6、イーシアの森 〜空を駆ける
ドヤ顔の猫耳の少女が、説明してくれた。僕の手首にある輪っかが、魔力を流せば開くアイテムボックスだという。
(魔力を流すって? 意味不明だよな)
「身体の中を循環させるのじゃ。ライトは、しょぼい基本魔法は使えるし、今は赤ん坊じゃから少ないが、けっこうそれなりの魔力を持っておる」
「うーん?」
(身体の中を循環って?)
あっ、何をしたかはわからないけど、埋まっていた輪っかが、腕輪のように浮かんできた。
「それで良いのじゃ。それは、『女神のうでわ』じゃ。開くと、上の方に小箱があるじゃろ。それは、城の女神の自室に繋がっておる。女神に渡したい落とし物を拾ったら、その小箱に入れるのじゃ。小箱以外のスペースは、アイテムボックスじゃ。盗まれると困る貴重品を入れる場所じゃ。既にいろいろと詰まっておるじゃろ」
(どうすれば開くのかな?)
腕輪に触れると、パカッと空間が現れた。その上部には、小さな引き出しのような箱がついている。引き出しの下には空間がある。手を中に入れて見ても何も触れない。
「なにもない」
「むむ? あー、もしや、『リュック』が異空間に鍵をかけたのやも知れぬ。ライトが溜め込んでいた貴重品を盗まれないようにな」
「いくうかん?」
「アイテムボックスや魔法袋は、どれだけ入れても重さを感じぬ。異空間で保管しておるのじゃ。時間も止まるから、食べ物も腐らぬぞ」
(へぇ、すごい便利)
「まほうぶくろ?」
「ライトも、魔法袋をたくさん持っておったが……やはり、それも『リュック』が異空間に隠しておるのじゃろう。魔法袋は、腰などに装備して使うが、盗まれる危険も高いのじゃ。生まれ変わるときに、『リュック』に預けたのやも知れぬ」
「りゅっくって……」
僕は、背負っていた巾着袋に手を触れた。すると、猫耳の少女は頷いている。でも、巾着袋の中には、何もなかったんだけどな。
「その『リュック』は、女神が作った魔道具じゃ。主人は、持ち主であるライトじゃがな。ライトの成長に伴って、『リュック』も成長するのじゃ。基本的に錬金する魔道具なのじゃが、ライトの『リュック』は、不思議な物を作るようになったのじゃ」
「ふしぎなもの?」
「うむ、それは、記憶のカケラの出現の邪魔になりそうじゃから、今は話せぬ。次の街へ行ったときに、明らかになるのではないかのぅ。『リュック』が初期化してなければ、じゃが……」
(すごい魔道具なんだな、リュックって)
目の前の小さな少女は、女神様の猫なんだよな? なんだか、まるで女神様みたいな話し方だ。しかも知識量もすごい。
僕をこの世界に連れてきた猫みたいな生き物は、女神様の魔力から作り出されたと、アトラ様が教えてくれた。
木から落ちたときに踏み潰してしまったけど、あのときは、猫みたいな生き物はしゃべらなかった。アトラ様は、猫ちゃんは女神様自身じゃないから、心配はいらないと教えてくれたっけ。
獣人の姿になると、猫みたいな生き物は、話せるみたいだ。だけど、この少女が話していると、女神様からの念話はない。
猫みたいな生き物が潰れたときは、女神様から念話で、ギャンギャン文句を言われたのにな。なんだか、ちょっと違和感を感じる。
(あれ? 明後日の方を向いた)
こんなことを考えていると、少女は、僕から目を逸らした。なんだか、しらじらしいほど知らんぷりをしている。うーん、なんだろう、この感じ……。いつも、僕がため息をついていたような気がする。
「アトラ、この後は、ライトはどうやって次の街に行ったのじゃ?」
(突然、話が変わった)
「あのときは、警備隊の馬車で、連れて行ってもらったんだよ。でも、今日は、警備隊は来てないから……」
(警備隊? 警察みたいなもの?)
「ふむ、ライトは転移酔いをするから、転移魔法はダメじゃな。街道の馬車を利用するか」
「ワープは……あっ、まだできないもんね。じゃあ、森を抜けて行かなきゃ。ちょっと距離があるから、歩くのは厳しそう」
アトラ様は、また、何かを言いかけて、慌てて口を手で押さえている。あはっ、かわいい。
「ふむ、チビすぎるチビが歩ける距離ではないのじゃ」
そう言うと、少女は、ジッとアトラ様の顔を見ている。
「ふふっ、仕方ないなー。じゃあ、あたしが二人を乗せていけばいいかな。でも、ライトは落っこちないかな?」
「大丈夫じゃ! 妾が、ばっちり支えるのじゃ」
なんだか、少女はソワソワしている。いや、ワクワクかな?
