9、ロバタージュ 〜もう一つの夢と魔道具『リュック』
「騙し取られた銅貨をお渡ししますね」
警備隊の所長レンフォードさんがそう言ってくれたのに、猫耳の少女は首を横に振っている。
「お金は、必要ないのじゃ。ナタリーから、ロバタージュでの馬車の件を聞いておったから、ついでに被害報告に来ただけじゃ」
「そうもいきません。規則ですから」
「なっ? 相変わらず、レンフォードはクソ真面目なのじゃ。ライトにそっくりなのじゃ」
(僕と似てるのか?)
所長さんから、銅貨をジャラっと渡されて、少女は迷惑そうな表情を浮かべた。銅貨が嫌いなのかな?
「そんなことより、この街でライトが何をしていたか知らぬか? イーシアからロバタージュへは、警備隊の馬車で移動したらしいのじゃ」
「あぁ、昔、レオン隊長から何度も聞かされましたよ。隊長は、ライトの集落を焼却したことを、ずっと負担に思っていたみたいですから」
(僕の集落を焼却?)
「ふむ、あの頃は、伝染病が発生すると、人族は病を恐れて集落を焼却しておったようじゃな」
「今では、そんな野蛮な行為は許されませんけどね」
(だから、石碑があったのかな)
あの場所で会った幽霊は、伝染病で集落ごと焼却された恨みで、地縛霊になったのかな。あ、でも、魔王様に頼んだと言っていたっけ。地縛霊というより、土地の守り神みたいな感じかもしれない。
(この世界には、魔王もいるんだな)
僕のこの身体の持ち主『ライト』も、伝染病で死んだのかな。
でも『ライト』は、僕の身体の中で眠っているんだよな。そのあたりの記憶は、まだ、はっきりしないけど。
「それで、ライトは何をしておったのじゃ?」
「冒険者ギルドへ行って、登録したみたいですよ。死装束だったから、視線を独り占めしていたそうです」
(死装束?)
あっ、『ライト』の死体に、地球から転生した僕が入ったからか。僕は死装束で街をウロついていた?
(そりゃ、視線を独占するよな)
ふぅ、普通の服を着せてもらえてよかった。青い作務衣みたいな服だけど。
「ふむ、他には?」
「ええっと、確か、ライトのポーションを一緒に飲んだんじゃないかな。ハデナ火山で、ライトがポーションを配ってくれたし」
少女は、僕の方を見て、何かを考えている。
「レンフォード、くそ不味い普通のポーションはあるか?」
「はい、1,000回復なら、配布用の物がありますが」
少女は、ひらひらと手を出している。くれということかな。
所長さんは、どこからか小瓶を取り出した。あっ、魔法袋だ。びっくりした。突然、空中に現れるんだ。
「ライトは、イーシアで転んで、そこの階段でも転んだのじゃ」
「これを飲ませるんですか? 本気で?」
(ポーションって、そんなに不味いの?)
「ライトは、何も覚えておらぬ。まず、この世界のポーションを思い出させねば、次に進めないのじゃ」
「うーん、ライト、飲んでみる? 不味いよ?」
所長さんからそう言われても、僕はどうすれば良いか、わからない。だけど、ポーションだろ? ゲームの世界にしかないはずのポーションだろ? それなら……。
「のんでみりゅ」
(チッ、また語尾をかんだ)
「泣かないでよ〜?」
彼はフタを開けて、僕に渡してくれた。
「ライト、鼻をつまんで、一気飲みじゃ。途中で絶対に止まってはいけないのじゃ」
(うん? 何それ)
小瓶に口を近づけて、僕は固まった。これ、本当に飲んでもいいものなのだろうか?
(ドブの臭いだ)
「くしゃってる」
「腐ってないのじゃ。ポーションは、ラベルに特殊な加工がされておるから、魔法袋に入れていなくても腐らぬ」
(嘘だ〜、腐ってるでしょ)
でも二人とも、嘘をついているようには見えない。ポーションだよな。ポーション、ポーション、ポーション!
(よし! テンションが上がってきた〜)
僕は覚悟を決め、瓶を両手で持ち、息を止めて一口飲んだ。
(うぎゃ! は、吐く……あれ?)
身体の中を何かが駆け抜けていく。すごい! 足の痛みが消えた! おでこに触っても血がつかない。ほんの一口で、この効果!
