7、イーシアの森 〜変身!?
猫耳の少女が、風の刃を放った。すごい威力だ。
しかし、奴らが言うように、風魔法は奴らに届かず、かき消されている。奴らの鎧が怪しげに光った。魔法を無効化する鎧なのか。
「クッ!」
少女は、僕達にバリアのようなものを張った。だけど、それも、奴らが近寄ると、かき消される。少女は、魔法しか使えないみたいだ。
奴らに斬られたアトラ様の身体から、ドクドクと血が流れる。
(こんなの、嫌だ!)
僕の中で、何かがプツリとキレたような感覚。そして……。
『ライト、おまえの怒り、オレがサポートする』
(えっ? 何?)
聞いたことのない声が聞こえた。でも、なぜか僕は、ホッとしている?
その次の瞬間、僕は何かに覆われた。ふわりと身体が軽くなる。まだ、僕は、上手く歩けない赤ん坊だけど、自分の足でしっかりと立っている。
(変身したのか?)
僕は、黒い鎧のような物に覆われている。頭も何かで覆われているみたいだ。
(僕には、こんな能力があるの?)
「な、なんじゃ?」
猫耳の少女は、僕の姿を見て驚いている。
『ボケっとしていないで、アトラの回復をしろ! 腹黒女神!』
(えっ? 僕の声?)
「のわっ!? リュックに乗っ取られたのか」
(はい?)
意味不明なことを言った少女は、ハッとしてアトラ様に淡い光を放った。すごい! 一瞬で血が止まった。
「なんだ? このチビ」
「ガハハ、まだ歩けないような赤ん坊が、コロンコロンな鎧を身につけてるぜ」
(笑われてる)
だけど、僕は、なんだかできるような気がする。
『おまえら、余裕ぶっこいてんじゃねーぞ』
(僕の声だけど、誰が喋ってるの?)
「あはは、話せないんだろ。こんな距離で、念話を使うか? それで脅しているつもりか、坊や。いや、女神の番犬ライト!」
(なぜ、僕の名を知ってる?)
「おまえの能力は熟知している。まだ、闇は一つしかないこともわかっているんだ。もう一つの闇が備わる前に、殺して捕らえねばな」
(もう一つの闇? 殺して捕らえる?)
コイツら、死体の収集家か? 変態じゃん。
奴らは、ヘラヘラ笑いながら、僕に向かって、剣を振った。
(あれ? 遅い)
僕は、簡単に避けることができた。
「は? 何だと?」
「すばしっこいチビだな。その鎧は、体力強化の魔道具か」
奴らの表情が引き締まった。
(でも、怖くない)
突然、僕の両手に、剣が現れた。
「生意気に、剣なんか使えるのか?」
(また、笑っている)
奴らは、僕のことをよく知っているみたいだ。僕が生まれ変わる前の力のことを言っているのか。僕は、剣を使えなかったのか?
奴らが、一斉に動いた。
(えっ? 未来が見える?)
一人が、僕を斬りつけて、右に避けたところにもう一人が飛び込む気だ。そして、それを避けたら、あの飛び上っている奴が僕の背後に降りてくる。
『ライト、全部斬るぞ』
(うん、わかった)
僕は、最初にフェイントをかけてきた奴を無視して、右に飛び、飛び込んでくるのを待った。そして……。
ザッ!
右手で斬りつけ、そしてフェイントを外されて、こっちに向かってきた奴を左手の剣で止め、右手の剣で、斜めに斬り裂いた。鎧しか斬れないな。
「は? 何だと?」
あとは、上から落ちてくる奴だ。
左手の剣は弓に変わった。右手には、弓矢が握られている。僕は、素早く、上から落ちてくる奴に弓矢を放った。
「グハッ!」
『鎧のバリアは消えたぞ!』
(また、僕の声だ)
猫耳の少女は、風の刃を放った。
「グッ、く、くそっ」
三人とも、魔法を弾けないとわかると、顔色を変えた。そして、逃げ出した?
「ティ……じゃなくて、猫ちゃん、逃がしてしまっては……」
「構わぬ。去る者は追わずじゃ。逃がす方が良い。あの厄介な鎧が通用せぬと知られるからの」
アトラ様は、頷いている。あっ、斬られた怪我は大丈夫なのだろうか。
彼女のことが心配になってきたときに、僕を覆っていた鎧がスーッと消えた。うん? 後ろの方に収納されたような気がする。リュックから鎧が出ていたのかな?
