76、カリン峠 〜女神様の目的って
ドラゴン族の城の謁見の間らしき部屋には、とんでもなく強そうな人や、ゾワッと背筋が凍るような人達が集まっていた。
(もしかして、魔王?)
「マリーさん、お客さんって、魔王なんですか」
「うん、なんだか集まってきちゃったの。ライトさんの行動について、勝手に話し合ってるんだよね〜」
(えっ? 僕の行動って……)
そんな部屋に、僕達を招き入れるマリーさんの神経がわからない。しかも、猫耳の少女に化けた女神様も一緒なのに。
彼らは、ライトという名前に反応した。一斉にこちらを見たんだけど、視線の先はバラバラだ。なぜか、レンフォードさんを見ている人が多い。
小さなスケルトンの腕をつかむ猫耳の少女や、僕のことは、全く目に入っていないらしい。
アマゾネスの王女デイジーさんには、目を向ける人もいる。彼女の素性がわかるのかもしれないな。リュックくんの娘だから、僕との関わりに興味があるのかもしれない。
「この部屋に僕達を連れて来て、大丈夫なんですか」
「うん、嫌なら、あの人達が帰るんじゃない?」
(マリーさんは、魔王達を追い返したいのかな)
僕は、ジャックさんの方を見てみた。苦笑いなんだよね。だけど、僕が戸惑っていることがわかったらしく、頷いてくれた。
「マリーさん、とりあえず、デイジーちゃんとミューさんを、預かってほしいっす。ここにいれば外来の奴らは、来られないっすから」
「うん、いいよー。デイジーを狙ってる奴らが近寄ってくるってことね。神狩りをしたい人が喜ぶよ。時を操る青の神が来たら困るけど」
「あー、それは、王都でライトさんが狩ったから大丈夫っすよ。きっと自分の星に戻ったら、引きこもるっすよ。青の神ダーラに何を言われても、もうこの星には来ないっす」
すると、マリーさんは僕をチラッと見た。その視線の動きで、魔王の何人かは、僕を見たけど首を傾げている。
「誰にも狩れないと思ってたけど……。ふぅん、それなら時の神は、プライドをへし折られて、当分の間は立ち直れないね。あの神がいたから、ハロイ島で食い止められず、あちこちが襲撃されたんだものね」
(うん? 侵略戦争のことかな)
魔王達も、頷いている。猫耳の少女は、知らんぷりだ。ということは、事実みたいだな。
時を操られてしまったら、確かに、防ぐ術がない。
しかも奴は、敵意に敏感に反応して逃げるらしい。ほとんど実体のない神だもんな。魔法も効かないんだっけ。
きっと、捕まえようとすると捕まえられない。ましてや、殺して星に追い返すなんてことは、どう考えても無理っぽい。
(あれは、偶然だもんな)
あのときの僕は、戦っていたという感覚はなくて、気持ち悪いホラーハウスみたいな現象を確認していただけだ。
結果的に倒せてよかったけど、再び襲撃されたら、同じことができる気がしない。
「きゃはは! ミューも、赤いワンピースがいいですぅ」
考え事をしていると、少し離れた場所から、ミューさんの笑い声が聞こえた。
猫耳の少女とデイジーさんは、いつの間にか窓際の丸テーブルで、お茶を飲んでいる。マリーさんが給仕をしているみたいだ。
(ドラゴン族の城で、魔王に給仕させてるよ)
「スケルトンが、可哀想っすね」
ジャックさんとレンフォードさんは、僕の近くにいる。
「なんだか、軟禁されてますよね」
確かに、猫耳の少女は、まだスケルトンの腕を掴んでいる。スケルトンは、まるで少女のおもちゃかのように振り回されているんだよね。
(そんなに軽いのかな?)
そのおかげかはわからないけど、小さなスケルトンが、アンデッドの魔王カイさんだとは、この部屋にいる魔王達は、気づいていないらしい。
「チビっ子の女子会ですね。ミューさんは大人だけど」
僕がそう言うと、二人は笑った。
「猫耳の彼女も、大人だけどね」
「マリーさんは、話し相手が欲しかったみたいっすね」
レンフォードさんもジャックさんも、女神様の名前も僕の名前も、呼ばないようにしているみたいだ。
デイジーさんを送り届けたから、僕達はもう帰ってもいいはずなのに、なぜか帰ろうとしない。たぶん、誰かが引きとめているんだろうな。
ジャックさんと、レンフォードさんは、二人で内容のない話をしている。
(あー、魔王達を探ってるのかも)
僕がキョロキョロしていても、魔王達は、全く気にしていないみたいだ。今の僕は、5〜6歳児の姿だからかな。魔族って、子供には優しいもんな。
ジャックさんとレンフォードさんのことは、警戒しているみたいだ。だから二人は、意味のない話ばかりしているのかな。
ふと、女神様と目が合った。何か合図されたんだよね。アゴをくいくいしてるけど……あっ、まさか、魔王の中に入れと言ってる?
