65、王都リンゴーシュ 〜賢すぎる王女
「星に保護結界が張ってある間は、ハロイ島の方が不安定だから、マーテルさんとマリーさんは役割を交換したみたいっす」
マリーさんが魔王だと聞いて、驚いて立ち上がった女の子に引っ張られて、僕も立たされている。ほんとに、力が強いんだよな。
それに、マリーさんのことを、お姉様と呼んでいる。ドラゴン族の魔王マリーさんって、前魔王マーテルさんの娘で、たくさんの父親がいるんだっけ。
マーテルさんが、優秀な遺伝子を集めて子供を作ったらしいけど、その父親のひとりがリュックくんなんだよね。
(うん? リュックくん?)
改めて、僕と手を繋いでいる女の子の顔を見てみた。鮮やかな銀髪に、将来美人になりそうな整った顔立ち。もうすぐ7歳という子供の割には、大人びた表情。
イーシアの石碑の地下室で見たリュックくんの姿と重ねてみると……似ているような気がする。髪色は、リュックくんは、もう少し暗い銀髪だけど、モデルのような整ったイケメンだ。
リュックくんは、女神様が作り出した魔道具から進化した魔人だから、女神様と性格が似てるんだよな。
さっきの女の子の仕草……しらじらしい知らんぷりは、ティア様が連発していた仕草とそっくりだ。
(まさか、リュックくんの娘?)
でも、さっきジャックさんは、ドラゴン族の魔王と、アマゾネスの女王ローズさんが、親しいと言ってたっけ。
ジャックさんは、マーテルさんと親しいと言ったつもりなのかな。いや、でもそうすると、リュックくんと三角関係?
(リュックくんって、めちゃくちゃチャラ男なのか)
リュックくんは僕の魔力で成長して、魔人に進化したんだったよな? 僕はリュックくんの主人なのに、リュックくんが成長する中で、ちゃんと教育しなかったのかな。
(あー、マズイことに気づいたかもしれない)
僕は、頭を抱えたくなったけど、右手はデイジー王女につかまれている。
「あはは、ライトは、やっぱりライトだね〜。あははっ」
突然、クライン様が笑い出した。また、僕の考えを覗かれていたんだ。クライン様は、ツボにハマったかのように、ゲラゲラ笑ってる。
「何かしら?」
女の子は、きょとんとしている。だよね。話の流れだと、ドラゴン族の魔王交代のことで、笑っているようにみえる。
「ライト、そのうち記憶を取り戻すだろうけど、カースさんは、こんなことまで記憶のカケラに封じていないと思うから、教えておくよ」
クライン様がそう言うと、ジャックさんが慌てた顔をしている。でも、ドラゴン族の魔王の話をしたのはジャックさんだ。
だけど、女の子が知らないことを明かすとマズイのかもしれない。クライン様は、少しデイジー王女の顔を見ていたが、軽く頷いた。知識の確認をしたのかな。
「デイジーさん、ライトは、ほとんどの記憶を失っているんです。だから、貴女のことにも気づかなかったんですよ」
クライン様がそう言うと、女の子は頷いた。
「次にライトさんに会ったときに、あたしのことがわからなかったら、知らないフリをするようにと言われていたわ」
(まだ幼いのに賢いな)
「じゃあ、俺達のことは、わかりますか?」
「貴方は、ライトさんの主君の悪魔族クラインでしょ。そして、ライトさんと同じ仕事をしている神族のジャック。それから、たぶん、仲良しのレンさんっていう人」
女の子は、名前だけでなく、僕との関係も知っているんだ。
(やはり、この子は……)
「レンさんは、ロバタージュの警備隊の所長をしているレンフォードさんですよ」
「ふぅん、警備隊かぁ。騎士団みたいなものよね」
(あっ、この国の子じゃないから知らないんだ)
「アマゾネスでいえば、騎士団っすね」
ジャックさんが、補足をしている。クライン様にも、人間の国のことは、わからないよな。
「ライト、その通りだよ。彼女は、リュックくんの娘だ。それを青の神が、かぎつけたみたいなんだ。だから、城に軟禁状態になっている」
「クライン様、なぜ、リュックくんの娘だと、青の神に狙われるんですか」
(あっ、人質?)
でも、それなら、マリーさんも、リュックくんの遺伝子を受け継いでいるんだよね? あ、でも、たくさんの父親……。
「人質ならいいんだ。おそらく、複製を造るために捕まえようとしている。リュックくん自身も、同じ目的で狙われているからね」
(複製? コピー? クローン?)
