40、ガラク城 〜魔王スウの私室にて
「ぜーったいに、ダメ〜」
「スウちゃんの部屋はゴミだらけに違いないけど、この世の終わりなくらいのゴミかもしれない深すぎる謎なのっ!」
「サラドラちゃんは、ダメーっ」
さっきから、ずっと続く女子二人の攻防。そこまで頑なに嫌がるなら、もういいんじゃないかと思うけど、魔王サラドラさんが悪ノリしてるんだよね。
「俺達ならいいのかな」
(いや、ダメでしょ)
まさかのクライン様の言葉に、僕は思わずツッコミそうになってしまった。女性の私室だよ? ありえないでしょ。
「うん? クラインとライトならいいよ」
(えっ!? いいの?)
「ちょ、この二人がよくて、名探偵サラドラがダメな理由が全くわからないわっ」
赤いワンピースのこびとは、ぷりぷりと怒っている。
「ほんと、謎ですね」
僕は、思わず、ポツリと呟いた。すると、魔王サラドラさんは、なぜか僕をビシッと指差した。
「ライト! 謎の上に謎を重ねたら、こんがらがって解けなくなるじゃないっ! 遠慮しなさいよっ」
(遠慮の意味がわからない)
「ええっと……はい?」
「翔太、気にしなくていいよ。そんなことより、魔王スウさんのお部屋拝見だよ」
クライン様は、まるで少年のように、ウキウキしているんだよな。
「ちょ、ゴミだらけで即死しても知らないわよっ」
赤いワンピースのこびとが、手をブンブン振り回している。なんだか、この仕草って、女神様に似ているよな。妖精族特有の……威嚇だろうか。
僕達は、魔王スウさんの支配するワープワームで、彼女の私室に移動することになった。
ワープワームが現れたときは、また乗り物酔いになるかと覚悟したけど、今回はすぐに到着した。
「ワープワームを使うから、どんな場所かと構えたけど、ここって、さっきの広間の地下室だよね」
「やーね。これだから悪魔って嫌いよ〜。ワープワームでしか行き来できない場所ってことにしておいてよね〜」
(全然、イメージとは違う)
クライン様は地下室と言っているけど、暗い雰囲気はない。さっき居たリビングと同じく、明るくて広い。
この場所には、テーブル席が3つあり、壁沿いには、たくさんの棚が並んでいる。奥には、小部屋がいくつもあるようだ。
(普通に、片付いている)
「お客様、こちらへ、どうぞ」
彼女の配下なのかな。数人の女性が現れた。なぜか、メイド服を着ている。思いっきりロリータ系のメイド服だ。
「ありがとう。あっ、翔太、神族の街のお菓子があるよ」
(どういうこと?)
案内されたテーブル席には、なんだか見たことがあるような駄菓子が並んでいる。しかも、表記は日本語だ。
「ふふっ、ライト、びっくりした? ハロイ島で珍しいお菓子を買ってあったのよ。読めない文字なんだけど」
リュックくんが言っていた話を思い出した。日本へ行く手段があるんだ。だから、日本の駄菓子がこの世界に持ち込まれているんだな。
「魔王スウさんは、ハロイ島にある神族の街が気に入ってるんだよ。戦乱が起こる前は、街のカフェでバイトっていうことをしていたらしいよ」
(魔王様が、カフェでバイト?)
クライン様は、バイトの意味がイマイチわかっていないのかな。それより、神族の街では、日本の駄菓子を売っているの?
「食べてもいいですか?」
「うん、いいよ。食べてみて〜。私、どれが安全なのか、わからなくて困っていたの」
「へ? 子供が食べる駄菓子ですよ?」
「袋詰めになってるのを買ったんだけど、綺麗な色の実を食べてみたら、口がひん曲がってしまったのよ〜。だから、食べるのが怖くて〜」
(どういう意味かな)
僕は、懐かしさから、小さな箱に入っているオレンジ味のガムを開けた。今の僕の口なら、これ全部は無理だな。2個にしておこう。
くちゃくちゃと噛んでみる。うん、懐かしいな。
「あー! それも、得体の知れないものなのよね。誰だっけ? 喉に詰まって、死にそうな顔をしていたの」
「これは、飲み込んじゃダメですよ。噛んで、味がなくなったら捨てるんです」
「どういうこと?」
「ガムは、こうして膨らませて遊ぶんですよ」
僕は、風船をつくってみせた。ガム2個では、あまり大きな風船にはならない。だけど、クライン様までが驚いた顔をしている。
「翔太、やり方を教えてくれ」
(えっ? マジですか)
僕は、クライン様にガムのふくらませ方を教えた。だけど、彼は上手くできなくて、なぜかプッと飛ばしてしまうようだ。
「これでいいの〜?」
魔王スウさんは、上手だな。
「はい、完璧です」
「ふふっ、クラインにも苦手なことがあるのね〜」
「今度ハロイ島に行ったら、買い占めて練習するよ」
(意外に、負けず嫌いなんだ)
次にスナック菓子に手を伸ばしたところで、クライン様が真顔で、口を開いた。
「魔王スウさん、俺達に話があるんだよね?」
「やーね。悪魔って、人の頭の中を覗かないでちょうだい! ひゃ、これ……口の中にへばりつくわ」
彼女は、慌てて飲み物を飲んでいる。僕が手を伸ばしたのと同じスナック菓子を食べたみたいだ。
「さっき、翔太が、スウさんの考えてることと同じことを言っていたよ。いや、逆だね。貴女は、ライトの影響を受けて、こんな避難所を作ったんでしょ」
(えっ? 僕の影響?)
