第31話 アメリカ軍、そんな装備で大丈夫か?
――カゲトラ
強襲揚陸艦イオー・ジマの動きが止まった。
由香の放ったハガネノツチを船尾に喰らって、船を動かすためのスクリューがすべて破壊されたのだろう。
タイヤが全てパンクした車が走れないのと同じで、スクリューを全て破壊された船は海流に流されるまま漂流する浮遊物に成り下がる。
海で戦えば中島由香は最強だ。
彼女が変身するフネクイは、地球ではリビアタン・メルビレイと呼ばれる史上最大の歯クジラが魔力器官を得た存在で、ニビルでも水属性最強クラスのマモノとして恐れられている。
これが戦争ならもう勝負はついている。
由香が攻撃魔法を使えば、強襲揚陸艦イオー・ジマは一瞬で真っ二つに引き裂かれるだろう。
しかし、私達の目的はあくまであの船を拿捕し、司令官を拘束して、オントネーで行われている戦いを辞めさせることだ。
その目的を達成するには、由香は身体のサイズと魔法の威力が大きすぎる。
「内部の制圧は、私じゃないと出来ないのだッ!」
私はイオー・ジマの真上で羽ばたきを止めて真下に垂直降下する。
対空ミサイルが飛んで来たらどうやって防ごうか考えていたが、イオー・ジマが迎撃してくる気配はない。
あの艦に装備されたレーダーは体長70センチ、体重5キロの私を敵機として認識できないらしい。
「アメリカ軍、そんな装備で大丈夫か?」
そうつぶやきながら私はダルチュへの変身を解除し、マジンとしての本性を露わにする。
後ろ足が巨大化し、翼は羽を残しながら鋭い爪が生えた前足へと変貌する、クチバシは巨大化しながら口へと変わり上下のアゴに肉を切り裂くための牙が生え揃う。
ほんの数秒で私は、ワシミミズクからレンゲオウに変身する。
変身すると身体が重すぎて飛べなくなってしまうが、この姿になれば身体能力も魔法の威力も圧倒的に上昇する。
「!!!!!!」
巨大化したことで私の存在に気づいた米兵の悲鳴が聞こえるが、もう遅い。
私は周囲の空気を操り、自分の身体に強固な風の渦をまとわせてから、イオー・ジマの飛行甲板に突撃する。
風魔法≪タツマキ≫
私の作り出した風の渦は対熱処理された飛行甲板をバリバリと削り取り、ドリルで貫いたような真円の大穴を穿つ。
その穴から強襲揚陸艦内部の格納庫に突入すると、内部で艦載機の整備をしていた整備兵の一人とパチリと目が合った。
直後、若い兵士の表情が恐怖に歪む。
「ギヤァァァァァッ!!!」
私は景気づけに、気嚢に溜め込んだ空気を全部吐き出す勢いで咆哮を発する。
直後、彼は「ノーッ! ノーッ! ノーッ!」と悲鳴をあげながら脱兎のごとく逃走する。
恐怖は伝染し、格納庫にいた整備兵達は彼に続いてバタバタと我先へとエレベーターや非常階段の入口へ逃げていく。
彼らに対して特に思うことは無い。
飛行甲板に穴をあけるような怪物に素手で立ち向かっても勝ち目はないので、逃げるのは正しい選択だ。
それに、私には彼等の背中を切りつける時間も理由もない。
私は、彼等を追うのではなく後方に二歩後退する。
わずかでいいから助走距離を確保し、床を命一杯踏み込んで蹴り足のエネルギーで垂直に高く跳ぶ。
自分で開けた穴から垂直飛びで飛行甲板に跳び上がると、甲板上は大混乱に陥っていた。
私がタツマキで起こした風圧に押し流された艦載機が接触事故を起こし、甲板上のあちこちで火の手があがっている。
強襲揚陸艦イオー・ジマの戦闘能力は失われた。
なら、あとは司令官を拘束するだけだ。
広い飛行甲板なら十分な助走距離が取れる。
私は飛行甲板を蹴り上げて、司令官が居る艦橋に跳びつく。
都合のいいことに艦橋には爪を引っかけられる突起物が無数に存在する。
