6 助けられたヒロシ
慣れないサバイバル生活で疲れたのか、日が昇りきったころヒロシは目を覚ました。
「良く寝た…。トイレ…」
腹をぼりぼりかきながら用を足しに外に出る。季節は夏なのか、かんかん照りの快晴の空が眩しい。
扉を開いてすぐに、昨日はなかった包に気づいた。
「え、ギル?」
ギルからの何かプレゼントしか考えられないが、ろくでもないものが入っていそうで怖い。
「怖いぜ…」
だけど、目の前に包みがあれば、気になる。
「えっ」
中には焼きたてのパンが1日分入っていた。
ギュルン…
お腹がなる。
中にはさらに、手作りのソーセージが入っていた。
「神よ…」
薬草とキノコだけでは正直生きるのに最低限のお腹を満たすだけしか出来なかったので嬉しすぎて、涙が出そうになった。
「ギル…鬼畜なだけじゃなかったんだな」
小躍りでトイレを済ませたヒロシは、スキップでもしそうなテンションであたりから小枝を集めた。
覚えたての魔法で火をつけてソーセージをじっくり焼いて、ふわふわのパンに挟んで食べる。
アウトドアは初めてだったが、外で料理をしてご飯を食べるこの楽しさを知った気がした。
「次はギルさんって呼んでやろうかな…」
ヒロシは単純だった。
遅い朝ごはん兼昼ごはんを食べたヒロシは昨日と同じく水とキノコの確保に森を散策していた。
ゼリー状のやつらも何体か出てくるが、昨日よりも容量良く捌いていく。
一体に秒もかからなかなったあたりで、ヒロシは有頂天だった。目の前に、ヒロシの身長よりはるかに背の高い巨大なドピンク色の魔獣が現れるまでは。
「え」
その口には先日倒した紫の魔獣と同じ個体がくわえられていて、まさに捕食したて、お食事中、という状況だった。
モグモグタイムだったピンクの魔獣は絶句し立ちすくむヒロシに気付いて、
獲物を見つけたとばかりに、目を細めてニンマリとした。
ー死ぬー
ぶるぶると震えるだけのヒロシはもはや餌食となるのを待つオリに放り込まれた餌だった。
「っ」
魔獣は背中の羽を勢いよく羽ばたかせ、ひろしに向かってきた。
ヒロシはあまりの怖さに目を瞑った。
「どきな!」
衝撃は横から来た。ヒロシは強い力で横に倒された。
驚いて目を開けたヒロシには同様に倒された魔獣が転がっていた。即死、のようだった。
先ほどまでヒロシが立っていた場所を見ると、薄桃色の美しい女が刀を収めていた。
肩くらいまでの髪と彼女がまとう麻のマントが風に揺れて、その風景は言葉を失うほど格好良かった。
女は満足げに魔獣を眺めたあと、ヒロシに視線を向けた。
凛とした若い女だった。
「立てる?」
「あ…はい…あの…ありがとう…ごぞいます」
「あなたみたいな少年が入る森じゃないわ」
「そうですよね、ごめんなさい」
恥ずかしくなったヒロシは明らかに小さく縮こまった。
「もう、そんなに落ち込まないの」
女は余裕のある態度で、励ますようにそう言った。
ヒロシは情けなくなって、ますます小さくなった。
同じくらいの歳のように見える若い女性に子供扱いされていた。
「あの、あなたは?」
「わたしはレイラ。魔獣ハンターよ。この森は弱い魔獣から強い魔獣まで幅広く生息してるから、修行とお金稼ぎを兼ねて時々入るのよ」
「すごく若いのに?」
「年齢なんて関係ないでしよ」
「ごめんなさい」
「冗談よ、ハンターは家業なの」
「そうなんですね」
「あなたは何でここに? 初心者ヒロシって、なかなか攻めてるわね」
「これはちょっとした呪いみたいなもので…俺は田中 ヒロシです」
「ヒロシが名前?」
「そうです」
ちょっとした呪いについてはレイラは全くのスルーだった。
ふざけた野郎だと思われているのかもしれない…。
「ヒロシね。それで、何でここに?」
「あー…」
ヒロシは答えに迷う。
でも、余計な嘘をついても仕方ないと思い素直に話すことにした。
「もっと強くなったほうがいいと言われて、修行として一週間、この森の山小屋に放り込まれたんです」
「そうだったの」
レイラがそう言った時、森の少し離れたところから女の子の声が聞こえてた。
「やっと追いついた!もう、お姉ちゃん、早すぎ!」
姿を現したのはレイラと似た面影の少女だった。髪はレイラより長く、一房三つ編みにしていてより女の子らしい。
レイラが美しいなら、彼女は可愛らしい、だった。
「エラ」
どうやら彼女の名前らしい。
「置いてくのひどい!って、え!もう仕留めたの、しかもピンク!」
転がる魔獣に驚きの声を上げる。
コロコロと表情が変わる。かわいい、ヒロシは時が止まってしまったかのように、頭にそれだけが浮かんでいた。
「わたしが来るまで待ってくれてもいいのに…!それにお姉ちゃん、この人は?」
「ヒロシ君よ、この森で修行中なの」
「それで"初心者"?攻めてるわね!わたしはレイラの妹エラ。わたしもハンター修行中なの。よろしくね」
「よ、よろしく!」
エラは屈託なく笑う。
また卑屈になってしまったヒロシには許しのような初夏のような爽やかな明るさだった。