8、ロバタージュ 〜警備隊の所長レンフォード
「着いたぜ、終点ロバタージュだ」
大きな声で目が覚めた。僕は、少女の膝の上で眠っていたらしい。そのまま少女に抱きかかえられて、僕は馬車を降りた。
馬車に乗ったとき、御者にお釣りをごまかされたと気づいて……その後の記憶がない。うーむ。
「ライト、まずは、あっちじゃ。この街にも記憶のカケラが現れるはずじゃ。見つけたらすぐに言うのじゃぞ」
「あい」
僕が頷くと、少女は満足げな表情を浮かべた。そして、僕の手を引き、どこかへ向かって歩き始めた。
(どこに行くんだろう?)
やはり、記憶のカケラは、僕にしか見えないみたいだな。でも、何がキッカケで現れるかはわからない。
石碑のところの記憶のカケラは、初めからキラッと光っていた気がする。だけど、アトラ様の頭の上に現れた記憶のカケラは、なんだか突然現れた。
僕は、街をぼんやりと眺めながら、歩いていった。やはり街の中でも、石畳の割れ目とか、つまずきそうな場所では、少女が声をかけてくれる。意外だけど、面倒見がいいんだな。
ロバタージュの街は、石造りの建物が立ち並び、広い石畳みの道が整然と整えられている。たくさんの人があふれ、露店も多い。活気のある街のようだ。
しかし街の中は、あちこちが崩れている。そうか、戦乱が終わったばかりなんだよな。建物の修復にも、魔法を使うようだ。この世界では、科学の力は低く、その代わりに魔法が発達しているんだな。
行き交う人には、いろいろな人がいる。ほとんどが普通の人間に見えるけど、髪や肌の色はバラバラだ。僕は、たぶん、薄い茶髪で色白なのだと思う。
獣人もたまに見かける。とんでもなく背が高い人や、めちゃくちゃ小さな人もいる。獣人って差別されているのかな? なんだか、獣人に向けられる目は、冷ややかなものが多いみたいだ。
「他の星からの侵入者が人型に化けると、獣人のような姿になる者が多いのじゃ。獣人は、知能が低く知識も乏しい種族が多い。他の星の者がこの星の住人になりすますには、獣人に化けるのが都合が良いのじゃろう。ロバタージュは、戦闘力の弱い人族の街じゃから、皆、警戒しておるのじゃ」
猫耳の少女が、解説してくれた。常に僕の考えは、見られているみたいだな。
「ほかのほし?」
「うむ、いったん戦乱は終結したが、まだまだ水面下では、継続中なのじゃ。この星の保護結界が消えると、また勃発するじゃろうな」
「せんらん……」
(また、すぐに戦争が……)
「うむ、なんとかせねばならぬ。そのためにも、女神の番犬は、16人全員が揃う必要があるのじゃ」
少女は、力なく呟いている。うーん? なんだか、これまでの、はちゃめちゃな感じとは真逆な雰囲気だ。あの、空に映った女神様のような……。
(やはり、女神様の……娘なのかな)
「つ、着いたのじゃ!」
べちゃっ!
(痛っ、階段は無理だ)
僕は、階段に上がり損ねて、べちゃりと倒れた。
「のわっ! だ、大丈夫か」
「ふぇぇん!」
(これは、泣くよな)
少女は、オロオロしている。さっきまでは、僕の足元を気遣ってくれていたのに、急にどうしたんだろう?
「おやおや、坊や、転んでしまったのかい?」
ふわりと誰かに抱きかかえられた。
「この子が、階段を上がれないのを忘れていたのじゃ」
少女がそう言うと、僕を抱きかかえた男は、やわらかく微笑んだ。
「お嬢ちゃん、警備隊にご用かな?」
(警備隊?)
少女は、コクリと頷いている。すると、僕を片手で抱きかかえた男は、もう一方の手を少女に差し出した。彼女は、素直にその手を握っている。
僕達は、その男に連れられ、階段を上がり、建物の中へと入った。
「あら、迷い子かしら?」
僕を抱きかかえている男と同じ制服を着た中年の女性が、近寄ってきた。
「警備隊に用事があって来たみたいですよ。階段が上れなくて、坊やが泣いていたから連れてきました」
「ここの階段は、急すぎるのよね。改善の余地ありだわ。お嬢ちゃん、今日は、どうしたのかな? お姉さんに教えてくれる?」
(お姉さん、かなぁ?)