レンゲオウの原種デイノニクスは、地球に生息するヒョウと同じく仕留めた獲物を横取りされることを防ぐために獲物を樹上に引き上げて捕食する習性を持っている。
衛が全身凶器と呼んだ鋭い爪は獲物を切り裂く強力な武器であると同時に、木に登るためのハーネスとしても機能するのだ。
私は目ぼしい出っ張りに爪を引っかけてイオー・ジマの艦橋をヒョイヒョイと駆け上り、艦橋の最上階まで辿り着いた私は目の前の強化ガラスを蹴破ってメインブリッジの中に突入した。
「オーマイゴッドッ!」
「ジーザスッ!!」
殊勝にもブリッジクルーは緊急事態に対処するために避難せずメインブリッジに残っていたが、凶悪なマモノを目の当たりにして全員の顔が恐怖に歪み数名の兵士が悲鳴をあげる。
私は周囲を見渡してブリッジの中央に立つ初老の男に跳びつき、押し倒したあと後ろ足で押さえつけた。
「サー・イノマンッ!」
ブリッジクルーが、私が押さえつけた男の名を叫ぶが全てが遅い。
艦長を拘束した以上、この勝負はもうチェックメイトだ。
私はクビに引っかけている衛星電話を札幌に繋ぎ、スピーカー通信をオンにする。
私は英語が話せないので降伏勧告は梓別班長にやってもらうのだ。
「こちらホークアイ。この電話がかかってきたという事は、プレデター1は上手くやったみたいですね」
「ギャオッ! ギャオッ!」
話せない也に梓別班長に状況が伝わるよう私は威嚇音を発してスピーカー越しに声を聞かせる。
”貴様はミスター・アズサッ! なんのつもりだ。なぜ別班がこのバケモノ共を従えている!?”
”4時間ぶりですね、サー・イトマン。あと誤解されているようですが、別班はマジンを従えていません。逆です。4時間前に連絡したとおり別班は、異世界生物対策課に無条件降伏しました。私はサー・イトマンと話を付けるようマジン達に命令されているんです”
”降伏だとふざけるな!?”
梓別班長とサー・イトマンが英語で口論をしていると――。
コーンッ!!!!!
海の底から聞こえてて来る乾いた音が艦全体に響き渡り。
総排水量4万トンを超えるイオー・ジマがブルブルと細かく振動する。
”なんだ、いまのは!?”
”おそらく対策課の中島課長が、船の底に張り付いて船底に頭突きでもしたんでしょう。彼女、艦に取り付くことが出来たらいつでもイオー・ジマを真っ二つに引き裂けると豪語していましたよ”
コーンッ!!!!!
コーンッ!!!!!
コーンッ!!!!!
立て続けに3度、由香の頭突きによってイオー・ジマがブルブルと振動する。
あまりの衝撃にブリッジクルー達は、戦意を失い何人かは床に座り込んでしまう。
無理もない。
由香の頭突きは、この船に乗っている全ての乗員に告げている。
(私は、この艦に乗る全乗組員をいつでも殺せる)
”わかったッ! 降伏する。この艦には1000名以上のクルーが乗船してるんだ。頼むから部下の命だけは助けてくれ”
サー・イトマンが必死の形相で叫び声をあげる。
英語はよくわからないが、どうやら降伏する気になったようだ。
”そう言っていただけると助かります。我々から提示する条件はいくつかありますが、すぐに実行していただきたいのは現在オントネー分室を襲撃している攻撃隊への停戦命令と、警察への出頭命令を出してください。あと、サー・イトマンと、この計画の首謀者であるCIA札幌市局長、如月真里上級調査官も警察へ出頭していただきます”
”ただで済むと思うなよ”
”私もタダでは済みませんよ。ただし、あなたの処遇を決まるのはそこに居るマジン様だということは心しておいてください”
本作を読んでいただきありがとうございます。
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