような怒りを感じる。
私達が駆けつけたのは間一髪のタイミングだった。
子供を襲っていたのは中型の肉食恐竜デイノニクス。
後ろ足に鋭いシックルクロウを持つプレデターは、逃げようする子供を左足で押さえつけ、右足のシックルクロウで彼の背負ったバックパックをザクザクと切り裂いていた。
“俺がエンオウを引きはがす。ケイコは地球人の身柄を確保しろ”
“了解ッ!”
ヨ・タロは魔導具グレンゴンを収納するホルスターに口を伸ばし、グレンゴンの真下にマウントしていた白金色に輝く鉄の筒を口にくわえる。
火魔法≪オニビ≫
ヨ・タロの咥えた鉄の筒から小石大の火球が発射される。
火球は子供を襲っているデイノニクスに着弾すると。
ボンッ!
と、乾いた音を立てて爆発した。
ヨ・タロは、出力を極力抑えてオニビを放った。
殺傷力はほとんどないが、目の前で爆音と爆炎が発生したことで動揺したデイノニクスは子供の拘束を解いてバックステップで後退する。
その隙を突いて、私は子供の服の裾を咥えてデイノニクスから引き離す。
「ギャアッ! ギャアッ!」
獲物を奪われたデイノニクスは子供を奪い返そうとこちらに向かって来るが――。
「わおぉぉぉぉぉぉん!!!!」
鉄の筒を捨てたヨ・タロが思わず聞きほれそうになる巨大な声量の咆哮を発した。
大咆哮の迫力に押されデイノニクスは足を止める。
デイノニクスは、私とヨ・タロの姿を交互に見つめて勝てないと判断したのだろう。
「ギャアッ! ギャアッ!」
と、負け犬の遠吠え上げながら子供を襲っていたデイノニクスは暗い森の中に消えて行った。
“ふうッ、肝が冷えた……ケイコ、保護した地球人生きてるか?”
“えっと、大丈夫、生きてる”
保護した子供は男の子で、あまりの恐怖に失禁し、目と口から涙とヨダレを垂らしていたが、呼吸もしているし、身体もまだ暖かった。
私は彼を落ち着かせるために人間の姿に変身して、男の子を抱きしめる。
「助けにきたよ。もう大丈夫だから」
「ウッ……ウァァァァンッ!」
自分と同じ人間の姿を見たことで緊張の糸が切れたのだろう。
男の子は、私に身を寄せて気絶するまで泣き続けていた。
本作を読んでいただきありがとうございます。
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