「ロバタージュに来るときに、馬車で騙されたのじゃ」
「えっ、馬車? ちょっと、こっちでお話を聞かせてね」
僕は、中年女性に引き渡され、奥の方へと連れていかれた。少女は、女性の後ろを歩いてくる。しょんぼりとした表情だ。僕が転んだことで、落ち込んでいるのかな。
(あっ、違うのか)
少女は、僕に一瞬、ジト目を向けた。なんだかよくわからないけど、下手なことは言わない方が良さそうだ。
応接室のような部屋に連れて行かれて、僕は、ソファに寝かされた。ベビーベッドのつもりかな。
「坊やを寝かせてあげられる場所が、他にないのよ。堅苦しい部屋でごめんなさいね。馬車で騙されたってどういうことかしら?」
しょんぼりとした少女は、指定された椅子に座り、上目遣いでチラッと中年女性を見た。
(妙に、かわいい。違和感しかない)
少女のその様子に、中年女性は、やわらかな笑顔を向けている。
「緊張しなくても大丈夫よ。最近は、獣人を狙う犯罪が多発しているの。話してもらえる?」
「あの、レンフォードという人は……」
「えっ? 所長に用事なの? 私は信用できないかしら?」
少女は、首を横に振っている。だけど、顔を上げては、何かをためらうように、すぐにうつむく。なんだか、すごく可哀想な……落ち着かない気分になってくる。
「これまでにも、嫌な目に遭ってるのね。うーん、ちょっと待っててね」
中年女性は、応接室の入り口にいた若い男に何かの合図をしている。彼は、すぐに姿を消した。所長を呼びに行ったのかな。
なぜ少女は、所長を指名するのだろう? 目の前の中年女性は、普通の人間に見える。あっ、所長は、獣人なのだろうか。
しばらくすると、制服を着た男が部屋に入ってきた。普通の人間に見える。そして少女の顔を見て、ハッとした表情を浮かべた。
「これは、どうされました? ティ……」
「わぁーっ! わ、妾は、謎の猫ちゃんじゃ」
(少女は、必死だな)
彼も、少女の正体を知っているらしい。
「えーっと、猫ちゃん。これは一体?」
40代くらいに見える男は、懐かしそうに目を細めている。久しぶりに会ったのだろうか。
「イーシアからロバタージュへの馬車で、騙されたのじゃ」
彼は、少女の向かいに座った。中年女性も、その隣に座って、手に持つ書類に何かを書いている。
「騙されたというのは?」
「料金は銅貨5枚だと言われて、銅貨を持っていなかったから、銀貨1枚を渡したのじゃ。そしたら、お釣りだと言って銅貨50枚を渡されたのじゃ」
少女は、机の上に銅貨をバラバラと出した。
「獣人は計算ができないと思って、釣りをごまかしたんですね」
少女は、コクリと頷く。
「着いたばかりの馬車ですか」
少女は、再びコクリと頷いた。
中年女性が書類をめくりながら、頷いている。
「いま着いた便は、多くの訴えが出ているタグ商会の馬車ですね。獣人を狙った暴行事件も多く報告されています」
「では、タグ商会に、調査に入ろうか。お嬢ちゃんへの補てんは、俺が手続きをしておくよ」
所長がそう言うと、中年女性は立ち上がり、部屋を出て行った。馬車で文句を言わなかったのは、このためか。
中年女性が出ていくと、少女は何かの魔法をかけた。聞こえていた部屋の外の雑音が小さくなった。
「猫ちゃん、そちらの赤ん坊は、もしかして……」
「うむ、ライトじゃ。転生後の記憶をすべて失った赤ん坊として復活したのじゃ。いま、ライトが巡った順に現れる、記憶のカケラを集めておるのじゃ」
「俺も、タイガさんから連絡を受けています。ライトが来たら協力してくれと言われていますが、まさか、こんな赤ん坊だなんて驚きました」
「ふむ、これでもマシになったのじゃ。もっとチビだったのじゃ。記憶のカケラを見つけると身体も成長するようじゃ」
「そうでしたか。それなら、早目に集めないといけませんね」
少女が僕の方を向いた。
「ライト、記憶のカケラは見つかったか? レンフォードとは親しくしておったじゃろ?」
「でてこない」
「なぜじゃ? ロバタージュで、レンフォードと会って、玉湯でも……あ、あう、まだ言ってはいけないのじゃ」
(確かに、親しげな人だけど)
「あの、猫ちゃん、俺がライトと初めて会ったのは、ハデナ火山だったと思いますよ」
「のわっ!? な、なんじゃと? ハデナには、まだ行っていないのじゃ」
少女は、頭を抱えている。
「ライトは、何もわかってなさそうだから、大丈夫じゃないですか? それに、そこまで神経質にならなくても、カースさんの術なら大丈夫ですよ」
(カース? あの声の人かな)
「うにゃー、ダメじゃ。ライトは何も聞くでない!」
少女は僕の耳を、乱暴にふさいだ。
(必死すぎて、怖い……)
「ふぇぇ〜ん!」
「なっ? なぜじゃ、うぬぬ……」
僕が泣くと、少女は慌てる。所長レンフォードさんは、一瞬驚きの表情を浮かべた後、ケラケラと笑った。




