9
――元に戻るのは明日かな。
日向はそう思いながら、午後の授業に出た。
出席を取るために出た日向は、講義の間ずっと眠っていた。
刈谷はたどり着いた。
――この家か。
この小さな宗教団体が、あれを復活させようとしている可能性がある。
もしそうだとしたら、なんとしてでも止めないと。
――まずは聞き込みだ。
新興宗教団体が、近所の人に好意的に受けいられているはずがない。
それを利用しようと思った。
――まずは隣から。
呼び鈴を押した。
すると中年の女性が出てきた。
平日の昼間だが、専業主婦なら家にいる確率が高い。
「何でしょうか?」
刈谷は努めて丁寧に話した。
「突然ですが、私の身内が変な宗教にはまったらしくて。それでいろいろと調べているんですが」
もちろん嘘だが、あの宗教団体に否定的な人なら食いついてくるはず。
ましてやこの家は隣なのだ。
刈谷がそう言うと、中年女性は露骨に嫌な顔をした。
「あああの宗教ね。隣の。何やってんだか知らないけど、男がひとり来たと思ったらだんだん住み着く人が増えてきて。夜な夜な変な儀式をやっているみたいだし。気味が悪いし迷惑この上ないわよ」
「変な儀式?」
「夜中にみんなで変な呪文のようなものを唱えているのよ。家の防音はいいはずなんだけど、数人で大声で唱えているもんだから、嫌でも聞こえてくるわ」
「何の儀式ですかね」
「知らないわ。救世主がどうのこうのとか言っていたけど。うちにも何回か勧誘に来ているから、その時にそんなことを言っていたような気がするわ。まともに聞いていなかったから、よく覚えていないけど。でもまだあの儀式みたいなやつを続けるのなら、警察に通報してやろうかと思ってるわ」
「そうですか」
「あなたの身内が騙されてるんですか。早く救ってあげないと。何かあるなら私も協力するから、遠慮なく言ってね」
「ありがとうございます。その時はよろしくお願いします」
「本当に遠慮しないでね」
「わかりました」
刈谷はとりあえず、その家を後にした。
――狙い通りだ。
やはり近所の人にはよく思われていないようだ。
そこへ身内が被害にあっていると言えば、初対面の刈谷にも警戒心は持たない。
近所の人も、近所と言うだけで自分も被害者のように感じているからだ。
もちろん夜中の儀式がうるさいという被害に、実際にあってはいるのだが。
それにしても何かの儀式をやっているとは。
末藤はこの家からなんだかの力を感じたと言った。
そしてあれがごく一部ではあるが、封印を破ってこの世にその姿を現している。
刈谷は考えた。
この神井とかいう教祖の若い男。
なんだかの力を持っているようだ。
それに儀式が続いているということは、あれをさらにこの世に呼び出そうとしていると考えられる。
そして姿を現したあれの一部は、すでに人を殺し始めている。
今のところ追い返した者をのぞくと、まだ二人しか殺していないようだが、あれは人を殺せば殺すほど力を取り戻すことは間違いがない。
あやしい教団もいれて、二重に危ないのだ。
――もうすこし聞いてみるか。
刈谷はそうすることにした。
日向は目覚めた。
気づけば教室には誰もいない。教授も生徒も、眠っている日向をそのままにして出て行ったようだ。
――まあいいか。
出席はしているので問題はない。
寝ていたからと言って、欠席にはならないはずだ。
――帰るか。
日向は帰ることにした。
もう日が沈みかけている。
末藤は考えた。
あの家は刈谷が見張っているはずだ。
そうなれば昨日見逃した、あれを追い返した男をもう一度待っていてもいいのではないかと。
末藤は考え、早朝から正門に陣取った。
二日続けて正門に立てば、ひょっとしたら怪しまれるかもしれない。
その可能性が十分あるが、そんなことを言っている場合ではない。
その時はその時だ。
末藤は正門に立った。
そして待った。
朝から待ったが、昼になってもなにも感じることはなかった。