41、ブリザ湿原 〜土の剣士ノームの領地
「ライト、大魔王を狙っちゃいなさいよ〜。私、協力するよ」
「えっ……協力って」
「サラドラちゃんが言ってたんだけど、やっぱ、魔族の考え方を変えさせるには、一度ガツンとやんなきゃダメよ。ライトが、ガツンとやりなさいよ〜」
(ガツンとって言われても……)
黒魔導の魔王スウさんは、何杯目かわからない紅茶を飲んでいる。さっきの菓子が、まだ口の中に残っているのかな。
クライン様は、優しい笑顔で頷いている。僕が大魔王を狙うという噂を流そうと言い出したのは、彼だ。
だけど、魔王サラドラさんが提案したという感じに、誘導したんだけどね。
(なぜ、そう、誘導したのかな?)
サラマンドラの魔王が発案者の方が、いいのかな? クライン様は、大魔王の何世代か後の直系の孫だからだろうか。わかるような、わからないような……。
だけど魔王スウさんは、本当に狙えと言っているようにも聞こえるんだけど。
「でも、僕は弱いですよ?」
すると、魔王スウさんは、思い出し笑いなのか、突然、ケラケラと笑い始めた。
「あははは、大丈夫! リュックを着て、走り回ってたのを見たよー。めちゃくちゃ面白かっ……じゃなくて、強かったじゃない。あれって、目撃誘導してたでしょ?」
「目撃誘導?」
「私のワープワームって、潜入が下手なのよね〜。しかも、ワーム神がいたら、見られるわけないもの。でも、楽しく見られたってことは、見せてたんでしょ?」
(族長さんが何か言ってたなー)
「うーん?」
「あー、そっか。アレは牽制なのね。狙いは外からの侵略者かしら? 魔族が互いに連携すれば、侵略者が大魔王になれるわけないんだけど」
魔王スウさんは、察しがいいな。魔導系の人達は、基本的に知能が高いんだっけ。
「魔王スウさん、翔太が大魔王を狙うには、まずは、アンデッドの魔王になる必要があるよ。アンデッドの魔王は、ずっと、あのリッチだよね?」
クライン様がそう言うと、魔王スウさんは、眉をしかめた。そして頭を抱えている。
「ライト、あなた、アンデッドの魔王に会ったことはある? と、聞いても覚えてないよね」
「翔太は、会ったことはないはずだよ。あのリッチは、すべてのアンデッドに化けるからね。俺達でさえ、どこにいるか、つかめない。あのリッチは、一切、他者との付き合いをしないからね」
(うん? アンデッドの魔王?)
僕は、生まれ変わってすぐの頃のことを思い出した。『ライト』の爺ちゃんが、あの集落の呪縛霊というか守護霊になったのは、魔王様に、そうさせてもらったって言ってたよね。
「あの、それなら、『ライト』の爺ちゃんが、魔王様と話したことがあるみたいですけど」
「へぇ、その記憶を使えば、アンデッドの魔王を捜せるかしら? どこにいるかもわからないし、突然、のわっと出てきて強烈なことをしてくるのよね〜」
魔女っ子は、めちゃくちゃ眉をしかめている。苦手なんだろうな。
「あの魔王が現れるのは、自分の領域を侵されたときだけでしょ」
クライン様は、何か言いたそうだ。魔王スウさんが、アンデッドの領域に何かやらかした、ってことかな。
「でも、ニクレア池があんなことになってても、出てこないわよ?」
「たぶん、近くにいるんだろうけどね。自分の力を超えることには関わってこないよ」
「ひゃー、あの近くで、怨念をばら撒いているのかしら」
(怨念をばら撒く?)
