91、スチーム星 〜うでわのアイテムボックス
ジャックさんやレンフォードさんが、食事をしながら、簡単に今の状況を話してくれた。
迷宮ごと、この星に転移したのは、想定の範囲だったらしい。だから、イロハカルティア星の保護結界が消える前に、迷宮内に居た多くの人をタイガさんが、地上へと移動させたんだそうだ。
そして、ジャックさん達だけでなく、この小屋にいる魔王二人と、置物のようにおとなしい男性は、この星に残るようだ。
転移したときに迷宮都市にいた人達は、まだ、迷宮都市内に居るそうだ。この星の住人は、そのことに気づいていないらしい。だから、迷宮都市の人達も、ほとんどがこの星に残ることになるんだ。
迷宮都市は、砂の中に埋まってしまっているけど、魔王カイさんが、迷宮全体が朽ちないように結界を張っているそうだ。
以前の侵略戦争で、次元の狭間に落ちてしまった数百人を、イロハカルティア星に帰らせるために、迷宮都市の維持が必要なのだという。
転移事故で消えた人達を見つけたら、迷宮へと誘導し、迷宮ごと、イロハカルティア星に転移させる計画らしい。
迷宮は、大勢の人を移動させるための器なんだな。
夜になったのか、神スチーム様がこの施設に来たみたいだ。星に戻りたい人達を別の部屋へと、ロボットみたいな住人が案内していく。
僕がいる小屋の中では、みんな仮眠をとっている。起きているのは、僕と、全く喋らない男性だけだ。
「マーテルさんの分身なんですよね? 迷宮都市に行かなくていいんですか?」
僕が尋ねると、彼は首を横に振っている。
(なぜ、話さないんだろう?)
「話ができなくなったんですか?」
そう尋ねると再び、首を横に振る男性。迷宮の休憩所にいたときは、普通に話していたのにな。
彼は、確か、ドラゴン族の前魔王マーテルさんのウロコから作られた個体だよね。眷属だと言っていたっけ。
『ライト、そいつに渡してやれ』
(うん? リュックくん? 何を?)
『マーテルの眷属は、オレと同じ仕様だ。主人から離れると、魔力の供給が得られない』
背負っていた『リュック』をおろし、中を見てみると、小瓶がぎっしりと入っていた。
(リュックくん、全部渡すの?)
『そいつが欲しがるだけ渡してやれ。オレは、自分が作ったポーションでは回復できねーが、そいつなら、回復できる』
(うん、わかったよ)
彼が話さないし動かないのは、エネルギーを消費しないようにしていたんだ。さっき、ごはんは食べていたけど……。
『飯を食っても、魔力は回復しねーぞ』
(えっ、あ、そっか。話すと魔力を使うの?)
『人の姿を維持していることでも、魔力を消費しているみてーだぜ。人の言葉を話すのも、魔力を使うんじゃねーか』
(普段はドラゴンなんだね)
僕は、魔道具『リュック』を持って、彼の近くへと移動した。なぜか警戒されてる。
リュックくんは、マーテルさんの娘、魔王マリーさんの父親のひとりだからかな。あっ、彼はマーテルさんの眷属だから、警戒じゃなくて緊張しているのかも。
「あの、リュックくんが貴方に渡すようにと言ってます。必要な分を差し上げます」
僕が小瓶を彼の前に並べ始めると、彼は驚いた表情を浮かべている。
「えっ……伝説のポーション!?」
(あれ? わかってなかったのかな)
「僕は、ポーション屋です。まだ、作れる種類は少ないみたいですけど」
彼はラベルを確認し、戸惑っていたけど、蓋を開けて一気に飲み干した。カルーアミルクの香りが広がる。やはり、魔力が厳しいんだな。
僕は、ゲージサーチをしてみた。
(あっ、リュックくんと同じだ)
ゲージサーチができない。いや、ゲージがないみたいだ。どの程度減っているかを見ることができない。
「す、すごい。とんでもない回復量だ」
(いや、魔力10%回復だよ?)
ドラゴンなのに、魔力値が高いのかもしれない。
次にモヒート風味のポーションも飲んでいる。これは、効果は知っていたみたいだ。
カルーアミルク風味の魔ポーションは、あまり流通させてなかったから、初めて飲んだみたいだ。
「貴重なものをありがとうございました。俺には、今は支払いをする金がなくて……」
「いえ、差し上げますから、気にしなくて大丈夫です。主人と離れると、魔力の供給が受けられなくなるんですよね?」
「はい。同じ星にいれば大丈夫なのですが、ここには、一切届きません』
「じゃあ、これも持っておいてください。魔法袋はありますよね?」
「あ、ありがとうございます。ですが、魔力量は、さっきの100倍ほどになりましたから、通常時より多いくらいです」
(うん? 10%回復だよ?)
