4、イーシア湖 〜ライトを狙う青の神
今回は、主人公ライトが眠っている場面で、大量すぎる登場人物が、どわっと出てきます。
主人公が会話を聞いていない場面での登場人物情報は、スルーで大丈夫です。登場人物の予告編だとお考えください。
僕は、湖に落ちてしまったのか。キラキラと輝く水面がだんだん遠ざかっていく。
(死ぬんじゃ……)
『こっちにおいで、死霊の坊や』
頭の中に、優しい女性の声が聞こえてきた。
(死霊の坊やって、僕のこと?)
手を伸ばすと、何かが僕の手をつかんだ。そして、グンと湖の底へと引きづられるような感覚。
『待つのじゃ!』
遠い水面に、何かがバシャッと飛び込んできたように見えた。だが、僕はそれが何かを確認できず、そのまま意識を手放した。
◇◆◇◆◇
「捕まえてきましたわ。これで、私が役に立つと、タトルーク老師に、紹介していただけますわね」
気を失ったライトを腕に抱きかかえ、妖艶な笑みを浮かべる女性。
「その赤ん坊が、本当にあの死霊なのか? 死霊なら、湖の中でおぼれて気絶するか?」
地底の入り口で、門番をしている巨亀族の男達は、彼女に疑いの眼差しを向けた。
「私は、これでも青の星系の神ですわよ? 青の神ダーラ様の消滅による強制帰還のため、この星に取り残されてしまいましたが」
「弱小な星の女神が、なぜ巨亀族の老師に近づく? 魔族の国を潰せと、復活した青の神ダーラが命じたのか」
「言葉を慎みなさい! 貴方のようなクズが、崇高なダーラ様を呼び捨てにするなど、万死に値しますわ」
妖艶な女性の言葉に、巨亀族の男達は、表情を引きつらせた。そして苦しげに胸を押さえている。
「ふん、アホのダーラの腰巾着か。神なら、他の星の民に危害を与えるでない!」
音もなく現れた小さな猫耳の少女が、巨亀族の男達に淡い光を放った。そして、神だと名乗った妖艶な女性から、ライトを奪い返している。
「なっ、何? 獣人の子供?」
「妾は、謎の美少女じゃ。アホのダーラに置いてけぼりにされたのなら、星の保護結界が消えるまで、おとなしくしておるのじゃ」
その少女の姿を見て、門番の巨亀族の男達は、アッと声をあげた。だが、少女にジト目を向けられ、慌てて口を閉じている。
「お嬢ちゃん、口の利き方を知らないようね。私は、青の神ダーラ様の配下のひとり……」
「名乗らずともよい。アホのダーラの配下の名前には、何の興味もないのじゃ。星の保護結界が消えるまで、このイロハカルティア星の観光でもして、遊んでおればよい」
「なっ、なんて無礼な子かしら! 命が惜しくないらしいわね」
怒りをあらわにする妖艶な女神に、猫耳の少女はニヤリと笑った。
「なんじゃ? 妾にケンカを売っておるのか? 買うぞ、妾は買ってやるぞ?」
妖艶な女神は、その手に魔力を集めた。
だが……。
「魔族の国の入り口で、何を騒いでおるのだ? ティア」
突然現れた、まがまがしいオーラを放つ男によって、妖艶な女神の魔力は消し去られた。そして、その男にギロリと睨まれ、彼女は凍りついている。
「ふん、邪魔するでない。売られたケンカを買ってやろうと思っておったのに」
「ほぅ、赤ん坊を抱きかかえたままで、何ができる? そもそも、勝手にここには来るなと言ったはずだが? うむ? その赤ん坊は……まさかライトか」
「だったら、何じゃ? アホのダーラの腰巾着が、誘拐しようとしよったのじゃ」
「クックッ、それで、おまえが自ら飛び込んで来たのか。護衛も付けずに、大胆なことだな」
「なんじゃ? おぬしも、妾にケンカを売っておるのか? 大魔王メトロギウス。また孫に叱られるぞ?」
「おまえ、自分の状況がわかっておらぬようだな? 俺は、いつでも……」
「いつでも、何? 爺ちゃん」
スッと現れた落ち着いた雰囲気の男に、大魔王メトロギウスは、チッと舌打ちをした。
「何でもない。クライン、おまえの配下が赤ん坊になっておるぞ。第1配下から外したらどうだ?」
「爺ちゃん、俺がそんなことをしないとわかっているだろ? ふぅん、この女神って、俺達と同じ悪魔系か」
「クライン、こやつは、ライトを誘拐してタトルークに売りつけようとしよったのじゃ!」
猫耳の少女は、妖艶な女神を指差して、彼に訴えた。
「そっか、じゃあ、殺そうか」
クラインの目は、凍るように冷たい。何かを予知したのか、大魔王メトロギウスが口を開く。
「まぁ、待て。ティアの口車に乗せられておるぞ。それに、神殺しは、いろいろと面倒なことになる」
「爺ちゃん、俺は、神だろうが何だろうが、こんな状態のライトに害を加える愚か者に、容赦するつもりはないよ」
バタリ!
