69、王都リンゴーシュ 〜よくわからない敵
「な、何か、聞こえた?」
デイジーさんは、声の主が見えないらしい。キョロキョロと、まわりを見回している。だけど、幼くても、さすが王女様だな。彼女に、怯える様子はない。
「デイジーさん、大きな顔が現れました」
僕がそう教えると、僕の手首を握る手の力が強くなった。表情は変わらないのは、すごい。でも、怖いのだということは、伝わってくる。
(確かに、実戦経験は少なそうだな)
まだ、デイジーさんは6歳だ。アマゾネスが戦闘系の民族かもしれないけど、きっと、ほぼ剣術の訓練しかしていないよね。
僕は、記憶はまだ戻ってきていないけど、焦りはない。たぶん、こういう経験は少なくないんだろうな。
それに、リュックくんの想いなのか、デイジーさんを守らなければならないという強い気持ちがわいてきている。
クライン様には無理な相手だと言ってたけど……僕に、何とかできるのかな。
さっき、クライン様は、囲まれていると言っていた。天井から出てきた顔は一つだけなんだけどな。
(あれ?)
僕の左手に、剣が現れた。物理攻撃を使わない敵なんじゃないの?
リュックくんからの声は聞こえない。たぶん、まだ、魔力が全然戻ってないんたわよね。
『どちらが、魔人の娘なんだ?』
天井の顔は、見てもわからないのか。リュックくんは、本体が来たらバレると言っていたよな。ということは、まだ、デイジーさんを狙う神は、この場に来ていないんだ。
僕の右手をデイジーさんがガッツリ握っているから、わからないのかもしれないけど。
天井に向かって、クライン様が風魔法を使った。だが、ダメージはなさそうだ。
「くそっ、魔法が効かない」
クライン様は、あえて僕の名を呼ばないようにしているみたいだ。
物理攻撃を使わない敵で、魔法も効かない? じゃあ、どうすればいいんだよ?
床の魔法陣から湧き上がる何かが、僕やデイジーさんを舐めるように触れていく。
(気持ち悪いな!)
僕は、左手の剣をガンと床に刺した。
『ギャアァァ、お、お、おのれ……』
(うん?)
床を見ると、魔法陣が赤く染まっていく。壁からも、ホラーハウスかのように、赤い血のようなシミが浮かび上がる。
僕は、剣を持ち上げた。すると、魔法陣は輝きを取り戻す。そして、再び、床を刺すと、また魔法陣は赤く染まる。
(何だろう?)
僕は、床をツンツンと突き刺していった。刺すたびに、悲鳴のようなものが聞こえる。天井に浮かぶ顔は、涼しい顔をしている。
再び、クライン様が天井に浮かぶ顔に攻撃をした。だが、やはりダメージはない。
さらに、床にも氷の刃のようなものを飛ばしているけど、クライン様の攻撃では、魔法陣に変化はない。
(なんか、不思議)
僕は、ツンツンと床を突き刺し、色が変わった魔法陣を踏んでみた。すると、やはり悲鳴が聞こえる。剣を抜くと魔法陣に輝きが戻る。
(壁も試してみたいかも)
僕は、壁に目を向けると、持っていた剣が長い槍に変わった。リュックくんは、この場から動くなと言っているのかな。
さっき、変なシミが浮かんだあたりをツンツンと突いてみる。だけど、悲鳴は聞こえない。
そして、再び、床を刺してみた。
(あれ? 何も聞こえない)
魔法陣の色は、赤く変わるんだけどな。床の魔法陣の色が変わると、壁がホラーハウスになってくる。
槍で壁をツンツン。だけど、やはり、何も聞こえなくなった。
(つまらない)
僕は、床をプスリと刺した。
(あれ? 色が違う)
槍の刺さった部分から、魔法陣が黒く変わっていく。黒い色が魔法陣全体に広がっていった。
(全然、当たらなくなったのかな)
クライン様の方を見ると、彼は床に手を向けたまま、固まっている。さっき、氷の刃を飛ばしたときの姿勢?
右手を繋いでいるデイジーさんの方を向くと、彼女も、クライン様が床への攻撃をした場所を凝視している。
(どういうこと?)
僕は、床をプスプス、壁をツンツンしてみたが、やはり何も聞こえないし、クライン様もデイジーさんも動かない。
(リュックくんの声も聞こえないんだよね)
天井に浮かぶ巨大な顔は、上下に動いている。
だけど、それ以外のものが、まるで時が止まったかのように、何も動かないし、何も聞こえない。
バタバタ!