もしかしたらマーテルさんは、眷属の魔力は、満タンにしないようにしているのかもしれない。
「じゃあ、1本だけ渡しておきますね。普通のポーションは?」
「ありがとうございます。ポーションは、もう少し欲しいです」
僕は、カルーアミルク風味の魔ポーションをリュックに戻し、モヒート風味の体力10%回復ポーションを出した。
『おい、ライト、戻すなよ。魔法袋に入れておけ。魔道具は、ポーションを作る場所だぜ』
(あっ、リュックくん、ごめん)
だけど魔法袋には、あまり空きはないんだよな。
チラッと、マーテルさんの眷属の彼に目を移すと、大事そうに、ポーションをどこかに収納している。
(今なら大丈夫だな)
くるりと背を向け、僕は、女神のうでわに触れた。このアイテムボックスは、無限に入るんだよね?
リュックの中にできていた小瓶を、うでわのアイテムボックスへと移した。
(中身は、わかるのかな?)
うでわに触れながら、そう考えた瞬間、大量のリストが目の前に表示された。まるで映画のエンドロールのように、次々と文字が流れていく。
(な、何これ?)
どこまでも流れる文字……。こんなに僕は、大量の物をうでわのアイテムボックスに入れているんだ。
(当然、生まれ変わる前のものだよな)
ちょっと感動する。生まれ変わっても、僕は僕なんだと思えてきた。だから、アイテムボックスに預けた荷物が、引き継がれているんだよね。
しかし、これでは探せない。いや、何かを取り出そうと意識すれば、出てくるんだよね。何が入っているかがわからないと、取り出せないけど。
リストの中には、記憶にないポーションらしき名前も流れてきた。見ただけではわからないけど、たぶん手に触れると思い出すんだろうな。
しかし、アイテムボックスに入っているポーションの数は、とんでもない数だ。
エンドロールのように次々と流れていくから、桁がわからないけど、何万本じゃなくて、何百万本や何千万本の種類もあったよな。
リュックくんが、魔道具『リュック』に出してくれるポーションは、まだ品数が少ない。たぶん、僕の魔力量に合わせて、作ることができる物だけを生産しているんだよね。
あっ、進化の程度にもよるのかもしれない。
今の、普通のリュックの姿は、第1進化をした状態だ。だけど、いま出てくるポーションは、進化前から作ることができた物ばかりだ。
第1進化後のポーションは……確か、売りにくい物ばかりだった気がする。一部のポーションは、女神様が愛用していたっけ。
『ライト、アイテムボックスは、鍵を解除して繋げておいたぜ。魔法袋は、まだオレが異空間に預かってる』
(えっ? リュックくんが?)
『あぁ、うでわのアイテムボックスは、奪われることはないからな。記憶のカケラがすべて戻ってからの予定だったが、なんだか、戻ってねーから』
(そっか。ありがとう。もしかして、アイテムボックスの中身が必要になる?)
これから、転移事故に遭った人達を捜しに行くなら、大量のポーションが必要になるのかもしれない。
『さぁ、それはわからねー。ただ、時空を超えると何があるかわからねーからな。必要なときに不安定になると困るから、いま、繋げておいたんだ』
(そっか。リュックくん、先読みしてるんだね)
『あぁ? そんなんじゃねーよ』
(あっ、照れた)
『照れてねーよ。預かってる魔法袋は、必要なときに渡せる。覚えとけよ』
(うん、わかった。ありがとう。リュックくん、いつ、魔人の姿になる?)
『は? 第2進化の次が魔人化だ。今でも、短時間なら魔人化できるけどな。だが今は、すぐに互いに魔力切れを起こすぜ』
(そっか、記憶のカケラが現れないから、魔力値が増えないんだよね)
『まぁ、焦る必要はねーけどな。最悪、カースが何とかするだろ』
(そのカースは、いま、どこにいるの?)
『イロハカルティア星だ。オレ達が戻る時間と場所を確保するって言ってたぜ』
(時間も? 制限時間があるの?)
『は? 時空を超えて戻るんだけど』
(あー、なるほど。って、神スチーム様って、そんなことまでできるんだね)
『いや、そりゃ無理だろ。自分の星でなら、タイムトラベルできる機械があるけどな』
(えっ? じゃあ、どうやって戻るの?)
『オレか、もしくは腹黒女神だな』




