47、始まりの地 〜密談の内容と、淡い光の粒子
「あぁ、そのつもりだ。こんな結界の中でなければ、姿を現す気もなかったからな。しかし……おまえ、くせ〜ぞ」
『ふん、魔石の花に釣られよったくせに』
リュックくんは、スッと姿を消した、
僕の肩に気配を感じた。
いま『リュック』を背負ってないけど、彼は、ここにいるのかな? 呼べば『リュック』は背中に戻ってくるって言ってたっけ。
なぜ、リュックくんが僕から離れなかったのか……その問いへの答えは、聞けなかった。
僕が生まれ変わったときに、リュックくんは僕から独立して離れることもできたみたいだ。だけど、彼はいま、ここに居る。
(リュックくんが、相棒だから、なのかな?)
ふと、そんな言葉が頭に浮かんだ。
『悪魔が、いつまでここに居るつもりだ?』
アンデッドの魔王カイさんは、ゾンビの姿で、クライン様に冷たい視線を向けている。
あっ、ゾンビは、また姿を変えた。リュックくんが、クサイと言ったからかな。この姿は……何? 虫?
(でも、クサイとは感じなかったけど)
最初はスケルトン、そしてゾンビのような姿に変わり、今度は、こぶし大のだんご虫のような姿だ。
虫としては、大きくて気持ち悪い。だけど、さっきまでは恐ろしいゾンビの姿だったから、この姿は、少しホッとする。
そういえば、アンデッドの魔王は、リッチだと聞いたことがある。リッチって、幽霊みたいなアレだよね。
「魔王カイさん、説明してもらえますか。その策には、ライトと俺が入っているんでしょう?」
『悪魔は、入っていない』
クライン様の問いかけに対して、魔王カイさんは、拒絶するような言い方をしている。クライン様は慣れているのか、気分を害した様子はないんだけど。
「リュックくんと、勝手に話し合いをしたでしょう? 俺達に聞かせたくない話かな。それとも……」
クライン様は、部屋を見回した。そして、何かを見つけたみたいだ。
『そういうことだ。排除してくれ……』
魔王カイさんが言い終わる前に、クライン様は何かの術を使った。すると、ゾンビのひとりがバタンと倒れた。
(眠った? いや……えっ?)
その倒れたゾンビから、シューっと何かが吹き出した。すると、だんご虫が、何か糸状のものを吐いた。
「ぎゃぁあー! お、おのれっ」
(何が起こってるんだ?)
糸状の何かが覆っている場所から、声が聞こえた。あの中身って、ゾンビからシューっと吹き出した気体だよね?
床をゴロゴロと、糸状の何かに覆われた気体が転がっている。しかも、うめき声が漏れている。
だが、すぐに静かになった。
そして淡い光の粒子が立ち昇り、その一部が、だんご虫に吸収された。他の粒子は、上へと上がっていき、天井を通り抜けて行く。
(今の光って……)
「ひどいな。横取りですか」
クライン様が、だんご虫を睨んでいる。
『たいしたチカラではない。結界内に入り込む能力を奪っただけだ。ふん、この程度で神のチカラか』
だんご虫は、倒れたゾンビに、ピュッと何かを吐きかけた。するとゾンビは、むくりと起きあがった。
「今のは、蘇生したんですか?」
僕がそう尋ねると、だんご虫は、こちらを向いた。
『蘇生ではない。アンデッドに蘇生魔法は劇薬となる。闇エネルギーを分け与えただけだ』
(蘇生魔法は、劇薬? 毒になるの?)
「ライト、今の光を見ただろう? あれが、神を殺したときの光だよ。神を殺すと、光の粒子となり、その能力の一部が勝手に分配されるんだ」
「じゃあ、やはり、さっきの淡い光は、神が死んで星に戻る光ですか?」
僕が聞き返すと、クライン様は、優しい笑顔で頷いた。
「ここのような完全な結界の中にも、霊体なら入って来られるんだよね。さっき、リュックくんが、魔王カイと念話を始める少し前に、妙な光が入ってきたんだよ」
『どの個体に取り憑いたかは、わからなかったがな。魔人が、この魔王カイをクサイと言ったことで、似た姿をした者に取り憑いたことがわかった』
(リュックくんには、見えていたの?)
「だから、突然、魔戒虫に姿を変えたんですね。一瞬、ヒヤリとしましたよ」
(魔戒虫? まかいのむしってこと?)
