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とにかく人類を滅ぼすほどの化け物が、もうすぐここにやって来る。
しかも自分を含めて個々にいる人間で、その化け物を封印するのだ。
理屈では理解できていた。
しかし実感というか現実感が全くわいてこなかった。
まるで夢の中にでもいるようだ。
実際、多く思考しているともとれる日向だったが、その脳は半分以上寝ているような状態だった。
時折自分を見る末藤の視線にも気づかない。
しかもそんなものを封印する方法など、まるで知らない。
ここに来て日向は、完全に部外者のような感覚におちいっていた。
――ようやく三十分か。
二郎は思った。
もう半日ぐらい経ったような気がした。
時計の針は驚くほどにゆっくりとしか進まない。
二郎は短い時間でできるだけ効果がありそうなお札を集めた。
そのためほとんど寝ていない。
もともと自分には末藤のような能力はない。
神社の神主をやってはいるが。
神主をやっているのは、長男である正也が跡を継がなかったからだ。
それで二郎に回ってきたのだ。
無職だった人間が雇われ神主をやっているようなものだ。
それなのにここに来て全人類を滅ぼすような化け物と戦わなくてはならない状況になっている。
いったいどういう運命のめぐりあわせでこうなってしまったのか。
正直逃げたい気持ちでいっぱいだ。
もちろん逃げるわけにはいかないが。
身内は見捨てられないし、どう考えてもあれをこのまま野放しにはできないのだ。
――どうかお札があれに効きますように。
大量のお札。
二郎はこれがあれにどれだけ効果があるのか、全くわからなかった。
――あと十分。
正也は時計を見た。
十二時五十分だ。
一時になればあれが呼び出される。
正也は十字架を握りしめた。
正也はキリスト教徒ではない。
夕べ、近所にある教会に行って、神父から借りてきたものだ。
正也はもともと神社にも宗教にも興味がなかった。
親が神主で、神社を継ぐように言われた時も、断固拒否した。
そのために弟の二郎が継ぐことになった。
あれに関しては子供の頃からさんざん教え込まれてきたが、まわりの身内と違って、どこかでそれを信じていない部分があった。
子供の頃からオカルト的なものを否定する傾向にあったのだ。
それなのにそれほど長くない間に、嫌でもあれの存在を認めなければならない状況になり、二人の娘にも伝え、そして今はあれと正面切って戦おうとしている。
信者でもないのに十字架を頼りにして。
今の自分なら二人の娘の方が頼りになるかもしれない。
しかしその娘たちは、今どこにいるのかがわからない。
携帯で呼び出しても応答がない。
この状況において正也は、あれのことよりも娘のことで頭がいっぱいだった。
――時間だ。
一時になった。
末藤は目の前の小型トライデンを手に取った。
「一時になった。あれを呼び出すぞ」
末藤はトライデンを高々と掲げた。
――一分経った。
二郎は時計を見た。
末藤はそのまま動かないが、あれも来なかった。
――二分経った。
日向は時計を見た。
末藤は動かず、あれも来ない。
――三分経った。
正也は時計を見た。
この三分間、末藤は銅像のように動かなかった。
しかしその顔はこれ以上ないくらいに力が入っていて、顔色も真っ赤になっていた。
しかしあれは現れない。
――呼び出すのに失敗したのか。
正也がそう思った時、末藤が言った。