魔女っ子が頭を抱えている。何か、怯えているようにも見えるよね。
「翔太、とりあえず、協力者を増やさないといけない。それに、アンデッドの魔王に、話を通しておく必要がありそうだ。ちょっと行ってみようか」
クライン様は、なんだか楽しそうだ。
「じゃあ、サラドラちゃんを上手く誘導しておくよ。あの子は、全く悪気はないんだけど、隠し事ができないからね。複雑な話は、勝手に自己流に解釈してしまうの」
(魔王スウさんは、本当に協力してくれるんだ)
そういえば、リュックくんが、魔王サラドラさんと魔王スウさんは、協力者になるって予言してたっけ。
「あぁ、面白くなりそうだね。これから大魔王を狙おうとする他の勢力は、ライトがすべて潰すって噂になると、外来の侵略者は、おとなしくなるかな?」
「あはは、面白〜い。そうね、それは、サラドラちゃんが得意だわ。噂だけで抑止効果になればいいわね。今は、魔族同士が争っている場合じゃないもの」
クライン様と魔王スウさんは、互いに頷き合っている。なんだか、二人とも策略家っぽい。
僕は、祭り上げられてる気もするけど……。でも、魔族の人達は、みんな、外来の侵略者に支配されたくないはずだ。そのために、僕が……神族のライトという名前が、必要なのかな。
(僕も、覚悟を決めなきゃ)
「クライン様、僕のことは、ライトでいいです」
すると、クライン様は嬉しそうに笑った。
「じゃあ、これからはライトって呼ぶよ」
「はい、クライン様」
今度は、受け入れてくれた。
なんだか、少し、僕も嬉しい。
「遅いじゃないのっ! 本当に、ゴミだらけで即死しちゃったのかと心配したわよっ」
(えっ……片付いていたとは言えない)
魔王スウさんのワープワームで、ゴミだらけのリビングに戻ると、魔王サラドラさんが、ぷりぷりと怒っていた。
すると魔王スウさんは、彼女に、ぽいっと何かを渡した。
「これは、サラドラちゃんの分よ。ガムっていうんだって。風船を作って遊ぶ駄菓子らしいよ〜」
すると、赤いワンピースのこびとは、難しい顔をしている。頭の上の花がピコピコ動いているってことは、念話中だっけ。
「神族の街のお菓子ね。風船……意味不明で謎すぎるわっ」
「私は、上手くできたよ。クラインはできないの」
魔王スウさんがそう言うと、魔王サラドラさんは、ニンマリと笑っている。
「クラインにもできないことがあるのねっ。あたしが出来たら、すごいよねっ」
(普通、できるよ)
「サラドラちゃんも、練習する? 私が教えてあげようか?」
「うんっ! やってみる!」
「じゃあ、外へ行こう。また、避難者がいるみたいだから、運び込むのを手伝ってくれたら、教えてあげるよ」
「えー、スウちゃん、ひど〜い。また、あたしに手伝いをさせる気なのーっ?」
「私ね、ライトの野望を聞いちゃったんだ〜。ここでは話せない難しい話なの」
「え〜、あたし、難しい話は嫌いっ」
「アンデッドの謎だよ?」
魔女っ子が小声でそう言うと、赤いワンピースのこびとの目が輝いた。
「スウちゃん! それって、めちゃくちゃ有名な謎じゃない! 手伝ってあげるから、その話をしなさいよっ。あっ、風船もだからねっ。ふふっ、手伝いをするだけで、二つも教えてもらえるのって、お得ねっ」
(お得なのかな?)
二人が楽しそうだから、まぁ、いいか。
やはり、彼女達のやり取りは、避難者の癒しになっているみたいだ。二人が話し始めると、リビングにいる人達が穏やかな表情になるんだよね。
足元に現れた魔王スウさんのワープワームに乗り、僕達は、城から移動した。
「到着〜。うげっ、なかなかひどいな〜」
魔王スウさんは、クライン様の方を見た。無言だけど……たぶん、念話で話しているのだろう。
やはり、スウさんのワープワームは酔う。僕は、自分に回復魔法を使った。
周りを見回してみても、避難しようとしている人の姿はない。真っ黒な土と岩ばかりの広い空き地があるだけだ。
赤いワンピースのこびとは、炎をまとったトカゲの姿に変わっていた。これは、サラマンドラの戦闘形の姿だっけ。
「魔王サラドラさん、敵がいるんですか?」
「うん、敵だらけだよっ。ライトには、見えてないの?」
「誰も居ないですけど……」
「ここは、ブリザ湿原だよ? なのに、黒土だらけってことは、黒土を吐く魔物がいるんだよっ」
「外来の魔物ですか」
「うん、避難者は、もういないかもね」
「えっ?」
「全滅かもね。ここは寒い湿原なのに、こんなに快適な温度だもの。土の剣士ノームの領地なんだけど」
(全滅!?)
確かに、かなり蒸し暑い。黒土が熱を帯びているみたいだ。湿原が、この黒土のせいで干あがったのかな。
すると、クライン様が口を開いた。
「ノームも妖精族だから、そう簡単に全滅なんてしないよ。それに、彼らは土の妖精だから、黒土に覆われても平気だと思う。ただ、喰われたら終わりだね」
「アイツら、剣士の中で一番弱いんだもんっ。この黒土は、ノームのすみかを押し潰してるよっ」
クライン様も、少し警戒しているようだ。
「ライト、ここを片付けてから、地上に行こう。俺達が力を貸さないと、彼女達だけでは厳しい」
「は、はい」
クライン様がそう言っても、二人の魔王は反論しない。それほど、厳しい状況なんだ。
グラッ!
(地震?)
突然、地面が揺れた。そして、ザザザザッと、変な音がする。
クライン様は、僕達にバリアを張った。
その次の瞬間、土の中から、大量の何かが飛び出してきた。
(何? だるま?)




