72、旧ホップ村跡地 〜まさかの通訳
ジャックさんは、僕の近くにデイジーさんとミューさんを連れてきた。何かが起こったときに、一ヶ所にまとまっている方が守りやすいからかな。
(何が復活したんだろう)
僕は、『眼』の力を使っているけど、何も見えない。これから復活するのかもしれない。
クライン様は、猫耳の少女……女神様の近くにいる。クライン様が女神様を守っているのかな。
さっき、地面から変な臭いがしていた。この付近は、その臭いはしない。浮遊魔法が解けて、土の上に降りたとき、草むらの中の地面が臭いと感じたんだ。
「うわっ、臭い」
僕の横で、下を向いていたデイジーさんが、鼻を押さえている。
ミューさんは、平気な顔をして、首を傾げているんだよね。身長の差だよな。
(復活した何かは、地面の中だ)
僕は、地面を『見て』みた。デイジーさんが立つ場所の真下に、何かいる。
「デイジーさん、真下に何かいます。動かないでください」
「えっ!? 何?」
彼女は反射的に、剣に手をかけた。アマゾネスは、戦闘民族なんだな。
僕は、デイジーさんの足元に氷魔法を放った。すると、彼女の真下にいた何かは、草むらの方へと移動した。
(敵意は感じないんだよね)
デイジーさんは、思いっきり戦闘態勢に入っている。
「デイジーちゃん、ダメっすよ。ここは、魔族の国っす。人間が先に手を出すと、こっちが悪くなくても罪人にされるっす」
「何よ、それ、おかしいでしょ」
ジャックさんが彼女を制すると、デイジーさんは、キッと睨んでいる。
(こわっ)
「アマゾネスが、男を冷遇するのと同じっすよ。魔族の国では男女差別はないっすけど、種族差別がハンパないっす。最低の地位の死霊よりも、人間の方が格下っすよ」
「何て野蛮なの? 人間の方が知能は高いわ」
「いや、人間より、悪魔族や黒魔導族の方が、知能は高いっす」
ジャックさんの説明に、デイジーさんは納得したらしい。アマゾネスって、そんなに女尊男卑なんだ。
「ライトのとこの魔王は、どこにおるのじゃ?」
猫耳の少女は、遠くに向かって、そんなことを叫んだ。僕に話しかけているわけではないみたいだ。
「ティアちゃん、アンデッドの魔王カイさんは、呼べば出てきますよ。女神様を異常なほど信仰していますからね」
クライン様も、どこかに向かって、大きな声で話している。
(誰に話してるんだろう?)
猫耳の少女は、ぐるりとあたりを見回している。そして、僕の方に視線を移した。
「ライト、アンデッドの魔王を呼び出すのじゃ!」
(えっ? 僕?)
僕にそんな能力は、ないんだけどな。
「ティア様が、魔王カイさんに出て来いと言えば、来られると思います」
なんだか時間稼ぎをしているかのような、意味不明なやり取りだ。『眼』の力を使って、地面の中を見ると、さっきの何かみたいなモノが、いくつも動いていることがわかった。
女神様も、地面をチラ見しつつ、あちこちに視線を向けている。タイミングをはかっているかのようだ。
地面の中にいた何かが、土の中から頭を出した。さっきまでは、土の中を泳ぐように移動していたのに、出てくるつもりなのかな。
(うん? 土の中を泳ぐ?)
「魔王カイ! 出てくるのじゃ!」
猫耳の少女が叫んだ。土の中の何かは、魔王カイさんの姿? 違うよね?
すると、空中に、黒い霧のような何かが現れた。なんだか、すんごい威圧感を感じる。
「魔王カイさんかな? ちょっと、その姿は……」
クライン様は、こちらを見て苦笑いだ。彼の視線の先には、青い顔をしたミューさんがいる。デイジーさんも、引きつった顔をしている。
「魔王カイさん、人間の同行者がいます。姿を変えてください」
僕がそう言うと、黒い霧のような巨大なリッチは、猫耳の少女よりも小さなスケルトンに姿を変えた。
そして、カタカタと彼女に近寄り、礼儀正しく頭を下げている。めちゃくちゃ紳士的な感じだな。
(なんだか、可愛い)
「魔王カイか。石山の再生をしたときに、新たに生まれてしまったようじゃ。ほとんどが悪魔族だった者じゃろう」
『女神イロハカルティア様……』
「ちがーう! この姿の妾は、ティアじゃ。名を間違えるではない。さっき、地上で教えたばかりじゃ」
(地上で会ったの?)