すると、だんご虫の姿をしていた彼は、再びゾンビに戻った。コロコロと姿を変えるんだな。
「ライト、魔王カイは、多くの神の力を奪っているから、いろいろな姿を持つんだ。あの魔戒虫は、魔力を持つ者すべてに戒めを与える呪術神の力だよ」
「えっ……」
「実体のある者には呪いを付与し、霊体に使えば、さっきみたいに溶かして殺してしまうんだ。アンデッドの魔王が持つには、危なすぎる力だよな」
(確かに、死霊に使ってしまったら……)
あっ、さっき、ゾンビに吐いていたのは、呪い? そっか。アンデッドには、呪いは、闇のエネルギーになるんだ。
普通とは逆なんだな。蘇生魔法は劇薬って言っていたもんな。回復魔法だと傷つけてしまうことになりそうだ。
「それで、リュックくんと、何を話していたんですか。ライトが関わるなら、俺に無関係な話はありませんよ」
クライン様は、魔王カイさんから話を聞き出そうとしている。後から、リュックくんに尋ねることもできるのに……アンデッドの魔王の口から、語らせたいのかな。
すると、ゾンビは、ふっと笑った。
(え……怖い)
『さっき、話したことと同じだ。ライトが、この星に隠れているすべての神々を殺せばいい。ただ……ふっ、そういうことにすればいいということだ』
(うん? 意味がわからない)
クライン様は、ニヤッと好戦的な笑みを浮かべた。
「だから、リュックくんに姿を見せるなと言っていたんですね。じゃあ、俺にも関係ある話じゃないですか」
『いや、ライトが、配下を使って始末するのだ』
「俺でも、ゾンビの仮装なら、できますよ?」
『ふっ、やはりおまえは変わっているな、クライン。大魔王メトロギウスの立場が悪くなるぞ? アンデッドの地位が上がることだぞ』
「構いませんよ。ライトが恐れられるようになれば、いいんです。それに、すべてがライトの指示で動くとなれば、ライトがアンデッドの魔王になったという噂が流れるでしょう? とても、良い策ですよ」
(どういうこと?)
僕が挙動不審だったのか、クライン様は楽しそうに笑っている。ゾンビも笑っているんだけど?
「ライト、協力者を探すよ。たぶん、みんな喜んで参加するはずだけどね」
「クライン様、なんとなくしか意味がわからないんですけど」
『全く、わかっていないようだが?』
(魔王カイさんにも、思考を読まれている?)
そっか、アンデッドの魔王だもんな。僕は、半分アンデッドだ。
「ライト、地底もだけど地上の人達も神族も、外からの侵略者である神々を殺して、強制送還したいんだ。だけど、女神様は非戦で中立の立場だから、こちらから仕掛けるわけにはいかない」
「攻められたら迎撃するんですよね?」
「そう。だから神々は隠れて、好き勝手なことをしているんだ。攻撃してきて、すぐに逃げたりしてね……この星の力を削ぐことを、ごちゃごちゃとやっている」
「そんなの、排除すればいいじゃないですか」
「降参されたりすると、追撃ができないんだ。そのあたりを巧みについてくる。だから爺ちゃんも、ずっとイライラしているんだ」
「なぜ、追撃できないんですか。迷惑なら……」
「大魔王や神族が、他の星の神々に積極的に攻撃を仕掛けるとなると、中立の星とは認められなくなるんだ」
「でも、そもそも侵略戦争なんだから、排除しても……」
「すべてを創造した神……全知全能の神が、それを許さない。思念のみの存在の神だから、すべての状況を把握していると言われている。中立の星への侵略へは、ペナルティが課される。だが、非戦の星への侵略でなければ、ペナルティは課されないんだ。だから、こんなことになってるんだよ」
(む、難しい……)
「えーっと?」
『ふん、悪魔は、話がくどい。ライト、侵略者達は、この星を勢力戦争に巻き込もうとしているだけだ。ペナルティを恐れているのは、ほんの一部だろう。ただ、格が下がるだけの、くだらないペナルティだがな』
ゾンビの説明は、わかりやすい。だけど……話が繋がらない。
「あの、結局、僕に何を?」
『フハハハ、簡単なことだ。星の内部での覇権争いだということにして一掃しようと、魔人が言っているのだ』
「えーっと、大魔王の座を狙う?」
『そういうことだ。実際に地底では、大魔王の地位を狙う神々がいるからな。そこで、大魔王を狙うチビのライトが、邪魔なライバルを排除しようとした、という筋書きだ』
「僕が、神々を排除? 神族なのに、そんなことをしてもいいんですか」
(もしかして、僕が犯罪者になるの?)
「ライトが適任だよ。爺ちゃんは、奴らを排除するために、女神様の城に攻め込むべきかと悩んでるよ」
「えっ? なぜ?」
『愚策だ。内乱になるぞ』
「だから、ライトが適任なんだ」
クライン様は、ニコリと笑った。




