3
「なんだって。そんなことができるやつがいるのか」
「いた。いまそこにいる」
「そことは?」
「隣の県の市だ。あれが最初に現れたのも、二度目もここだ。ここには絶対になにかがある。封印の一部が破られているのも気になるし」
「そうか」
「そこで、ここで少し調べてみようと思う」
「どうやって」
「俺は強い力だと、少し離れていてもわかる。しかしそれほど強くない力は、近くまで来ないとわからない。ここには三つ重要なものが間違いなくある。あれと、あれの封印を破ったなにかと、あれを追い返した人間だ」
「見つかりそうか」
「わからん。いずれにしても、今はみんな力を発揮していない。それでもそばまでくれば、何かを感じ取るかもしれない」
「探すのか」
「小さいとは言えないが、それほど大きな市でもない。くまなく探してみるだけだ」
「そうか。頑張れよとか言えないが」
「そっちもなんとか調べてみてくれ」
「わかった。やってみる」
「それじゃあお互い頑張ろうな」
「ああ、頑張ろう」
末藤は電話を切った。
――さてと。
この中規模の市を隅から隅まで調べるとなると、はたしてどれくらいの時間がかかるのか。
もちろん、どれだけ時間がかかっても、やめるつもりは毛頭ないのだが。
ただその時間がいくらでもあるわけではないのが現状なのだが。
――ようやくまともになったか。
日向は丸二日間寝込んだ。
この二日、四十八時間の間で起きていたのは二、三時間といったところか。
それ以外は夢も見ずに、死んだように眠っていた。
わけのわからんものを追い返すことはできたが、これほどまでに疲れるものなのか。
前回女の幽霊を追い返したときも同じだが、どうやら自分にはそうゆうやばいものを追い返す力があるらしい。
かわりに、追い返した後は普段の日常ではありえないほどに疲れてしまうのだが。
――それにしても。
日向は考えた。
あれは一体何だったのだろうかと。
前回は女の幽霊だった。幽霊。
以前は人間として生きていて人生を歩み、死んでこの世に残った者。
女の幽霊と対峙した時に、日向はこいつはもともと生きていて今は死んでいる者であるとはっきりと感じ取った。
しかし今回のやつはそうではない。
黒い煙のような濃いもやのような二本の腕があった。
同じく黒いもやの男の顔も。
しかしそのどちらにも人間味は全く感じることができなかった。
なにか人間とはまるで違うものが、人間の形を真似たもの。
そう感じた理由は日向自身にもよくはわからないが、はっきりとそう感じたのだ。
――人間ではないとしたら……。
何だったんだあいつは。
日向は考えた。
考えたが、まるで見当がつかなかった。
そして思った。
――あいつ、また来るんじゃないのか。
と言うことだった。
もちろんそれもわからないと言えばわからないのだが。
――もう寝るか。
日向は諦めて寝ることにした。
しかしいつもは寝つきのいい日向が、その日はなかなか眠りにつくことができなかった。
――さてと。
末藤は改めて考えた。
日本の平均的な広さを持つこの市。
人口も大都会とは言えないが数十万はいる。
神社に連絡を入れた。
神社の神主であるところの大道二郎は、会社でいうところの社長に当たる。
とは言っても、神社には神主と末藤の二人しかいないのだが。
神主は代々あれを見守ってきた一族で、末藤の叔父にあたる。
末藤のような特殊な能力は一切持たないが、あれに関してもそれ以外も知識は豊富だ。
末藤は普段は神社で神主の手伝いをして生計を立てている。
それが調査のために神社を離れなければならない。
宿泊費や食費といったものも必要だ。
その相談をしたのだ。
あれがごく一部とはいえ復活したことは、神主もとても驚いていた。
それが何を意味するのかを、神主は嫌と言うほど知っている。
「お金のことは心配するな」
あまり大きな神社ではなく、金銭的に潤っているとは言えないが、場合が場合だ。
必要なものはすべて用意してくれるはずだ。
この人類史上最も危険ともいえるこの緊急事態。
なのにまともに動ける人間が末藤一人しかいないのだ。
遠慮などしている場合ではない。