「そう、なんですね。人質より酷い」
「だから、保護する必要があるんだよ」
クライン様は、僕に話しかけているけど、女の子に言い聞かせているみたいに聞こえる。
「あたしは、捕まったりしないわよっ」
女の子は、そう言いつつも、目が揺れている。不安なんだろうな。彼女の恐怖心をあおるような言い方を、クライン様がしているんだ。
「デイジーちゃんは、賢いから、頭では理解できているはずっすよ。ここに隠れていても、相手は神っすからね」
ジャックさんも、不安をあおっている。
でも、確かに、彼らの言う通りだな。おそらく、ここに居ることが知られたら、王宮が攻撃されかねない。
そんなことになると、この国とアマゾネス国との関係に、影響が出るかもしれないよな。
だけど、彼女は、僕達の保護には素直に従わないのかもしれない。女尊男卑のアマゾネスの王女なら、幼くても、男に守られることを恥だと感じるのかな。
(うん? 何?)
クライン様が、僕を見て、ニヤッと笑って頷いている。いま、考えていたことが正しいってことかな。それとも、僕に、何か言えと言っている?
「話を戻しますけど、デイジーさん、貴女もライトの味方をしてくれませんか?」
「味方って?」
「ライトは、大魔王の座を狙っていると話しましたよね。地底は、多くの侵略者も隠れていたんですけど、ライトに味方する魔王達が、狩ってるんですよ」
「えっ……神殺し?」
女の子は、ガバッと顔をあげた。恐ろしいよね……あれ? なぜ、そんなキラキラした顔をしているんだ?
「ええ、大魔王争いに邪魔な侵略者に、自分の星に帰ってもらうことは、中立の非戦の星であったとしても認められることですよ。大魔王を狙おうとするライバルを減らしているだけなんですから」
「じゃあ、あたしが神殺しをして、神の能力を得てもいいのねっ」
(えっ……お嬢ちゃん……)
「地底なら、構いませんよ。いま、地底には、変な噂もあるんです。地底に隠れている神々がライトの配下になったってね」
「ライトさん、配下にしたの?」
ふいに、僕に話が飛んできた。えーっと?
「いえ、そんなつもりはないです。ただの噂ですよ」
すると、女の子は、フッと笑った。今まで見せたことのない大人びた表情だ。
「そういう噂を、わざとばら撒いたのね。ライトさんに味方する人も、逆に敵になる人も、どちらも神殺しができるわ」
(えっ……何、この子?)
「さすが、アマゾネスですね。これだから、脳筋の魔族はアマゾネスを苦手とするんですよね。悪魔族は、平気ですけど」
なんだか、クライン様は、大人げないことを言っている。
「まぁ、そうじゃなきゃ、大魔王なんてやってられないわよね。今の大魔王は、知略で大魔王の座を奪ったみたいだし」
僕の知らないことを、こんなに幼い女の子がペラペラと話している。どういう教育をされているんだよ。
(アマゾネスって、恐ろしい)
さっき、巨亀族の黒っぽい変な玉を渡した男性が言っていたことが、今ならよくわかる。アマゾネスって、その感覚が、人族というより、魔族に近いんだ。
女の子は、無言で僕の手を離すと、タタタとどこかへ行ってしまった。いいのかな? だけど、クライン様は動かない。
しばらくすると、女の子は、着替えて戻ってきた。腰には、魔法袋が装備されている。
(もう、決断したの?)
「あわわ、デイジー様、ちょっと待っていてくださいよ〜。ミューも、用意して来ますぅ」
慌てて魔女っ子が、どこかへ消えていった。
あー、結界で区切ってあるのか。広いこの部屋の中に、さらに小部屋をいくつも作ってあるようだ。
「ねぇ、あたしがここから出ても、王都にいる青の神は気づかないんじゃないかしら? あたしを狙っているなら、それなりに腕に自信がある神よね?」
(めちゃくちゃ上から目線だよな)
「そうっすね〜。地底に行くことがわかる方がいいっすね。でも、王都では、神殺しはできないっすよ」
「ふぅん、やはり、そうよね」
女の子は、腕を組み、思案顔だ。本当に、この子は、まだ7歳にもなっていないの?
「デイジー様、お待たせしましたぁ」
バタバタと戻ってきたミューさんの方が、逆に子供に見える。
「ミュー、王都の街で、お姉様へのお土産を買ってから、地底の魔族の国に行くわよっ」
「へ? ドラゴン族の領地に行くんですかぁ?」
女の子は軽く頷き、部屋にいる女性達に向かって、口を開く。
「警護はミューだけでいいわ。貴女達は、あたしがお姉様のところに遊びに行くと、国王に言っておいてちょうだい」
金土は、お休み。
次回は9月26日(日)に、更新予定です。
よろしくお願いします。




