5、イーシア湖 〜不思議なリュック
「ライト、ふふっ、ありがとう。突然、話せるようになるから、びっくりしちゃった」
「あい、あ、うーん?」
「ふふっ、今のライトは、1歳児くらいかな? なぜか急成長しちゃったみたい。背も大きくなってるよ」
(背が伸びた?)
輝く笑顔が眩しい。目の前にいる青い髪の獣人は、100年前の僕が、恋をした女性だ。その後は、どうなったんだろう? まだ、それに関する記憶はない。
(早く他の記憶のカケラを集めたい!)
彼女に、きゅーっと抱きしめられ、僕の心臓はうるさい。そして彼女は、僕のおでこに、チュッとキスをした。
「あわわわ」
僕の頬は、熱くなった。きっと真っ赤だよな。
「こんな小さなライトって、初めて会ったよ。なんだか嬉しい」
この反応は、期待していいのだろうか。僕は、彼女と、この湖で出会って、その後、付き合ったりしたのかな。
僕は、この記憶を取り戻す前から、彼女のことをかわいいと思っていた。僕は、生まれ変わっても、同じ人に恋をしているんだ。
(うん? 100年前?)
あれ? 100年前の記憶と、今の彼女の姿は同じに見える。どういうこと? 獣人って、そんなに長生きするの?
(いや、ただの獣人じゃないか)
記憶のカケラによって戻った記憶では、彼女は、このイーシアの地を守る精霊イーシア様の守護獣だ。
彼女は、青き大狼と呼ばれていて、一部の人間達から恐れられている。たぶん、すごく強いんだ。狼の姿の彼女は、澄んだ青空のような美しい狼だったな。
守護獣は、精霊を守る役割があるから、精霊に次ぐ地位なんだと思う。だから僕は、彼女の名をアトラ様と、様呼びしていたみたいだ。
「あっ、そうだ。湖で何をしてたの?」
彼女は、きょとんと首を傾げた。くぅ〜、かわいい!
「みじゅ、のみたい」
「ふふっ、上手に喋れてるよっ。そっか、イーシア湖の水は、すっごく美味しいんだよ。ん〜と、リュックの中に、ボトルがないかなぁ?」
(巾着袋の中?)
手に触れるものなんて、何もな……うん? 右手に硬い何かが触れた。つかんで取り出してみると、ペットボトル?
「あっ、ライトが初めてここで水汲みをしていたときと、同じボトルだね。ちょっと待っててね」
そう言うと彼女は、ボトルいっぱいに、湖の水を汲んでくれた。1リットルはありそうだ。
僕は、両手で受け取ろうとしたけど、彼女は、やわらかく微笑んだ。
「さすがに、持てないよ。はい、どうぞ」
彼女がボトルを支えてくれて、僕は、両手を添えて、ゴクリと飲んだ。
(めちゃくちゃ美味しい!)
飲み始めると止まらない。僕はゴクゴクと、ボトルの水を飲んだ。さすがに、1リットルは無理だけどね。
そういえば、僕は生まれ変わってから、初めて何かを口にしたよな。何も食べないで、なぜ、生きていられるんだろう?
彼女は、また、水を汲みに行った。僕の身体は小さすぎて、もう飲めないんだけどな。
「じゃあ、これは、リュックに入れておいてね」
彼女は、僕の入っている巾着袋の隙間に、ボトルを入れた。ちょ、僕は裸なんだよな。ボトルの冷たさに、ひゃーっと変な声が出る。
「ふふっ、なぁに?」
「つめたいよ」
「あっ、服の代わりに、リュックを着てるんだっけ。うーん、服がないと、次の街に行けないかなぁ」
彼女は、空を見上げて、ボーっとしている。何をしているんだろう?
「ライト、猫ちゃんが、服を用意してきてくれるみたいだよ」
(うん? 今のは、念話?)
僕は、とりあえず頷いておいた。だけど、あの猫みたいな生き物って、話せないし、服なんか持てるのだろうか。あっ、女神様と話したのかな。
しばらく待つ間、僕はまた不思議な草を摘み始めた。
ぷちぷち、ぷちぷち。
なんだか安心する音だ。楽しい。僕が草を摘む様子を彼女は、ニコニコしながら眺めている。何も言われないってことは、摘んでもいいってことだよね?
「ライト、薬草を摘んでどうするの?」
「やくしょう?」
(えっ、薬草?)
もしかして、傷が治るという薬草? 某ゲームでは、必須アイテムだったけど、この世界では、薬草で怪我を治すのかな。
「あっ、まだ、その記憶はないかー。うーん、あの時、あたしが教えたんだっけ?」
遠い記憶を思い出そうとして、彼女は眉をしかめている。そんな顔も可愛い。
「ま、いっかー。薬草はね、街で売れるんだよ。お金がないと買い物ができないからね。お金は、わかるよね?」
僕はコクリと頷いた。だけど、日本円じゃないだろうし、見た目や価値も違うだろうな。
「それから、薬草からポーションを作ることもできるんだよ。イーシア湖の水を使えば、上質な物ができるの」
(ポーション!?)
