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八百年前でおそらく日本以外のことは考えていなかったと思われるが、それにしても恐るべきことである。
人を殺す黒い手が、それこそあっという間に無限に増えると言い伝えられている。
そんなものがごく一部とはいえ封印を破り活動しているのだ。
今のところ殺された人間は一人しかいないようだが、それはごく一部のために活動が鈍っているためだと考えられる。
この先もあれは人を殺し続けることだろう。
そして殺せば殺すほど力をつけていき、いつかは本体が封印を解いてしまうだろう。
そうなれば全人類がすべて殺されるまで、そう時間はかからないだろう。
――全人類の存亡が、私を含めてたった四人にかかっているなんて。
神主はそのプレッシャーに押しつぶされそうになるのを感じた。
が、そんなことで弱気になっている場合ではない。
末藤はすでに動き始め、刈谷もいろいろとやっていることだろう。
神主は考えた。
あれを封印するのに一番必要なもの。
それは神魔の剣。
しかしここ六百年ほどはその存在が行方不明になっている。
しかし伝説の剣ではない。
明らかに存在していたものだ。
これを見つけるのが最優先だろう。
神主は腰を上げた。
――神社はしばらく開店休業だな。
末藤は歩き回っていた。
そして一日一回、あの家を訪ねていた。
外から見るだけだが。しかし何もない。
何も見ないし何も感じない。
この家には何かがある。
それは間違いないのだが。
しかしこの家に何かがあっても、あれと関係しているとは限らない。
だからこの家に時間をかけるわけにはいかないのだ。
――ほんとどうしよう。
そこで末藤は改めて気がついた。
今のところほとんど何もわかっていないことに。
思わず焦りを感じたが、自らに言い聞かせた。
急がなくてはいけない。
しかし焦りは禁物だと。
神主はとりあえず封印した場所に行ってみることにした。
ここからそう遠くはない、
神社の裏山の頂上付近だ。
今はただの空き地のようになっているところだ。
車に乗り、走り出す。
十分ほど走り、あとは徒歩だ。
少し歩くと着いた。
頂上付近に少し開けたところがある。
土がむき出しで、草も木もない。
封印して以来、何にも生えてこなくなり、八百年間この状態だ。
そこにあるのはあちらこちら大きくひび割れた茶色の土地。
それ以外何もない。
ここにあれを封印しているはずなのだが、それを示すもの、暗示させるようなものは全くないのだ。
――さてと……。
神主は考えた。
八百年前に神魔の剣を使ったのがここだ。
しかし神魔の剣が一体どういうものかはよくわからない。
いつだれが作ったのか、どんな力があるのか。
伝承はあれについては詳しく語っているのだが、神魔の剣についてはほとんど記述がないのだ。
わかっているのはそれが存在し、あれの封印に使ったと言うことだけ。
もちろんここにはない。
封印の後、神主の先祖が持ち帰った。
そして保管していたのだが、六百年ほど前に紛失してしまったのだ。
剣をなくしたのも、神主の先祖である。
――とにかく、とりあえず……。
一応探してみた。
それなりに時間を使って。
しかし探した範囲では何も見つからなかった。
――やはりここにはないのだろう。
神主は空き地に背を向け、歩き出した。
末藤は今日もあの家に寄ってみた。
一応だが。
しかし今日も何もない。
毎日一回は来ているのだが。
末藤は歩きだした。
しかししばらくすると、不意に感じだした。
――あれだ!
あれが今まさに人を殺そうとしている。
未遂の二人目から少し時間が空いたが、あれが人を殺すことをやめるわけがない。