「そっかぁ、やはり、ライトは生まれ変わってもライトね。記憶を無くしても、根本的には何も変わらないのね」
「僕が、魔王スウさんに、何か言ったんでしょうか?」
「うん? 直接話したことはないよ。話してみたかったんだけど、いろいろな目があったから近づけなかったの〜。ライトってば、魔族の国は、ホップ村くらいしか行かないでしょ? と言っても、わかんないよね。あはは」
(見られるから、かな?)
「魔族の国は、互いに監視がすごいからね。どこかに行くと、同盟を結んだのではないかとか、いろいろと探られるんだ。だから、あまりウロウロできないんだよ」
クライン様が補足してくれた。
「すごい監視社会なんですね」
あー、ワープワームもあるもんな。互いに疑心暗鬼になっているのかもしれない。
「僕の影響って……」
「ライトが、大魔王に文句を言ってるところを見たんだよねー。二人は仲が悪いから、面白くていつも注目してたんだけど」
(大魔王様が僕を嫌っていることって、有名なのか)
「ワープワームを持つ人は、だいたい魔導塔のまわりを探ってるね。近づきすぎると、殺されるよ?」
クライン様が、彼女に注意をしている。魔女っ子は、誤魔化すように笑ってるけど……。
僕と目が合うと、彼女は微笑んだ。
「あはは、話を続けるね。えーっとねー、ライトが大魔王に、なぜ魔族は互いに殺し合うのかって言ってたの。私、びっくりしちゃったよ。そんなことは、考えたこともなかったから」
「魔族は、常に一番を目指すからね」
クライン様の言葉は、魔族の本質なんだろうな。チカラこそすべて。それが、魔族の考え方なんだ。
「でも、ライトは死霊なのに、しかも、大魔王よりも強いのに、頂点に立とうとはしなくて……。だから、私、それをやってみようと思ったんだぁ。種族に関係なく、楽しく暮らせるようにしてみたいって」
「そうなれば、魔族同士の戦乱は無くなるよね。神族の街で子供時代を過ごした人は、考え方も変わってきているよ」
「この城は、みんな楽しそうでいいなって思ってました」
僕がそう言うと、魔王スウさんは、嬉しそうに微笑んだ。やはり、そっか。彼女は、わざと道化を演じていたんだな。
いま、目の前にいる彼女は、さっきまでの片付けられない魔女っ子とは、随分と雰囲気が違う。魔王らしい気高さもあるんだよね。
「この星の女神イロハカルティア様も、同じでしょ? 女神様の番犬16人は、目指すものが同じだと聞いたわ。無駄な争いを無くし、種族に関係なく自由に生きられる世界にしたいんだよね?」
「えっ……」
クライン様の顔を見ると、コクリと頷いている。
「女神様に賛同している魔王は、数名いるよ。神族の街ができてからティアちゃんは、種族に関係なく子供達の世話をしているんだ。俺もティアちゃんに遊んでもらったから、女神様の考えは直接伝わってきてる。ライトと同じだったんだ。それに、死んだ父さんもね」
クライン様は、ライトと言ったとき、一瞬しまったという表情を浮かべた。
(やはり、僕が、現実を受け入れるべきなんだ)
まだ言葉が上手く話せないときに、周りからギャーギャー言われて、僕は、とんでもなくストレスを感じた。
だから、たぶん、リュックくんが地底に逃げろと言ってくれたんだ。僕が潰れてしまいそうだったから。
リザードマンの家族と過ごして、僕はこの世界に慣れてきた。そして、僕が、女神様の側近だったことも、とても特殊な力を持っていたことも、わかってきた。
星の保護結界が消えると、また神々による侵略戦争が再発する。だから多くの人が、神族のライトに、戻ってきてほしいと願っているんだ。
(だけど、今の僕には……)




