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「その時は、顔は見ていないが犯人は例の新興宗教の関係者ではないかと言うんだぞ」
「えっ?」
末藤が口を開いた。
「例の宗教団体については、俺がもう警察に話している。偶然に怪しい新興宗教の存在を知った。同じ宗教関係者としては捨てておけないので、刈谷と俺で調べていたと。調べていたのは本当だから、警察もその点は怪しまないだろう。すると刈谷と俺が誰かに後をつけられるようになったと。これも本当だ。そして今回の事件だ。むしろあそこを怪しまない方がおかしい。それに」
「それに」
今度は大道が言った。
「新興宗教団体としては、警察に目をつけられるだけで、かなりの痛手となる。ましてや信者の中から逮捕者が出ようものなら、これは相当に手痛いことになるだろう。今はあの宗教団体を弱体化し、動きを止めることが必要だ。国家権力が手をかけてくれるのなら、それに越したことはない。実際にあの教団の誰かが、お前をやった可能性が高いと思う。もし仮に無関係だとしても、それはそれで効果がある」
末藤が口をはさむ。
「しかし殺人未遂なんて、本当にあの団体がやったのなら、下手なことをしたもんだ。自分で自分の首を絞めることになるのに。それにしても、お前が助かったことが一番うれしいことだが」
「ああ。ブラック企業で鍛えられていたからな」
「ブラック企業って、身体的防護力も鍛えられるのか。刃物で刺されても死なない身体になるとか」
「まさか」
そんなことを言っていると、ドアがノックされて目つきの悪い中年男が入ってきた。
その男は黙って警察手帳を見せた。
「意識が戻ったと連絡があった。いろいろと話を聞かせてもらうよ。短い時間ならいいと、医者の許可も取ってある」
「はい、どうぞ」
大道と末藤は出て行き、刈谷と刑事が残された。
刈谷は刑事の質問に答え、あの時の状況を正直に答えた。
そして犯人に心当たりはないかという問いに、あの教団のことを調べていたら、誰かに後をつけられるようになったと言った。
その言葉を聞いた刑事は、刈谷がぞっとするような気味の悪い顔で笑った。
神井が信者を集めていた。
集まった信者が何事とお互いの顔を見る。
一人を除いて。
その一人は三十代に見える男だった。
その男だけ、ずっと下を見たままだ。
神井が強く言った。
「さっき警察が来ました」
「えっ?」
「警察が」
「なんで?」
「……」
「我々を探っていた男がいましたね。その男が刃物で背中を刺されたそうです」
「えっ?」
「何ですって」
「それは、我々が疑われているということなんですか?」
「……」
「そうです。我々が疑われているのです。警察に目をつけられるなんて、全くもって腹立たしいことだ」
いつもは穏やかな顔で話をする神井が、別人のような怖い顔をしている。
神井が続けた。
「警察は我々の中に犯人がいると思っているようです。では皆に聞きます。この中に、あの男を刺した人はいますか?」
「いえいえ」
「大人しくしていなさいと言われたので、大人しくしていました」
「私も同じです」
「……私も」
神井が大きな声を出した。
「木本さん!」
「はい!」
「あなたですね」
「いえいえ、私はそんな」
「嘘をつくんじゃありません。この私の目がごまかされるとでも思っているのですか」「いえ」
「あなたですね」
「……はい」
完全に縮こまっている木本に神井が言った。
「木本さん」
「はい」
「あなた、逃げなさい」
「えっ?」
「今度警察が来たら、私の言うことは決まっています。この事件に関して、私も他の信者も一人を除いてなんの関係もありません。その一人とは木本さん、あなたです。木本さんが犯人かどうかは知りませんが、とにかく木本さんは行方不明になったと警察には言います」
「……」
「あなたがどれだけ逃げられるのかは、私にもわかりません。わかりませんがその間、時間稼ぎにはなるでしょう。たとえ捕まってもあなたの独断による犯行なので、私たちは関係ありません。それは事実ですし、教団を救うためにはそれしかありません。できればできるだけ長い間逃げてください。その間は、警察の目があなたに向くことでしょう」
「……はい」
「それでは今すぐに逃げてください。警察がいつまた来るのかわかりませんから」
「はい」
木本と呼ばれて男はその辺の荷物をまとめると、出て行った。
神井が信者に言った。
「聞いての通りです。警察に聞かれたら、言うことは二つ。二つだけです。一つは私はあの事件に関しては何も知らない。もう一つは、木本さんが行方不明になったと。それだけです。他のことは話してはいけません。いいですね」
「はい」
「仰せの通りに」
「わかりました」
「それでは今日は解散です」
「はい」
「はい」
「はい」
信者たちは自分の部屋に戻って行った。
神井は腕を組み、険しい顔で天井を見ていた。
刈谷はそれほど長くは入院せずに済みそうだ。
そして朗報があった。
警察は教団の信者の一人である木本という男に目をつけたようだ。