近寄ってくる足音が聞こえた。
「大丈夫っすか?」
ジャックさんだ。
「ジャックさん、何か、時間が止まってるみたいなんです」
そう言うと、彼は、ふわりと宙に浮かんだ。
「魔法陣っすね。時を操る神っすか。厄介っすね。敵意は瞬時に察知されるから、攻撃は全く通用しないっすよ」
「でも、魔法陣を刺したら、さっきは悲鳴が聞こえたんです。今は何も聞こえないけど」
「その付近は、時を止められているみたいっすね」
「だから、クライン様とデイジーさんが動かないんだ」
「近くにいるっすよ。気をつけて」
ジャックさんにそう言われたけど、何を気をつければいいか、僕にはわからない。
右手を繋いでいるデイジーさんが、全く動かない状態に、僕は、だんだんイライラしてきた。クライン様も動かない。
時を操る神か何か知らないけど、一体、何がしたいんだよ? このまま、ずっと我慢大会でもさせるつもりなのかな。
(ムカついてきた)
僕は、左手に持つ槍をグリグリと、床にねじ込んだ。どうしたらいいのかわからない。だけど……。
(あっ、床に穴を開けたら怒られるかな)
僕は、パッと槍を引き抜いた。
すると……。
床から、何かが噴き出してきたんだ。
僕は、咄嗟に、槍を振った。床から噴き出した何かは、僕の槍から放たれた雷撃で、かき消えたみたいだ。
(ふぅ、焦った)
「魔法も通用しないなんて!」
(うん? 何?)
突然、デイジーさんが叫び、クライン様が舌打ちをした音が聞こえた。
「あ、あれ? 魔法陣は?」
クライン様が、キョトンとしている。床を見ると、魔法陣は跡形もなく消えていた。天井に浮かぶ巨大な顔も無くなっている。
(逃げたのかな)
「ジャックさんが来たから、逃げたみたいです」
僕の手から槍は消えている。胸当ても消えているということは、敵が去ったんだな。
「違うっすよ。クラインさんもデイジーさんも、時を操る神に、時間を止められていたっす。ライトさんが、その神を殺したんすよ」
(えっ? 殺してないよ?)
僕は、首を横に振った。
「ジャックさん、僕、殺してないですよ?」
「時を操る神なら、絶対に殺せないだろう? ライトは、どうやって?」
「ライトさんは、なぜか倒したみたいっす。断末魔が聞こえた後、光が立ち昇っていったっすよ。ライトさんは、自分に近寄る光は、また、ぶった斬ってましたけど」
あっ、さっきの床から、噴き出した何かのこと?
「あー、確かに、俺、何かの術を受けたみたいだな。気分が悪い。ライトには、効かなかったのか」
「魔法陣を踏まなければ、術にはかからないっす。ライトさんの場合は、半分アンデッドだからじゃないっすか? もともと、毒無効体質だし」
(毒無効体質?)
「そうだったね。ふぅ、ライト、助かったよ。どうやって倒したんだ?」
クライン様にそう尋ねられても困る。
「よくわからないです。魔法陣を剣で刺したら、魔法陣が赤くなって悲鳴が聞こえて……剣を抜くと魔法陣に輝きが戻るから、不思議だったんですけど」
「えっ……剣で刺したときに、色が変わった?」
クライン様には、色の変化が見えなかったな。僕は、『眼』の力をずっと使っていたのかもしれない。
「はい、赤くなったんです。途中から黒くなって、何も悲鳴が聞こえなくなったんですけど」
「ライト、やはり、闇を使ったんだな」
「えっと? わからないです」
「とりあえず、部屋へ戻ろうか」
「はい、そうですね」
プスプスと刺した床の穴が気になるけど、デイジーさんを休ませる方が先だよね。
デイジーさんは、手首のリュックくんのバンドが消えているのに、僕の手首をギュッと握っている。
(怖かったんだろうな)
だけど、彼女は、アマゾネス国の王女としてのプライドがあるから、変なことは言えない。
無言の王女様を、部屋へと連れて帰った。
「ええっ! やっぱり、二手に分かれると、襲撃されちゃったんですかぁ!?」
レンフォードさんと一緒に戻ってきたミューさんは、大げさに驚いている。
「でも、襲撃って感じじゃないんですけど」
僕は、何があったのかを、丁寧に説明した。
「それって、やっぱ、ライトさんにしか倒せないじゃないですかー。そんな神に狙われてたなんて」
手足をバタバタさせて大騒ぎのミューさんとは真逆で、デイジーさんはずっと無言だ。僕の右手首をギュッと握りしめて、離さないんだ。
ミューさんが、何か言いたそうにしていたけど、クライン様がそれを制している。今のデイジーさんは、そっとしておく方がいい。
「時の神が消えたから、王都にいた神々は、地底に向かったみたいだよ。爺ちゃんが、獲物を寄越してくれてありがとうって言ってる」
クライン様の言葉に、僕達はホッとしていた。
(作戦通りだ)