薬草が出てくるのとは別の、某ゲームでの必須アイテムだ。この世界には、ポーションがあるのか! すごいファンタジーだな。
「だけど、街で売っている普通のポーションは、不味いの。でも、ライトの……あっ、アブナイ。な、何でもないからねっ」
彼女は、慌てて口を押さえている。僕の記憶のカケラの邪魔をしないように配慮してくれているんだな。ふふっ、だけど、そそっかしいんだ。
そもそも、記憶のカケラって、不思議だよな。何かの条件で現れるみたいだ。現れる前は、どこにあるんだろう? こんなことができる人って、とんでもない魔法使いなのかな。
「お待たせしたのじゃ!」
(うん? 女神様みたいな話し方だけど)
振り返ると、小さな少女がいた。頭には猫のような耳がついている。また、獣人だ。
僕に向かって真っ直ぐに歩いてくる。そして、突然、どこからか、服を取り出した。何? 魔法?
「ライトの服じゃ。一応、身体に合わせて、サイズが変わる物にしておる。じゃが、人族の街で売られておる物じゃから、あまり信用はできぬのじゃ」
「あ、あの……その姿で?」
アトラ様が、少女の姿に焦っている? なぜか、僕に見せないように立ち位置を変えたみたいだ。
「これは、大丈夫じゃ! ライトの知らぬ魔道具……うぬぬ。なんでもないのじゃ」
やはり、女神様みたいな話し方だな。女神様の娘とか? でも、アトラ様は、猫ちゃんが持ってくるって言ってたっけ。
(あっ! あの猫みたいな生き物って、獣人?)
「そ、そうじゃ。妾は、女神の猫なのじゃ」
「ねこ、ちゃん?」
「ぬぉっ! 話せるようになっておるではないか。それに、急に大きくなったか。ふむ」
「そうなの、ライトは、記憶のカケラを見つけたら、急成長しちゃったみたい」
アトラ様は、嬉しそうに少女に報告している。やはり、この少女は、さっきの猫みたいな生き物なんだな。
この姿になれるなら、いちいち女神様が念話をしなくてもよかったのに。だけど、小さな子だから、任せられないのかもしれない。
「ふむ、記憶のカケラに触れると、失った記憶だけではなく、何かのエネルギーも流れ込むのじゃな。ということは、成長魔法は使えぬな」
少女は、僕の方をチラチラ見ながら、なんだか、変な顔をしている。僕と目を合わさないようにしているみたいだ。人見知りするのかな。
「ライト、とりあえず服を着ようか」
アトラ様が、僕を巾着袋から、引っ張り出そうとしている。
(ちょ、ちょっと待った!)
僕は、すっ裸なんだ。いくら赤ん坊だからって、恥ずかしすぎる。
だけど、逃げようとするのを捕まえられ、巾着袋から引っ張り出された。
「ぬわっ、スッポンポンではないか! は、破廉恥なのじゃ」
アトラ様より、少女の方が慌てている。
「ライト、暴れないでよっ」
僕は、されるがままだ。恥ずかしすぎる。だけど、アトラ様は、何も気にしていないように見える。確かに、僕は赤ん坊だけど……。
(あれ? 巾着袋が消えている)
「りゅっくは……」
リュックと口に出すと、僕の背中に巾着袋が現れた。巾着袋をリュックのように背負っている感じだ。
「リュックは、身体から離れると、異空間に隠れるのじゃ。呼べば、背中に戻ってくる」
少女は、そう説明してくれた。猫なのに賢いんだな。
僕は、リュックを背中からおろした。巾着袋だけど少し小さくなってる。なんだか不思議な、信頼感のようなものを感じる。
「しゅごい」
「女神が魔力で作り出した魔道具じゃからな」
(へぇ、女神様ってすごいんだ)
あっ、そういえば、女神様から与えられた『器』って何だろう? 『能力』は霊体化だよな? あー、でも、猫に尋ねてもわからないか。
「女神が与えた『能力』は、透明化じゃ。霊体化は、死体に宿った命じゃから、偶然、備わった特殊な『能力』なのじゃ。二つを同時に発動すると、どこにいるかの気配すら、消えるぞ」
「かしこいね、ねこちゃん」
僕がそう言うと、なぜか少女の目が泳いでいる。猫ちゃんと呼ばれると緊張するのだろうか。
「コホン。『器』は、左腕に、うでわがあるじゃろ? ムチムチがマシになったから、もうわかるのではないか」
そう言われて、左手首を見ると、金属っぽい輪っかが、手首に埋まっている。腕輪が『器』なのか?
「魔力を流せば開く、アイテムボックスじゃ」