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末藤が家を離れて歩いていると、声がした。
見れば一軒家の狭い庭に中年女性がいて、ブロック塀の上から顔をのぞかせている。
その顔はやけに険しかった。
「あなた、あの家にいったい何の用ですか?」
中年女性の家は数軒先だがあの家がよく見えた。
末藤が家を訪ねるところを見たのだろう。
「いいえ、家を間違えただけです」
そう言うと、女性の顔から眉間のしわが消えた。
「そうだったんですか。てっきり新しい信者かと思いましたよ」
「新しい信者?」
「聞いてくださいよ。半年ほど前です。神井と言う男があの家に越してきたんです。それまでは空き家だったんですが」
「はあ」
「するとなにかの宗教活動を始めたみたいで、あの家にだんだんと信者が住むようになったんです」
――信者……。
なるほど。
どうりで家族には見えなかったはずだ。
若い背の高い男が神井で、あとの四人は信者と言うわけか。
しかし新興宗教団体。
そのあまりにも怪しすぎる単語。
おまけにあの家は、あれの復活となんだかの関係がありそうなのだ。
「そうですか」
「ですからあの家には近づいてはだめですよ。間違いなく勧誘されますから」
「わかりました。わざわざありがとうございます」
末藤はその場を離れた。
しばらくすると携帯が鳴った。
刈谷からだ。
「もしもし」
「末藤、刈谷だ。あの家のことがわかった」
「新興宗教団体だろ」
「もうわかったのか。さすがと言うか。それにしても救世主を降臨させるのが目的だなんて」
「救世主?」
末藤がそう言うと、刈谷が答えた。
「あっ、それは知らなかったんだな。至福教団と言って、救世主を降臨させ、信者とともにこの世に楽園を作るのが目的のようだな」
「救世主、と言うと」
刈谷の声が大きくなった。
「そうだ。あれだ。その教団は、あれを救世主だと思って、復活させようとしているようだな」
「……」
末藤は思った。
そう考えると、ある程度つじつまがあう。
あれの一部が復活してしまった理由も。
しかしあれのことを救世主だなんて思っているとしたら、とんでもない間違いだ。
あれは人類を一人残らず殺すものだ。
まさかあの若い男は、あれをコントロールできるとでも思っているのか。
あれは人間にどうこうできるような存在ではない。
人間の思うようにはけっして動かない。
「どうしよう」
刈谷の問いに末藤が言った。
「刈谷、会社辞めろ」
「えっ?」
「あんなブラック企業に勤めている暇なんかない。会社を辞めて、この家を徹底的に見張るんだ」
「ええっと、そうだな。俺もあんな会社は常々辞めたいと思っていたし、今はあんな会社に貢献している場合ではないな。わかった。明日から無断欠勤するわ。そのうち首になるだろうさ」
「やり方はどうでもいいが、そうしてくれるか。これが落ち着いたら次の仕事はみんなで考えよう」
「じゃあ今から見張りに行くわ」
「頼んだ」
「わかった。任せておけ」
末藤は電話を切った。
ここはとりあえず刈谷に任せて、他を探ることにしたのだ。
何かを感じる力は末藤にしかない。
一か所にとどまっておくわけにはいかないのだ。
――まただ。
日向は感じた。
それもなんと授業中にだ。
もやの黒い手が現れて、日向の首を絞めてきたのだ。
――ええいっ!
日向は渾身の力を出した。
すると首を絞めていた手が消えた。
日向は少しむせた。
近くの学生がちらりと日向を見たが、それだけだ。
教授も気にしていないようだ。
それにしてもこの疲労感。
どうしようか。
――自力で下宿まで帰れるかな?
日向はとにかく帰りたかった。
――これは!
末藤は感じた。
またあれが人を襲ったのだ。