62、王都リンゴーシュ 〜目的がわからない
クライン様が扉を開けると、その先は、たくさんの美しい花が咲く明るい庭だった。空には、黄色い太陽が見える。地上だ。今は昼間なんだな。
僕達に続いて、ジャックさんとレンフォードさんが庭に足を踏み入れると、扉はパタンと閉まり、スーッと消えてしまった。
(不思議な扉だな)
「いつもの魔族ではないようだな。それに……」
扉が消えると、その庭は大きな建物の中庭だということがわかった。建物から出てきた鎧を身につけた人達は、みんな僕を見ている。えっと……?
「巨亀族から、これを預かってきましたよ。どなたに渡せばいいのでしょう?」
クライン様は、いつもとは違った、隙のない笑みを浮かべて、黒っぽい変な玉を見せている。
(タトルーク老師が吐いたやつだ)
繋いでいた手を離されて、僕は少し不安になった。情けないけど、初めての場所に来ると、僕は見た目通りの5歳児の感情が強くなってしまう。
「おぉ、亀の使いの者か。しかし、なぜこのような……」
(怪しいよね、僕達って)
「いま、地底は、ちょっと勢力争いが激化していましてね。これを届ける余裕がないようです。ちょうど、別件で巨亀族を訪ねていたところ、託されましてね」
クライン様の説明に、鎧を着た人達は、静かに頷いている。魔族の国は、頻繁に勢力争いをしているみたいだもんな。
「それの対価が必要でしょう。どうぞ、こちらへ」
「子供が立ち入っても大丈夫なのでしょうか」
「その子も魔族なのでしょう? 構いませんよ。魔族の見た目と年齢が合致しないことは、知っていますから」
「ええ、俺よりも年上ですね」
クライン様がそう言っても、誰も驚かないんだな。
僕達は、広い部屋に案内された。
「こちらで、少しお待ちください。鑑定の者が参ります」
案内してくれた人は、部屋にいる人に何かを言って、出ていった。部屋には、数人の鎧を着た人と、ピシッとした制服を着た人がいる。
僕達は、ソファとミニテーブルのある一角に案内された。座ると、すっごくふかふかだ。高そうだよね。
「ライト、ここでは、子供らしく振る舞ってくれる?」
「クライン様、どういう意味ですか?」
「そのままの意味だよ」
(うん?)
ジャックさんは、いつの間にか、眼帯をしている。目が悪いのかな?
「これは、変装っすよ」
ジャックさんが小声で教えてくれた。そうか、ここの人に顔を知られているのかな。
大きな建物だから、すっごい金持ちの屋敷なのだろうけど……魔族と物々交換をする人間だなんて、ちょっと変わっている。
「ここって、王都なんですよね? お金持ちの屋敷ですか?」
僕が、レンフォードさんにそう尋ねると、一瞬ポカンとした顔をされてしまった。
「ライト、ここがどこだか、わかってないの?」
(そんなの知らないよ〜)
巨亀族の領地から階段を上って、扉が開いたらここだったんだから、わかるわけがない。
クライン様はニヤニヤしている。子供らしくって言うけど……でも、さっき、鎧を着た人に、僕の方が年上だとか言ってたよね?
そもそも、なぜ、王都へ行こうと言い出したのかも、クライン様から教えられていない。
それに、クライン様はタトルーク老師を、旧帝都跡っていう場所に行かせたんだよね。かなりの数で、行ったんだろうな。旧帝都跡に隠れている侵略者を討ってもらうんだよね?
なんだか、アンデッドの魔王カイさんまでが、向かうように話してたけど、魔王カイさんは、地上は迷宮しか行かないって言っていた。
(クライン様の策略だよね)
たぶんタイガさんや、他の魔王とも、念話で打ち合わせをしているんだと思う。それに、クライン様のお爺さんの大魔王メトロギウス様もかな。
まぁ、僕には、何かを言われてもわからないからだよね。それに考えていることが、覗かれてしまうもんな。
「お待たせしました。いつもの扉からの客人のようですが、彼らとは随分と違いますね」
ワゴンをガラガラと押して、数人の男性が近寄ってきた。そして、向かいのソファに、一人が座った。
「俺は、悪魔族ですからね。大魔王の直系の孫にあたります。彼らは、ハーフだったり、もっと血が薄かったりするんですけど」
クライン様は、隙のない笑顔を浮かべている。
「ほう、ハーフの配下ですか。悪魔族は、いろいろな嗜好の方がいらっしゃる」
(どういう意味だろう?)