「あ、いてっ」
立っていられなくて、僕はその場に転がった。赤ん坊って、頭が重いのか。いや、足がグラグラなのか。
「ライト、大丈夫?」
アトラ様が獣人の姿に戻って、駆け寄ってきた。僕は、あやうく泣きそうになるのを我慢した。この身体は、すぐに泣くよな。なんだか僕は、赤ん坊の身体に乗り移っているかのような、妙な感覚だ。
「あい、だいじょぶ」
「ライト、頭を打ったでしょ。血が出てるよ」
そう言われて、さっき転がってぶつけたおでこに触れてみると、ほんの少し血がついた。すり傷かな。
「ふぇえぇ〜」
(うげっ、まじ? また、泣くか)
だけど、なぜか構ってほしくて泣いてしまう。僕には、どうにも止められない。
「ライト、痛かったね〜」
アトラ様に頭を撫でられ、嬉しくなる。
「ふぇぇ〜ん」
嬉しくなったのに、なぜ泣いてんだよ。僕は、アトラ様にぺっとりとくっついて泣いている。はぁ、情けない。
ふと、視線を感じた。チラッと顔を横に向けると、少女がジト目を向けている。羨ましいのだろうか。
「なっ? 羨ましいわけないのじゃ! ライトは情けないのじゃ、泣き虫なのじゃ。だから、シャインも……な、なんでもないのじゃ」
少女は、しらじらしい知らんぷり。ふぅん、隠し事ができないんだ。僕に知られたくないことを言ってしまったら、明後日の方を向くらしい。
(猫だもんな、仕方ない)
「そ、そんなことより、さっきの真っ黒なヤツはなんじゃ? 魔人化したのかと……じゃなくて、うーむ……」
(あっ、頭を抱えてる)
なんだか面白いな、この猫。自分で、ダーッと突っ走って失敗するタイプだ。今もよくわからないけど、僕が聞いちゃいけないことを口走ったみたいだ。
だけど、さっきの不思議な声は、少女のことを、腹黒女神って言ってたっけ? 女神様の猫なんだよね? でも、そういうあだ名なのかもしれない。あまり、深く考えないでおこう。たぶん、何かを知ると、記憶のカケラの出現の邪魔になるんだろうし。
僕がいろいろと考えていると、少女はギクリとしたり、ふにゃっとしたり、その表情が忙しい。ふふっ、やっぱり、面白い。
「次の馬車がそろそろ来るよっ」
アトラ様は笑顔だ。さっき斬られたところは、大丈夫なのかな。獣人の姿だと、服で見えない。
(あれ?)
アトラ様の身体の中が『見える』んだ。そうか、透視か。だけど、獣人の姿だとよくわからない。
「けがは……」
「大丈夫だよ。猫ちゃんが治してくれたから」
「ほんと?」
「妾は、回復魔法くらい、ちょちょいなのじゃ!」
ドヤ顔の少女。ということは、完治できてるんだ。よかった。猫なのに、すごい魔法を使うんだな。
(また、目が泳いでいる)
少女は、猫じゃないってこと?
「わ、妾は、女神の猫じゃ!」
(怪しい……)
まぁ、いいか。詮索しない方がいいような気がする。僕がそう考えると、少女は明らかにホッとしている。ほんと、隠し事が下手なんだな。
「じゃあ、ライト、またねっ」
「あい、あとらさま」
アトラ様は、森の端で手を振っている。彼女は精霊イーシア様の守護獣だから、イーシアの森から出られないのだろうか。
少女は、僕の手を引いて、ゆっくりと歩いてくれている。アトラ様と別れた後は、言葉数が少なくなった。
「ライト、足元を見るのじゃ。つまずいて転びそうなのじゃ」
意外にも、少女はいろいろと気遣いをしてくれる。子供の扱いに慣れているらしい。確かに、注意をされた所は、気づかなかったら転んでいたかもしれない。
馬車の停留所には、軽装の男達がいた。
「なんだ? 獣人の姉弟か?」
(絡まれてる?)
「弟ではないのじゃ」
「そんな赤ん坊を連れて、どこへ行くんだ? お嬢ちゃん、獣人は、捕まると売られてしまうぜ」
(えっ? 人身売買?)
「ふん、妾は、高ランク冒険者じゃぞ。しょぼい人間に捕まるわけがないのじゃ」
「高ランク? あはは、何を……うげっ、まじかよ」
少女は、何かのカードを、まるで印籠のように見せている。頭が高い! 控えおろう! とか言いそうだな。
すると、少女は、バッと僕の顔を見た。その表情は、なんだか、キラキラと輝いている。
「金さんじゃな?」
(金さん? 何のこと?)
「違うのか。うぬぬ……」
よくわからないけど、また頭を抱えている。まぁ、そっとしておこう。
馬車が来た。
僕は少女に、ひょいと抱きかかえられて乗せられた。意外に力持ちだよな。いや、魔法を使っているのかもしれない。
「お嬢ちゃん、弟の世話かい? 偉いね」
御者にそう言われて、少女は、適当な笑みを浮かべている。弟ではないと説明するのが、面倒くさいんだろうな。
「ロバタージュに行きたいのじゃ」
「弟の分はタダでいいよ。お嬢ちゃんの分は、銅貨5枚ね」
「銀貨しかないのじゃ」
「じゃあ、お釣りは、銅貨50枚ね」
銀貨は、銅貨100枚なのかな? それならお釣りは95枚? だけど少女は銅貨50枚を受け取り、馬車に乗り込んだ。
(うん? 文句を言わないの?)