63、王都リンゴーシュ 〜デイジー王女
「おや、デイジー王女、どうされました?」
(えっ? 王女? お嬢様じゃなくて王女様?)
さっきの男性が戻ってくると、女の子は慌てて部屋から出て行こうとした。だけど、出入り口は、なぜかジャックさんがふさいでいるみたいだ。
「何よ! そこを退きなさいよ」
「そうはいかないっすよ。デイジーちゃん」
(ジャックさんは、ちゃん呼びした?)
ジャックさんは、眼帯を外した。すると女の子は、彼を指差して、ワナワナしている。
「ふぅ、苦労したっすよ。見つからないんすから」
(この女の子を捜しに来たの?)
出入り口をふさがれたと悟った女の子は、怯える様子もない。すごいな、とんでもなく根性がある。
見た目は、今の僕より少し上くらいかな。7歳か8歳の人間の女の子に見える。髪は鮮やかな銀髪だ。とても美人になりそうな整った顔立ちをしている。
「あの、デイジー王女とお知り合いなのですか」
「俺は、知り合いっすね。ここについて来たのは、このお嬢さんの保護のためっす」
ジャックさんに、いぶかしげな視線を向ける男性。
(なぜ、王女様を保護するの? 誘拐されてる?)
「もしかして、この城にも、侵略者が紛れているのですか」
「城の中にいるかは、わからないっす。王都リンゴーシュには、外来の神が、3〜4人いるみたいっすよ」
ソファに座った男性は、引きつった笑みを浮かべながら、ミニテーブルに追加の魔ポーションを並べている。
「あたしの保護なんて、必要ないわっ。男のくせに、生意気よっ」
(えっ? 男のくせに?)
「デイジーちゃん、女尊男卑な発言は、ダメっすよ。王宮の人達も困っているんじゃないっすか?」
「何を言ってるの? あたしが、ここを守ってあげるんだからっ」
(へ? 王宮? 守ってあげる?)
「勝手に厨房を占拠するのも、ダメっすよ。料理人さんが迷惑するっす」
「占拠なんてしてないわよっ。来客用のお菓子を作ってあげているの。みんな、喜んでいるもの」
ワナワナと怒りをぶつける女の子を、ジャックさんはからかいながらも、クライン様と目配せをしている。レンフォードさんまで頷いている。
(僕だけが、わからない)
「ライト、王女様に、クッキーの作り方を教えてあげたら?」
クライン様は、僕に無茶振りをしてくる。クッキーなんて、作り方はわからない。
「僕、無理だと思います。レシピも知らないし」
「いや、大丈夫だよ。たぶん、王女様が料理本を持ってるよ」
(料理本?)
すると女の子が、僕に近寄ってきた。
「いま、ライトって聞こえたけど?」
「はい、ライトという名前です」
「ふぅん、その名前って多いのね。だけど、読めないわよ? あんたみたいな子供には」
女の子は、ミニテーブルに本を出した。
(えっ? どういうこと?)
その本には、たくさんの写真が載っている。クライン様は、珍しそうに眺めているんだよね。この世界の本ではないからだ。
「はじめてのお菓子づくりって書いてあります。これは、一体どうやって入手したんですか」
僕が、タイトルを読み上げると、女の子は目を見開いた。
「お姉様がくれたから、わからないわよ」
(変なことは、言ってはいけないよね)
だけど、僕の頭の中には、大量の疑問が湧いてきた。中身をペラペラとめくって、それは確信に変わった。
(これは、日本の料理本だ)
発行された日付も見つけた。昭和60年……。
「まさか、あんた、読めるの?」
「ええ、まぁ」
「魔族のくせに生意気ねっ!」
(男のくせにとは、言われないんだ)
「王女様は、読めないのに、どうやってお菓子を作ってるんですか」
「読めないなんて言ってないわよっ」
そうか、写真がたくさんあるから、それを見て作るのか。計量は完璧だと言っていたっけ。
中には、いろいろと書き込みがしてある。数字は、この世界でも共通なんだな。材料のところには、子供っぽい字が書いてある。
(グラニュー糖の翻訳が、赤塩になっている)
赤塩って、聞いたことがないけど、なぜか読めるんだよな。
「王女様、ここ間違えています。グラニュー糖って書いてあるんですよ」
「グラ……な、何よっ。そんなもの知らないわ」
「砂糖の一種ですよ」
そう指摘をすると、女の子はワナワナし始めた。
バン!
