70、魔族の国の入り口 〜昨夜の襲撃
「さぁ、お姉様のところに行くわよっ」
時を操る神の襲撃の後は、ずっと無言だったデイジー王女は、翌朝には完全復活していた。
逆に、元気だった白魔導士ミューさんは、あまり食欲がないみたいだ。昨夜、食べすぎたからだと、本人は言っている。でも、それは嘘だと思う。
どうにも敵わない神に襲われたら、デイジーさんを守る手段がないから……ミューさんは、食欲を失っているように見える。
「デイジーさん、その服で行くんすか?」
「いけないかしら?」
彼女は、軽い鎧を身につけている。なんだか、戦場にでも行くみたいな格好だな。
「地底では、小さな子供は大切にされるんすよ。だから、それを利用する方が賢いっすよ?」
ジャックさんの言葉に、僕は思いっきり頷いた。リザードマンには、本当に優しくしてもらったもんな。
「でも、男に媚びるようなことはできないわ」
「媚びるんじゃなくて、利用するんすよ。ドラゴン族のマリーさんも、上手く立ち回って、配下を増やしてるらしいっす」
「まぁっ、お姉様も!? 着替えてくるわ。幼く見える服がいいのね?」
「可愛い服がいいと思うっす」
「わかったわ。みんな、ちょっと待ってなさいっ」
(あっ、上から目線が復活してる)
昨夜、あれから話をしていてわかったんだけど、どうやら、僕が適当に床を突いていたのが、効いたみたいなんだ。
デイジーさんを狙った時を操る神は、ほとんど実体を持たない神らしい。だけど、魔法陣のような術を展開するためには身体が必要で、あの付近の壁床天井と同化していたみたいなんだ。
だから床を突くと、ホラーハウスみたいな壁になったり、実体のない巨大な顔が天井から出てきたりしたようだ。
実体をほとんど持たない神でも、核となる部分はあるらしい。僕は知らないうちに、それを突き刺していたみたいなんだ。
あの神は、敵意を察知すると、時を操って回避行動をとるそうだ。だから、倒す方法はないと言われているらしい。
魔人の子供だと勘違いされて、僕は狙われていた。だから、僕を取り込もうとして、核が近くに潜んでいたみたいだ。
神が作り出した魔人や魔人の子供を取り込むことで、実体化することができるようになるらしい。
特にリュックくんは、女神イロハカルティア様が作り出した魔道具が進化した魔人だから、実体のほとんどない神にとって、魅力的なのだそうだ。
だから、巨大な顔が現れてからは、リュックくんは全く念話を使わなかったみたいなんだ。
「これでいいかしら?」
デイジーさんが着替えて戻ってきた。
「さっきよりは、いいと思うっすよ」
ジャックさんは、適当にごまかしている。鎧を外したのは良いと思うけど、可愛いとは言えない。なんだか軍隊の制服みたいな感じなんだよね。
「じゃあ、行くわよっ」
僕達が宿を出ると、クライン様がすぐに僕に合図をしてきた。
(うん? ふわふわした動き?)
「ライトさん、天使ちゃんを使って地底に行けるっすか?」
「ワープワームを使うんですか」
「アマゾネスのワープワームは、ここから直接、地底には行けないんだ。あー、でも、一応、門を通る方がいいか」
クライン様は、デイジーさんとミューさんを見て、少し考えている。二人は魔族じゃないし、魔族のフリもできないもんな。
「一応、門を通る方が無難っすね」
ジャックさんも、そう言うので、僕は生首達を呼んだ。ハラハラ降る雪みたいな登場じゃなくて、こっそり来てほしいと思っていたら、足元に生首達のクッションが現れた。
「見た目が違うわね」
デイジーさんは、不安そうな顔をしている。だよね、生首だから、キモイよね。
「デイジー様、この子達は、天使ちゃんって呼ばれてるんですよぉ」
「確かに見た目は、可愛らしいけど」
(えっ? 可愛いのか?)
