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男は人間の身体がばらばらになるところを、目の前で見てしまった。
地方都市の駅。急行列車が通過しますのアナウンス。
みんな指示に従って、白線よりも後ろに下がっていた。
その時、若い男性がふらっと線路に飛び込んだ。
そのタイミングで、ホームを通過した急行列車。
若い男は男の目の前で列車に激突し、瞬時につぶされてその身体がバラバラになったのだ。
肉片と血があたりに飛び交い、列車は急ブレーキをかけ、かなり進んだところで止まった。
ホームに飛び散った肉片と血がばらまかれていた。
ホームにいた人は悲鳴を上げて、ある者は後ずさりをし、ある者は逃げ出して、その場に残るものはほとんどいなかった。
それだけでも十分すぎるくらいにグロくて異様な光景だが、男が見たものはそれだけではなかった。
若い男が線路に飛び込んだ時、その男をつかむ黒い靄のようなものがはっきりと見えた。
黒い煙のようにも見えたが、その形は大きな人間の手だった。
そして飛び込んだ男の頭の上には、同じく黒いもやのようなものがあり、その形は大きな人間の顔だった。
全体が黒く、目だけが瞳がなくて真っ白な顔。
それらは男が列車にひかれた途端に消え去った。
男は理解した。
生まれつきどちらかと言えば自分は霊感が強い方だとは思っていた。
そして今見たものは、どう考えても悪霊と呼ばれるものに人間がとり殺される瞬間ではなかったのか。
何かを聞いた、何かを感じた、何かを見たということは今までに何回かあったが、これほどまでにはっきりと見たことはなかった。
しかもそれが人をとり殺すところまで見てしまったのだ。
相変わらずホームは声や人が慌ただしい。
かなりの人間がいなくなってはいたが。
その中で男は一人その場に立ち、考えていた。
あんなものを見てしまって、自分はどうなるのだろうか。
今度は自分がとり殺されるのではないだろうか。
今死んだ若い男のことなど頭にはなく、悪霊と自分のことを考えていたのだ。
そしてそこには恐怖しかなかった。
朝、日向恭介はテレビでニュースを見ていた。
トップニュースは急行列車に男が飛び込んだということだ。
テレビでは全身を強く打って死亡とか言っていたが、急行列車にとびこんだら強く打ってどころの騒ぎじゃなく、その身体はバラバラになってしまうだろう。
もちろんテレビでは、身体がばらばらになって死亡とは言わなかったが。
列車に飛び込む人は決して多くはないが、きわめて珍しいわけでもない。
どれぐらいの人が実際に飛び込んでいるのかは、日向は知らないが。
自殺する人は結構いるようなので、その方法の一つなのだろう。
日向はそれくらいしか頭に浮かんでこなかった。
要するに、日向の気を引くニュースではないということだ。
そのままばらばらになった人間のことは頭から追い出して、朝ご飯を食べた。
今日は朝から授業がある。
大学に行かなくてはならない。
日向は食べ終えると支度をし、部屋から出た。
――来た!
末藤一はあれを初めて感じ取った。
それはまさに代々語り継がれてきたもの。
そう、あれそのものだ。
どう感じるか。
子供の頃から何度となく聞かされてきたものと、完全に一致している。
――それにしても。
八百年間語り継がれてきたにもかかわらず、八百年の間、あれを感じ取った者は誰一人としていなかった。
それをこの自分が感じ取ってしまうとは。
理由は明白だ。
八百年もの間、あれがこの世に現れたことがなかったからだ。
それが自分の代になって、出現するなんて。
なんという運命のいたずらだ。
しかし感じ取ってしまったからにはやるべきことがある。
あれを再び封印するのだ。
末藤はさっそく連絡を入れた。
横になっていた。
仕事の疲れだ。
明日も休日ではないので仕事だ。
休日は日曜日にたまにあるだけだ。
それ以外は土曜も祝日もない。
――そろそろ寝るか。
刈谷健吾はそう思った。
その時、携帯が鳴った。
表示を見れば末藤一となっている。
久しぶりだ。
末藤から連絡が来るのは。
もしかして。
そう思い、刈谷は電話に出た。
知らない男が電車に飛び込んだからと言って、日向の生活はなんら変わることはない。
お昼になってから大学に行き、値段が安いのだけが取り柄の定食を食べ、昼からの授業にでた。
今日は午前の授業はない。
明け方近くまでユーチューブを見て、起きたのは昼前だ。
こんな生活ができるのも、おそらく今だけだろう。
社会人になればまず望めない。
そんなことを考えていると、授業が終わった。
寝てはいないが、まるで聞いていなかった。
しかし結局は教授がテキストを読むだけだ。
テストもテキストからしか出ない。
家で読めば十分なのだが、出席率が悪いと単位を落としてしまうので、とりあえず座っているだけだ。
そして授業が終わると、あとは帰宅するのみ。
コンビニで夕食を買い、風呂に入り、そしてネット。
明日も午前は授業がない。
また明け方までネットをすることになるだろう。
もちろん、それをとがめる人はいない。
そのままネットをしていたが、少し目が疲れてきた。
――うーん。
日向はそのままマンションのベランダに出た。
九階建てのワンルームマンションの八階に日向は住んでいる。
そして夜風に当たっていた時だ。
――!
日向の両肩を何かがつかんだ。