第32話 ケイコ、この先は危険だぞッ!
――天原恵子
アイリスを背負って移動すること30分余り。
私とアイリスはようやく白藤の滝の目と鼻の先まで辿り着いた。
途中県道を横切るときは待ち伏せがいないか、けっこうドキドキしたが、ハ・ルオが無人航空機を撃墜してくれたおかげで敵の待ち伏せには遭遇しなかった。
「ソーリー。ケイコ、私が居なければ、みんなもっと早く非難できたのに」
「そんなこと言わないで。書類仕事では私達いっぱい助けてもらってるんだから、こういうのは持ちつ持たれつよ」
マモノ退治は、マモノとの戦いだけで全てが完結するわけではない。
退治するマモノの情報収集、探索に必要な物資の調達、そして退治したあとの報告書の作成。
そういった書類仕事は、地球だけじゃなくニビルに行っても必要だ。
オントネー分室にいるメンバーで、そういう書類仕事が得意な人材はアイリスしか存在しない。
もし、彼女が書類仕事を手伝ってくれなかったら、私とマモちゃんは日々の事務に追われて修行どころではなくなっていただろう。
そんな風に話をしながら道なき道を進み、あと一つ山を越えたら白藤の滝に着くというところでワオーンッ!という犬の遠吠えが聞こえて来た。
正確にはそれは犬の遠吠えではなかった。
アイリスには犬の遠吠えにしか聞こえなかったかもしれないが、私には、
“ケイコ、この先は危険だぞッ!”
というウルク・ウルディン語の警告をハッキリと聞き取ることが出来た。
「恵子、私の目が確かなら山の頂上にヨ・タロさんが居るように見えるんですが」
山の頂上で待機しているヨ・タロの姿を見つけたアイリスに、私は『同意』のスタンプを押して彼女の見立てが間違いじゃないことを伝える。
“二人共、久しぶりだな”
“久しぶりって先週会ったじゃない。模擬戦でミ・ミカにボコボコにされたの忘れたの?”
“それを言ったらお前だって、ミ・ミカに脇腹殴られて悶絶してただろうが。俺だけがやられたみたいに言うなッ!”
“そうね……お互いのためにミ・ミカの話をするのはヤメテおこうか”
先週ミ・ミカに脇腹を思いっきりぶん殴られたときの痛みを思い出し私は思わず舌を出す。
『ヨ・タロさん、会えて嬉しいです』
ヨ・タロが日本語を読めないので、アイリスはメモ帳にウルク文字を書いて彼に挨拶をする。
“アンタが夜中にこんなところに居る理由は気になるけど、居てくれたことは感謝する。私達、いまアメリカ軍とかいうわけわからない連中に追い回されて大変なのよ”
ヨ・タロは魔導具グレンゴンを使いこなす一流のマモノハンターだ。
加勢してくれれば戦力的にとても心強い。
“そうか……あの連中アメリカ軍っていうのか。いや、さっき10人くらいの怪しい奴らが洞窟に入っていくのが見えたから、出てきたら尾行しようと思って見張ってたんだ”
“だから、この先は危険だって警告してくれたのね。ありがとう助か――”
ヨ・タロに礼を言いながら、私はものすごくイヤな予感が脳幹を刺激する。
なんだ!? なんだ!? なんだ!?
とりあえず私は、不安な気持ちのままニビルフォンのグループチャットにメッセージを投下する。
「ヨ・タロが教えてくれたんだけど、いまアメリカ軍の人達がゲートの洞窟に入ったみたい」
ここに居れば滝を上から見下ろせる。
ヨ・タロと同じように、ここから滝を監視していれば私達の身の安全は確保できる。
しかし、私のメッセージを見てアイリスは表情を一変させた。
『キュウベエはッ! キュウベエはいま洞窟にいるんですか!?』
アイリスが乱れた文字でヨ・タロに問いかけると、彼はペンを口で咥えてサラサラと回答を書き込んだ。
『キュウベエは洞窟で寝てた』
私のイヤな予感は最悪の形で的中することになった。
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