まぁ、いいや。早く移動しよう。みんながクッションに乗ったのを確認して、僕は一番最後に足を乗せた。
◇◇◇
「えっ? な、何?」
僕が乗った瞬間、目に映る景色は、薄暗く変わっていた。門の出入り口近くかな。
初めて生首達で移動したデイジーさんは、キョロキョロしている。
「天使ちゃん達は、すっごく速いんですよぉ」
ミューさんは、小声で、デイジーさんに説明している。薄暗いから、怖いのかもしれない。
「あー、あちゃ……タイミングを間違えたっす」
ジャックさんは、気まずそうな表情を浮かべている。だけど、クライン様もレンフォードさんも、笑顔なんだよね。
門の方から、何か言い争う声が聞こえる。
(えっ? まさか、この声……)
「ライト、とりあえず、門を通るよ」
「はい、クライン様。でも……」
「早く彼女達を届けないと、いろいろ来ると面倒だよ」
(確かに……)
デイジーさんはあちこちで狙われているから、ドラゴン族に預ける方が安心だ。
僕は、クライン様の後ろをついて歩いた。
「だーかーらー、何度言えばわかるのじゃ! チッ、もう、おぬしらのせいで、うるさい奴に見つかってしまったのじゃ」
門番と揉めているのは、やはり猫耳の少女……。なぜか獣人に化けた女神イロハカルティア様だ。この姿のときは、ティア様だっけ。
「ティアちゃん、何を騒いでるの?」
クライン様は、気軽に声をかけている。
「おぉ、クラインか。この頭のかたい頑固者が、妾を入れてくれないのじゃ」
「何の用事か、聞いても大丈夫?」
「うむ、あちこちで、魔王が暴れておるのじゃ。せっかく、地上は、妾の再生回復魔法で戦乱の跡が回復してきておるのに、地底は、全然ダメらしいと聞いたから、確認しに来たのじゃ」
(嘘だな、目が泳いでいる)
「そっか、じゃあ、ティアちゃんに見てもらう方がいいかな。旧ホップ村が、吹き飛ばされてしまったんだ」
「あの石山がか? それは、大変なのじゃ! 妾がちょちょいと直してやるのじゃ」
クライン様は、女神様の嘘がわかっているはずなのに、話を合わせているんだよね。
そう考えていたら、猫耳の少女は、こちらを向いた。
(うげっ、なんか気まずい)
しかも、ズンズンと、僕の方に近寄ってくるんだよね。
「なんじゃ? ライトは、おなごになったのか」
「へ? いえ……あっ、このリボンは、デイジーさんが……」
そう言いかけると、猫耳の少女は、目を見開いている。デイジーさんとは初めて会うのかな。王女様は、女神様を不思議そうに見ている。
(まさかの獣人だもんね)
「ミュー! なぜじゃ」
「はいぃ? ティアちゃん、こんにちは〜」
(ミューさんとは、知り合いみたいだな)
猫耳の少女は、ワナワナと震えている。あ、そっか、リュックくんの子だから、孫みたいなものだよね。
「なっ!? なぜ、それを知っておるのじゃ」
今度は、僕の顔をガン見する猫耳の少女……。
(目がこわい)
そうか、記憶のカケラのことを気にしているんだ。
「デイジーさん、この猫耳の少女は、女神様ですよ」
僕がそう説明すると、今度は、デイジーさんがワナワナと震えている。
(何なんだよ、この人達は……)
「デイジーと申します。女神イロハカルティア様」
緊張しているのか、デイジーさんの声は震えている。
「ふむ。妾は、この姿のときは、ティアじゃ。皆、ティアちゃんと呼んでおるぞ」
「ティア様……」
「あー、その呼び方をするのは、そっちのしょぼいライトくらいじゃ」
(しょぼいと言った!)
「じゃあ、ティアちゃん」
「うむ、それで良い。しかし、デイジー、その服でドラゴン族の領地へ行くのか?」
(なぜ、知ってるの? あ、頭の中を覗いたのか)
「えっ……ダメでしょうか」
「ハロイ島では、マーテルが、破廉恥すぎる服を着ておったぞ。ドラゴン族は、仮装をして遊んでおるようじゃ」
女神様のその言葉で、みんなが、ゾンビのフリをしていたことを思い出した。ジャックさんとレンフォードさんは、慌てて、ゾンビの服を羽織っている。
クライン様は、ゾンビには化けないみたいだな。
「ええっ! ハロウィンですかぁ?」
ミューさんも、魔法袋をゴソゴソしている。なぜか、ゾンビのコートが出てきた。
デイジーさんは、なんだか混乱しているみたいだ。ミューさんは、ハロウィンのことを知ってるんだな。ハロイ島の神族の街に、行くことがあるのかもしれない。
「デイジーは、衣装はないのか?」
「は、はい。どうしましょう」
「ふむ、では、これをやるのじゃ」
猫耳の少女は、仮装用の衣装を取り出した。だけど、なぜ赤いんだろう?
ふわっと赤い服が浮かぶと、デイジーさんはその服に包まれていた。
(めちゃくちゃ似合うけど……)
「あれれ? ティアちゃん、これは、サンタクロース女子じゃないですかぁ」
「デイジーに、よく似合うのじゃ」
「ハロウィンじゃないんですかぁ?」
初めての赤いワンピースに、デイジーさんはオロオロしている。他の人と違うから、戸惑っているのかな。
「妾も、サンタクロースにするのじゃ! ハロウィンは、何でも良いのじゃ」
猫耳の少女も、サンタっぽい赤いワンピースを身につけた。
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次回は、10月3日(日)に更新予定です。
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