26
「来た!」
三人は見た。
目の前に霧のような煙のような大きな黒い顔。
その目は真っ赤だった。
そして巨人のような大きな手が二つ現れた。
「来たな」
「ああ、来たな」
「本当にいたんだ」
みなが注目する中、赤い大きな目が一人ずつ見た。
そしてその目は日向のところで止まった。
――えっ?
顔は明らかな歓喜の色を浮かべた。
そして巨大な手の一本が日向の胸をつかみ、もう一本が首をつかんだ。
「うっ」
日向がもだえる。
それを見た三人が各々動こうとしたとき、あれがわかりやすく苦しみだした。
――なんだ?
巨大な手が日向から離れ、そして力なく垂れ下がった。
黒い顔も先ほどとは打って変わって、生気をなくしたような様子になった。
見れば日向が倒れている。
しかし目は開いていた。
あれを跳ね返した時に力を使い果たし、極度の疲労で倒れたのだろう。
――それにしても。
封印がすべて解かれ、一日足らずで百人近くを殺したあれを跳ね返すなんて。
かけらのかけらの時とはわけが違うはずのに。
とんでもない奴だ、この男は。
末藤は思った。
そしてあれの力が極端に弱まっていることに気がついた。
「こいつは弱っているぞ。今だ」
正也は十字架を掲げ、二郎は動きの止まったあれの顔に、次々とお札を張り付けていった。
末藤は何度もやったことのある悪霊封印をやってみた。
その辺の悪霊なら、ものの数分で封印してしまう力がある。
末藤は悪霊封じをしながら周りを見た。
まず正也。
全くなんの力もない。
もともと霊的な力は皆無だということは知っていたが、キリスト教徒でもないのに十字架をかかげて、真っ赤な顔で踏ん張っている。
全く戦力にはなっていない。
次に二郎。
すでに多くのお札を黒い顔に張り付けているが、その一枚一枚には少しは力があるようだ。
しかし全部合わせてみたとしても、あれを封印するにはほど遠い。
そして自分の悪霊を封する力。
それなりの効果はあるようだが、これも封印するには全く足らない。
あれは動きを止めているし、こちらには決定打がない。
――まさに膠着状態だな。
しばらくその状態が続き、末藤がどうしたもんかと考えてた時に、気づいた。
――まさか。
あれの力が復活してきているのだ。
しかもそれが急速に早くなっている。
末藤が見ている前で、あれは本来の力に戻ってしまった。
そして顔が動くと、張り付いていたお札がすべてはがれて地に落ちた。
――まずい。
末藤はさらに力を込めた。
しかし末藤にはわかっていた。
自分の力では今のあれには足止めにすらならないことに。
あれは日向を見、二郎を見、正也を見てそして末藤を見た。
末藤を見た瞬間、その顔に怒りの色が現れた。
直前まであれを一番苦しめていたのは末藤なのだ。
末藤は文字通り必死で悪霊封印の力を使った。
しかしあれにはほとんど効果がなかった。
あれの顔が末藤の前に迫り、二本の太い腕が末藤の首をつかんだ。
――ううっ。
逃れられない強い力が末藤の首を圧迫する。
末藤は感じた、
それは首を絞めるというよりも、命そのものを破壊するような力なのだ。
正也と二郎が騒いでいるが、あの二人にはどうすることもできないだろう。
――もうだめだ。俺も、全人類も。