ミニテーブルを叩くと、女の子は床に座り込み、グラニュー糖の翻訳を砂糖に書き替えている。あちこちのページをめくり、すべて書き直すようだ。
(なぜか、ボールペンを持ってる)
カチャカチャと色を切り替えて使う、赤青黒の三色ボールペンだ。
そういえば、地球に……日本に行く方法があるって、リュックくんが教えてくれたっけ。
ハロイ島には、日本の駄菓子が売っているんだよな。ゴミ城の魔王スウさんの私室で、駄菓子を食べたことを思い出した。
それなら、日本メーカーのボールペンを王女様が使っていても、不思議なことではないのかな。
「デイジーちゃん、他にも間違えているところがあるかもしれないっすよ。ライトくんに、全部見てもらったらどうっすか?」
ジャックさんがそう言うと、女の子は、キッと僕を睨んだ。負けず嫌いなのかな。
「ライトくんって、あんた、男なの?」
「えっ? 見た目どおり、男ですけど」
「どう見ても、女の子じゃない。男のくせに、あたしに意見するなんて、いい度胸ねっ」
(えっ……何、この子)
僕の理解を超えている。ジャックさんを見ると、苦笑いだ。ソファにすわる男性も、居心地が悪そうだよな。
「ここって、王宮なんですか?」
僕がクライン様に尋ねると、彼は軽く頷いた。
(まさかの王宮……)
「デイジーちゃんは、王都に留学してすぐに、神々の侵略戦争が始まったから、帰れなくなったんすよ」
ジャックさんは、何かに気をつけながら話しているみたいだ。僕の記憶のカケラへの配慮なのかな。もう、気にしなくていいのに。
「えっと、王女様が王都に留学ですか? 街の学校に行くということですか?」
(いや、それなら留学とは言わないか)
「デイジーちゃんは、向こうの大陸の国の王女様なんすよ。もうすぐ7歳になるから、親元を離れて、従者と一緒に、留学で来たのに、この城に軟禁状態なんすよ」
向こうの大陸……あっ、旧帝国があったという大陸のことだ。いま、タトルーク老師達が、行っているはずだよね。
アマゾネスという国があるから、旧帝国側の大陸は、外からの侵略者は、あまり居ないと言っていたっけ。
「旧帝国があった大陸から来たんですね」
すると、ページをめくっていた女の子の動きが止まった。
「あたしは、アマゾネス国の王女デイジー。無礼は許さないわよっ」
「えっ? アマゾネス……」
僕が驚くと、女の子はふふんと鼻を鳴らした。
「魔族の子供でも知っているのね。アマゾネスは、誇り高き女性の国。どの国にも負けないわよっ」
(だから、女尊男卑なんだ)
「そんなに大きな国の王女様なんですね」
なぜか、キッと睨まれた。何か、変なことを言ったっけ?
「あんた、嫌味?」
「えっと……はい?」
(何が嫌味なんだろう?)
首を傾げていると、ソファに座った男性が口を開いた。
「アマゾネスという名は、地底でも有名だから、魔族は、アマゾネスが大きな国だと思っているんじゃないかな。国の大きさからすると、この王都くらいだよ」
(僕は、王都の広さもわからない)
「そうなんですね」
一応、納得した顔をしておく。でも、そんな小国の名が、なぜ知られているんだろう?
「アマゾネスは、我々からすれば魔族に近いと思っているんだよ。人族にしては、あまりにも戦闘力が高すぎるからね」
(だから、この女の子は、守ってあげると言ったのか)
僕は、コクコクと頷いておいた。
「それに、30年ほど前に即位した女王は神族だし、ドラゴン族の魔王と親しいから、アマゾネスは、この神々の侵略戦争でも、一切の被害がなかったらしいよ」
「へ、へぇ」
神族ってことは、女神様の転生者か、その子孫なんだよな。だから、ジャックさんが、知っていたんだ。
保護するというのは、アマゾネス国へ連れ帰るということなのかな。そのために、僕達は、王都へ来たのだろうか。
でも、それなら、こんな風に、巨亀族の使いを装う必要なんて、なかったんじゃないの? あ、でも、ジャックさんは、女の子が見つからないとか言ってたっけ?
「じゃあ、ライトくん、デイジーちゃんの私室に案内してもらおうか」
「えっ? ジャックさん、王女様の私室ですか?」
(小さなレディに失礼じゃないの?)
女の子は、キッと睨んでいる。そうなるよね。
「なぜ、あたしの部屋に、男なんかを入れなきゃいけないのよ! ふざけるのもいい加減にしなさいよっ」
(だよね)
「読めない本がたくさんあるんじゃないんすか?」
「そんなにたくさんはないわよっ。まさか、あたしに、この子に教えてもらえとでも言うつもりっ?」
(だよね)
「ライトくんは、リュックくんの主人っすよ?」
すると、女の子は、目を見開いた。リュックくんのことを知っているのかな。