(わぁっ! 綺麗な青い毛)
アトラ様は、青い狼に姿を変えた。けっこう大きい。だから、大狼なのか。狼のサイズじゃないな。馬よりも大きく見える。
イーシアの草原に映えて、すごくキラキラと美しい。
「ライトは、怖がってないかな?」
大きな顔が、僕の目の前で首を傾げている。その近さに、ちょっとびっくりしたけど、泣きそうになるのを我慢した。
「こわくない」
「ふふん、いま、ビビっておったくせに……な、何でもないのじゃ」
少女は、僕をからかおうとして、断念したらしい。あっ、アトラ様が少女を睨んでいる? やはり、猫は、狼には負けるんだな。でも、この猫耳の少女は、上から目線だ。女神様の魔力で作られたから?
「じゃあ、乗って。空を駆けるよ」
「おおぉ、楽しそうなのじゃ!」
少女は、僕を抱きかかえて、青い狼の背にぴょんと飛び乗った。そして、僕を青い狼の背に座らせた。
「じゃあ、行くよっ」
アトラ様は、草原を駆け、ふわりと空に上った。そして、本当に空を駆けている。
(す、すごい!)
イーシア湖の草原の周りの様子も、よく見える。森がどこまでも広がっている。イーシアの森って、とんでもなく広いんだ。これは、赤ん坊のヨチヨチ歩きでは無理だ。
空を駆けるアトラ様の横を、ピューっと不思議な風が通り抜けていった。
(あれ? 風の中に人がいた?)
「あれは、風使いの妖精じゃ。あちこちに人を運ぶのじゃ。ライトと同郷のタイガは、タクシーの運ちゃんって呼んでおるぞ」
(風使いのタクシー?)
少女は、僕が考えていることを、すぐに説明をしてくれた。さっきから感じていたことだけど、僕の考えがわかるみたいだ。
そういえば、アトラ様も、たまに僕の考えが見えているかのようなときがあった。獣人ってすごいんだな。いや、女神様の猫や、精霊様に仕える守護獣だからか。
(僕は、全くわからない)
赤ん坊だから、わからないのかな。まだ魔力が少ないって言ってたし。
「ライトは、念話が下手くそじゃから、他人の思考を覗くなんていう高等技術は無理なのじゃ」
僕の後ろに乗っている少女の顔は見えない。たぶん、ドヤ顔をしているんだろうな。
(あっ、道が見えてきた)
「馬車の停留所近くの森の中で良いのじゃ」
少女がそう言うと、アトラ様は少し減速した。そして、スーッと、森の中へと降りていく。もうちょっと、乗っていたかったけど、二人も運ぶなんて、アトラ様も大変だよね。
「着いたよー。もう、馬車が来てるね」
少女は、僕を抱きかかえて、ぴょんと飛び降りた。
「あれには、間に合わぬな。もうちょっと、ゆっくりと空の旅をしてもよかったのじゃ」
「ふふっ、空を駆けるのが好きですよね、ティ……じゃなくて、猫ちゃん」
「ふむ、楽しかったのじゃ。また、乗りたいのじゃ」
(うん? 何だろう?)
アトラ様は、狼の姿だから表情はわからないけど、言い間違いをした? 何かを隠している?
「ここから先は、アトラとは別行動じゃな。行き先は、ロバタージュで良いのか?」
「ロバタージュですよ。あの停留所の馬車は、ロバタージュ行きですからね」
僕がこんなことを考えていると、二人が慌てているのか早口になった。僕が何かを知ると、記憶のカケラの出現に邪魔になるのかな。
そういえば、石碑で聞いた言葉では、導きに従って記憶のカケラを集めろと言っていた。導きって何だろう? 案内人のことなのかな。
ドガン!!
突然、何かが爆発するような大きな音が聞こえた。驚いて、また僕は涙が出てきそうになった。我慢だ。
「なっ!? 盗賊か」
少女の視線は、馬車の停留所に向いている。僕は、よく見ようと『眼』に力を込めた。すると、すぐ近くにいるかのように見える。遠視ってすごい便利。
馬車に乗る人を襲撃している。というより、誰かを探しているかのようにキョロキョロしている。
「ライト、気づかれる。『眼』を使うでない」
「えっ?」
少女にそう言われて、僕は目を閉じた。
「見つけたぞ! これは面白い。青き大狼は、女神のペットまで運んでいたか」
目の前には、三人の男が現れた。
(えっ、僕のせい?)
アトラ様が、僕達を背にかばっている。
「アトラ、ここは、妾がやるのじゃ」
そう言いつつ、少女の表情に余裕はない。
「はぁ? 俺達に魔法など効かぬぞ。先程の戦争でも、わかっただろう?」
「うぐっ」
奴らの隙を突くように、向かっていったアトラ様が……一瞬で切り裂かれた。
(う、嘘……アトラ様!!)