11 鍛えられるヒロシ-(1)
「それじゃヒロシくんは、まず体力からつけましょ。体力がないと魔法にも耐えれないから」
レイラがすらすらと訓練内容を告げていく。
「そうね、今から身体を重くする魔法をかけるから、素振りしてね。一先ずは100回ってとこかしら?」
「え?ひゃっか…
ヒロシがなにか言おうとした時にはすでにレイラの手のひらは光っていた。
ヒロシの身体は急に重くなる。
「今日は軽くでいいわ。なにも持たないで素振りしていて」
「…はい」
ヒロシはなにか言っても無駄な気がして黙って従うことにした。
それは想像以上に辛く、数回ふっただけで、汗だくになる。
自分の身体であって身体じゃないような感覚。
ヒロシは運動が苦手だった。そもそも集団行動が多い体育という授業が苦手だった。
イベントごとは度々適当な理由をつけて休んでいた。
ヒロシは取り柄がないと言いつつも人と比べられて出来ないと思われるのがなにより怖かった。
苦手な事も怖い事も多すぎて、生きていくのが辛かった。
「ううっ」
ヒロシは重い身体にむちを打ち、刀をイメージしながら素振りを続ける。
頭の中には元の世界で感じていた思いがぐるぐると回っていた。
運動も勉強もいまいちで自信が持てないこと
教室で友達がいなくて一人ぼっちなのに、なんでもない風に強がっている自分の惨めさ
今レイラやエラと関わることができているのに、元の世界でうまくやれない自分は変なのかという不安、
魔導書があれば、クラスのみんなを振り向かせることができるという淡い期待、
「でも、何をやっても駄目もしれない…」
こんなこと、やる意味あるのかな?
ヒロシが精神的にも肉体的にも限界が近くなってきたとき、遠くから声が聞こえる。
「ヒロシくん!!余計なことを考えないで、今は集中して、頭を真っ白にするの、無心で腕を振るのよ!」
「!」
レイラの声はヒロシにしっかりと届いた。
「ほら!返事は?」
「ハイ!」
「声が小さい!」
「ハイ!!!」
「腹に力を入れて踏ん張るのよ!簡単に諦めるな!」
「イエッサー!」
鬼教官レイラの号令に合わせて大声を出すと、頭の中の声も飛んでいく。
ヒロシのいいところのひとつは素直さだ。レイラに言われたとおりに元の世界での負の思い出を頭からぬぐい去る。
素振りの数は目標に近づいていく。
100回までのカウントダウンがあと2、3振りで終わる。
ヒロシの腕はパンパンで上げることもままならない、それでもヒロシは腕をあげる。
「自分に負けるな!」
「ぅうおおおおおおっ」
「あとひと振り!」
「そおおおおれえええっ」
振り上げる、振り下ろす。
「いいわ。おつかれさま」
レイラがにっこり笑っている気配を感じた。
「で、できた…!」
それは、初めてのやりきった感覚。
「俺でもできた…」
今までいろんなことから逃げていたヒロシには味わったことのないものだった。
「ヒロシくん。一つの上手くいかなかった事にとらわれなくてもいいのよ」
「え…」
限界だった。バサッと糸がきれたように、ヒロシは倒れこんだ。
○○○
目が覚めると、小屋の中にヒロシは寝かされていた。
しんとしていて、そこにはレイラもエラもいなかった。
たったさっきまで人がいて賑やかだっただけに、ぽつんと残される寂しさが大きくて、ヒロシ悲しくなった。
ふと気づくと、枕元には美味しそうな骨付きソーゼージと、ふかふかで柔らかそうなパンが置いてあった。
そしてそこに、手紙を見つけた。
"また明日 レイラとエラ"
シンプルだけど、二人らしい手紙だった。
「また明日があるんだ…」
次の日が楽しみに思えることなんてしばらくなかった。
部屋にはたった一人なのに、寂しい気持ちだけじゃなくなった。
ヒロシはありがたくご飯をいただき、そして疲れから横になった途端に眠りについていた。