「一人は、俺の配下ですが、他の二人は友人ですよ。巨亀族のところに別件で行っていたら、ちょっとお使いを頼まれましてね〜」
クライン様の話は、微妙に事実を曲げているんだよね。僕が、ボロを出さないように気をつけなきゃ。
クライン様が差し出した黒っぽい変な玉を、その男性は、布を使って受け取っている。
タトルーク老師が吐き出した物だとわかっているのかな。ちょっと触りたくない感じだもんね。
そして、何かの道具を使って、鑑定をしている。品質にバラつきがあるのかもしれないな。
「確かに、亀の秘宝ですね。しかも、これは大きい。数百人分になりそうです。対価は、いつもの物でよろしいでしょうか」
(数百人分? 薬か何かの材料にするの?)
「対価が何かは聞いてなかったです。必ず貰ってこいとは言われましたが……何でしょうか? 魔力に干渉する物は、持ち運びに困るんですが」
「魔ポーションです。神族のライト様が作られる魔力10%回復のものを、そのときの純度に合わせてお渡ししています。ですから、持ち運びは大丈夫かと」
(えっ? カルーアミルク風味の魔ポーション?)
「そうでしたか。それなら、それで大丈夫です」
男性は、ワゴンに乗ったカゴから、小瓶を取り出してミニテーブルに並べた。ちょうど10本あるみたいだ。
「ちょっと、足りませんね。追加を用意して参ります。しばらくお待ちください」
ソファに座っていた男性は立ち上がり、部屋から出て行った。
クライン様は、笑いをこらえるように、魔ポーションを魔法袋に収納している。たぶん、クライン様も知らなかったんだろうな。
ミニテーブルには、ワゴンに用意されていたお茶とお菓子が並べられた。すると、クライン様は、僕に目配せをした。
(子供らしくって、これ?)
僕がそう考えていると、クライン様はかすかに頷いた。頭の中を覗かれたんだな。
お菓子を見て、テンション上がる子供を演出しろってことだよね。なんだか、恥ずかしいんだけど。
(仕方ない……)
僕は、給仕をしてくれた男性の方を向いた。
「ふふっ、そんなにジッと見つめないでくださいませ。坊ちゃん、どうぞ、お召し上がりください」
「はいっ!」
元気よく返事をして、お菓子に手を伸ばした。
(クッキーみたいだな。でも、なんだか変かも)
僕が、焼き菓子を手にしたとき、視線を感じた。閉じられていたはずの扉が、わずかに開いている。覗かれているのかな?
クライン様も、気づいているようだ。僕に、変な笑顔を向けてくる。早く食べろってことなのかな。
「いただきます」
僕は、その焼き菓子をかじった。すると、僕の目からは涙がじんわり、額には汗が出てきた。
(くっそ不味いんだけど……どうしよう)
クライン様は、頷いている。もしかして、文句を言っていいってこと? あー、それが、子供らしくってことか。
「あ、あの……おじさん、この焼き菓子、しょっぱくて苦いです……」
「そ、そうでしょうか? お口に合わなかったのですね、申し訳ございま……」
パン!
「ちょっと! あんた、苦いって何よ!」
給仕の人の背後から、女の子が飛び出してきた。そして、ミニテーブルをパンと叩いたんだ。
「えっ……焼き菓子が……」
「あたしが焼いたお菓子が食べられないって言うの!? 魔族のくせに、生意気なのよっ」
(ええっと……何? この子)
クライン様が目配せをしてくる。反論しろってこと?
「僕は、半分は人間です。貴女は、これ、食べてみましたか?」
「どうして、あたしがいちいち食べてみなきゃいけないのよ? 計量は完璧よ!」
「じゃあ、食べてみてくださいよ!」
「ガキのくせに生意気ねっ」
「貴女だって、子供じゃないですか」
クライン様が、いけいけと合図をしてくる。
「あたしのどこが子供なのよっ! 他の来客は、みんな美味しいって言うわよ」
「食べてみてから言ってください」
僕は、焼き菓子を一つ、女の子の口に放り込んだ。すると、彼女の目からは涙がじんわり、そして額には汗がにじんでいる。
「な、な、なんてものを食べさせるのよっ!」
「それは、こっちのセリフですよ」
ワナワナと震える女の子。この屋敷の娘なんだろうな。お菓子作りが趣味なのかもしれない。でも、食べられないほど不味いのに、美味しいって言わされる客は、気の毒だよ。
クライン様は、知っていたんだ。あっ、眼帯をしたジャックさんかな。
女の子は、他の焼き菓子もかじって……ワナワナしている。
「たぶん、塩と砂糖を入れ間違えたんですよ」
「あたしに意見するなんて、いい度胸ね!」
(こわっ)