(僕に何か、させる気?)
猫耳の少女は、ニヤッと笑って、もう女子会の話の中に戻ってしまった。
(全然、わからない)
何かを探れと言いたいのか、もしくは、何かのキッカケをつくれと言っているのか……。
(仕方ないな)
このままだと、ずっと意味のない立ち話が続くような気がする。マリーさんが、集まった魔王達から離れているのも、何か理由があるのかもしれない。
僕は、魔王達の方へと歩いていった。
「坊や、どうした?」
「魔王マリーの友達か?」
「女の子の中に入れず、大人の話がつまらないのだろう」
やはり魔王達は、子供には優しい。それに、僕の正体に気づかないみたいだ。
「坊や、名前は? いや、アンデッドか」
「アンデッドには、名前はないだろう」
「だが、わりと戦闘力は高いな。元は、ドラゴン族だったのか?」
僕は、子供らしく、首を傾げておいた。
この中には、タイガさんが立てた作戦の協力者はいない。生まれ変わる前の僕なら、知り合いがいたかもしれないけど、今の僕には、どの魔王も知らない顔だ。
「あの、みんな、魔王なんですか?」
「いや、魔王代理の者もいるよ。坊やは、魔王マリーを訪ねてきたんだな」
「はい、そうです」
魔王達は、僕には優しい顔を見せる。
「あの獣人の女の子も、魔王マリーの友達か」
「そうだと思います。あの、皆さんは、ここで何をしているんですか?」
質問がストレートすぎたかな。何人かが顔を見合わせている。ワニのような頭の人が頷いた。
(あの人が、リーダー格なのかな)
「坊やには、難しい話だが、魔王の話を聞くというのも貴重な経験になるだろう。ちょっと、困ったことになっているのだ」
「大魔王の座を狙っている者がいてな。それを阻止するべきか、味方するべきかを話し合っているのだ」
(なるほど……)
「ドラゴン族の城で話し合いをするんですか?」
これは、僕の素朴な疑問だ。なぜ、魔王が集まっているのだろう?
ドラゴン族の魔王が集めたのなら、わかる。だけど、マリーさんは、この話し合いに参加する気はなさそうだ。
「この城にいれば、安全だからだ。少なくとも、大魔王に話を聞かれることはない」
「ここに来るために、坊やが利用されたのだろう? カリン峠は、転移誘導をしているからな。必ず墓場に着く。アンデッドがいれば、強襲されない」
(へぇ、そうなんだ)
「あの獣人の女の子も、スケルトンを連れてきたみたいだな。なんだか、不思議なスケルトンだが」
魔王カイさんも、正体はバレていないんだな。
「まぁ、こうして話し合いをしても、結論は出ない。見守るしかないだろう」
「だが、要請が来たらどうする? どちらにつく?」
「優勢な方だろう」
「やはり、現大魔王メトロギウスか」
「あぁ、あのライトは、クラインの指示に従うからな。悪魔族に反逆することは難しい」
「だが、クラインが、下剋上を狙っているとの噂もある。ライトが大魔王の座につくということは、実質的に、クラインが大魔王となることと同じこと」
「ドラゴン族が、やる気を出してくれたらいいのだが……」
「魔王マリーは、ライトと親しい。生まれたときから世話になっているらしいからな」
「だから、ライトに味方しているのだな。ドラゴン族がライトにつくなら、結局、悪魔族の下剋上か」
(つまらない話だな)
でも、この時間が必要なのかな。魔族って、プライドの塊っぽいし、チカラこそすべてって感じだし。自分達が大魔王争いをできない理由が欲しいんだ。
まるで、どちらに味方するのが得かという、頭脳戦のように装っているけど……。
(面倒くさい人達だな)
女神様は、魔族の国の入り口で、急いでいたように見えた。僕の記憶が戻る前に、ホップ畑を作っておきたいのかと思っていたけど、それだけではないみたいだ。
きっと、この魔王達の話し合いを聞きに来たんだ。
星を統べる神として、地底の魔王達の声を直接聞きたかったんだろうな。そして、おそらく……。
チラッと、女神様の方を見ると、やはりアゴをクイクイしている。僕に何かをさせたいんだ。
(女神様が望むことは……)
うん、そうだな。確かに、僕が適任だ。
僕は、魔王達の真ん中へと進んだ。