「まだ、怪我は治っておらぬぞ」
少女にそう言われて、一気に飲んだ。飲み干してやろうと思ったけど……無理だ。今の僕は、赤ん坊だ。この小瓶は、強敵すぎる。
「まだ、半分残っておるぞ」
「いやっ!」
「怪我はまだ完治しておらぬ」
そんなことを言われても、もう無理だ。
「ふぇえ〜ん!」
「泣いても無駄じゃ。飲み切るのじゃ!」
(性格、悪っ)
僕は、猫耳の少女を睨みつつ、小瓶に挑んだ。口を近づけたけど、やはり無理だと思った。
『もう、やめとけ。赤ん坊にはキツイ』
(えっ? あのときの声だ)
僕は、巾着袋の肩紐に触れた。なんだろう、不思議な感じがする。
微妙な表情の所長さんに、小瓶を返した。そして僕は、『リュック』をおろした。
少女は、僕が飲むのをやめたのに、今度は文句を言わない。しらじらしく明後日の方を向いている。僕が『リュック』をおろしたことに、気づかないフリをしているのかな。
巾着袋の紐をゆるめると、中には、たくさんの小瓶が入っていた。その一つに触れると、キラッと光る何かが現れた。
(記憶のカケラだ!)
僕は、キラッと光る物に触れた。その瞬間、コマ送りのフイルム映画のように、何かの映像が頭に流れ込んでくる。
そうか。魔道具『リュック』は、僕の記憶からポーションを作るんだ。僕が前世で叶えられなかった夢を具体化している。バーテンダーになれなかった僕の夢を……。
この魔道具『リュック』は、僕の大切な相棒だ!
「リュックくん!」
『おう! おまえのもう一つの夢も叶えようぜ』
「えっ? なに?」
『腹黒女神に、いつも言われていたじゃねーか』
そうだ! 猫耳の少女は、女神様の猫ではない。それに、女神様に娘はいない。あの猫みたいな生き物は、女神様の分身だけど、話せない。
猫耳の少女は、女神イロハカルティア様、本人だ! この姿は、女神様が地上に降りるときの姿なんだ。僕の記憶よりは、幼すぎるけど……。
「リュックくん、うん、いつもいわれてた。ライトは、しょぼいのじゃ、って」
『くっくっ、その姿は、ティアと名乗っているぜ。イロハカルティアの最後三文字だ』
「それはまだ、しっくりこない」
『カースが、主要なことは記憶のカケラに封じてる。どーでもいいことは、入ってねーんだろ』
「ん? だいじょうぶなの?」
『主要な記憶が戻れば、他の記憶も少しずつ戻るんじゃねーか? そもそも100年前のことなんて、ふつー、ほとんど忘れてるだろ』
(確かに、そうだよね。覚えてる方がおかしい)
「うん、そうかも。もうひとつのゆめって?」
『おまえ、ウジウジ悩んでたじゃねーか。通常時の戦闘力が低すぎるって。だから腹黒女神が、しょっちゅうウザイことを言ってきただろ?』
「よわかったんだ、ぼく」
『通常時はな。だから、おまえは、赤ん坊に生まれ変わったんだぜ。死人に宿りし命には限界があった。だから、赤ん坊からやり直しだ』
「でも……」
(急に強くなれる気がしない)
『イーシアで、邪神をぶっ飛ばしたじゃねーか』
「えっ? あれは、ふしぎなよろいが……」
『オレが、サポートするって言っただろ? 戦いはセンスと慣れだ。だがそれには、体力が必須だ。死人に宿りし命では、体力が成長しなかったんだ』
「じゃあ、リュックくんが、せんせい?」
『まーな。のわっ!? 腹黒女神がオレの結界をこじ開けようとしやがる。この話は内緒だぜ。この会話の記憶も隠しておく』
そう言うと、リュックくんは静かになった。
「ライト、どうしたのじゃ! リュックに手を突っ込んだまま固まって……。リュックに噛まれたのか?」
目の前には、猫耳の少女のドアップがあった。所長さんも、心配そうにしている。僕は、固まっていたように見えたのか。
「だいじょうぶです。ティアさま」
「のわっ!? な、なんじゃ? なぜ、バレておるのじゃ」
「ライト、俺の名前はわかる? 記憶のカケラを見つけた?」
「レンフォードさんのことは、まだわからないけど、きおくのカケラはみつけた」
「そっか、だよね。急成長したなー。赤ん坊っぽさは消えてる。2歳児くらいかも?」
(そんなに急成長?)
記憶のカケラ2個で1歳児と言われてたのにな。記憶の重要性で変わるのだろうか? もしくは、リュックくんの記憶は、特殊なのかな?
「リュックの記憶が戻ったのか?」
少女は首を傾げている。さっきの会話は、わからないんだ。
「なっ? 何の話をしたのじゃ? リュックが隠しておるのか」
「イロハカルティアさまのなまえです。ティアさまというのは、まだ、しっくりこないですけど」
「のわっ! 順番をすっ飛ばしたのか。リュックは、しょぼいのじゃ!」
(誰にでも言ってる)
「な、なんじゃ? な、何がじゃ」
(急にタジタジ?)
「ぼくのきおくと、いろいろちがうから、よくわからないです」
「そ、そうか。そのうち、思い出すのじゃ」
少女の視線は、僕の手元に向いた。リュックの中身が気になるのかな。