『……も、申し訳、ございません』
「こやつらの世話を頼むのじゃ」
『は、はい……あ、う……』
念話なのに、魔王カイさんはコミュ障な感じだ。何か言おうとしているみたいだけど……まぁ、女神様なら、頭の中を覗くのかな。
「なんじゃ?」
『え、あ……い、は……』
(あれ? 女神様が僕を見ている)
「ライト、通訳をするのじゃ。何を言いたいかわからぬ」
「えっ? 通訳?」
スケルトンは、カタカタと僕の方に歩いてくる。女神様信者じゃないのかな。
『女神様をそのような名前で、呼べぬ。魔王カイは、どうすればよい?』
スケルトンは、首を傾げて、骨だけの腕を組んでいる。
「ティア様と呼べば、いいのではないですか」
『女神様の崇高な名を、そのように略すような無礼なことは、魔王カイにはできぬ……』
(あー、なるほど)
「じゃあ、名前を呼ばずに話しては?」
『……話すキッカケが、わからぬ』
(いま、普通に話してるじゃん)
「えーっと、じゃあ、伝言しますから僕に話してください」
スケルトンは、コクコクと頷いた。
(伝言も何も、聞こえるでしょ? いや、念話か)
女神様は、魔王カイさんが言いたいことを覗けないのかな?
『ライト、この地に生まれてきたアンデッドの中には、この星の者ではない奴がいるのだ。それをここに置き、魔王カイが守ってもよいものか』
「あー、なるほど。ティア様、あの……」
「いちいち言わずともよい。ライトの頭に届く言葉は、妾にもわかるのじゃ。ふむ、その者の数は、どれくらいじゃ?」
女神様がそう尋ねても、スケルトンは、彼女に丁寧に頭を下げて固まっている。
すると、猫耳の少女は、僕に向かって、アゴをくいくいとしている。催促をされているのかな。
(まじ?)
「魔王カイさん、この星の住人じゃない人は、何人くらいいますか」
『知的な者は81体、他に獣だったらしきモノが122体』
「えっ? そんなにたくさんいるんですか」
『うむ。女神様の偉大なお力に、付近に埋もれていた死体が貪欲に食いついたようだ』
僕は、猫耳の少女の方を見た。僕が感じたことと同じことを考えているのかな。
アンデッドとして、この地底に棲みつかれてしまうと、いろいろな危険が及ぶ可能性がある。
「魔王カイは、そやつらをすべて、統制する自信はあるのか? 無理なら、ライトが処分するのじゃ」
スケルトンは、うやうやしく女神様に頭を下げてるんだけど……やはり、僕の問いを待っている。
(まじで通訳じゃん)
「魔王カイさん、外来のアンデッドは、制御できないですよね? 僕が聖魔法で消し去る方がいいですね」
『ライト、何を言っている? 女神様が与えられた命を、我々がたやすく奪い去るなどと、無礼にも程がある。立場をわきまえよ!』
(えっ……なぜ、叱られるんだ?)
「じゃあ、どうするんですか? こんな数の外来のアンデッドが暴れたら、それこそ大変です」
『ふん、ライトは魔王カイの力を甘く見ているようだな。所詮は死霊か』
(ちょ……通訳しないよ?)
僕がそう考えていると、スケルトンはカタカタと焦り始めた。もう、何なんだ?
「じゃあ、できるんですね」
『女神様の偉大なお力を得たアンデッドだ。そう簡単に制御できぬモノもいるだろう』
(はぁ? できないんじゃん)
猫耳の少女をチラッと見ると、やはり、アゴをくいくいとするだけだ。
「では、僕が、聖魔法で……」
『ならぬ! ライト、おまえは何様のつもりだ?』
(ムカついてきた)
「それなら、もう通訳しません。自分で話してください」
『ぬ……ライト、おまえ、性格が悪いぞ。爺はあんなにも、おまえを大切に育てたというのに……』
スケルトンは、焦ったのか、『ライト』のお爺さんのことを言い出した。僕が生まれた地を守る霊になっている。
クライン様もジャックさんも、念話は聞こえているみたいだ。レンフォードさんもかな、苦笑いだ。
僕が彼らに視線を向けても、誰も助けてくれない。もしかすると、魔王カイさんは、誰かと直接話をすることができないのかな。
(そんな話、聞いたよな)
僕は半分アンデッドだから、コミュ障の彼も、僕には話せるんだ。
「魔王カイさん、貴方は、外来のアンデッドをどうしたいですか?」
『うむ、難しいことだが、この魔王カイが抑えるより仕方あるまい。新たな神の力を得たことで、魔力も増えた。ライトも、大魔王を狙うなら、地底の安定に尽力すべきだろう』
(はい? 芝居だということを忘れてるの?)
いや、違うか。魔王カイさんは、多くの神々の力を吸収している。忘れてしまうことはないよね。ということは……。
「わかりました。可能な限り手伝います」
僕がそう答えると、スケルトンは、猫耳の少女の方へと近寄っていった。