クラインの言葉で、妖艶な女神はその場に倒れた。
「はぁ、クラインは恐ろしいのじゃ。悪魔の言葉には、トゲがあるのじゃ。トゲトゲなのじゃ」
「ふふっ、ティアちゃんに褒められると嬉しいですよ」
クラインは、少年っぽい笑顔を見せた。その笑顔に、猫耳の少女は満足げに頷いている。そして、小声でクラインに耳打ちした。
「クライン、ナタリーから連絡は来ておるな?」
「はい、記憶のカケラのことですね。ライトが旅をした順番は、俺もなんとなく覚えています。俺がライトと初めて会ったのは、この場所だったな」
「そうか。くれぐれも順番に気をつけるのじゃ。アホのダーラの腰巾着のせいで、めちゃくちゃ焦ったのじゃ。まだライトは、始まりの地の記憶のカケラしか回収しておらぬ」
クラインは、穏やかな笑顔を浮かべている。そして大魔王メトロギウスに、牽制するかのようにチラッと視線を向けた。
「地底の監視はお任せください。わざと記憶を失うようなことはさせませんよ」
「うむ、クラインがそう言うなら安心じゃ。バカな爺が、スカタンなことをせぬよう、監視を頼むぞ」
「ふふ、かしこまりました。あっ、ライトが目覚めないうちに、イーシアに戻らないといけませんね。しかし、ライトの赤ん坊の姿なんて貴重だな。ちょっと、シャインくんに似てますね」
「まぁ、そうじゃな。シャインは、ライトの息子じゃからな。泣き虫なのが、困ったところじゃが」
そう言いつつも、猫耳の少女の表情はやわらかい。
「では、地上へ戻るのじゃ。アホのダーラの腰巾着の始末は、メトロギウスに任せるのじゃ」
「は? おい、ティア、おまえ……」
大魔王メトロギウスの言葉を無視し、猫耳の少女はスッと姿を消した。
「まさか、女神様が自らライトの世話をしているなんて、びっくりだね、爺ちゃん」
「ふん、それほど大事な番犬なのだろう。それに、あいつは妖精だ。地上の小うるさい妖精達と同じく、悪戯好きで、子供好きだからな」
◇◆◇◆◇
(眩しい……)
僕は、草原で眠っていたみたいだ。空には、黄色い太陽が昇っている。何をしていたんだっけ?
起き上がると、キラキラと光る湖が視界に入った。
(そうだ、僕は湖に落ちたんだっけ)
辺りを見回しても、猫のような生き物はいない。それに、森で会って、ここまで一緒に来た青い髪の獣人の女性もいないみたいだ。
(ひとりぼっちか)
ふいに悲しくなってきたが、我慢だ。また、赤ん坊プレイをしてしまうわけにはいかない。
僕は、相変わらず、巾着袋に入っている。あっ、湖に落ちたけど、巾着袋は大丈夫だろうか。湖岸で眠っていたということは、誰かが助け出してくれたのかな。
そういえば、記憶のカケラを探せと、女神様が言っていたっけ。石碑のあった場所で聞いた男性の声も、同じことを言っていた。
でも、どこにあるのかわからない。この湖は、とんでもなく広いんだ。琵琶湖には負けるけど。
僕は、ハイハイをして湖に近寄っていった。うーむ、なぜ湖に落ちたのだろう? 湖岸はこんなに浅いんだけどな。
(この水、飲めるのかな?)
僕は、そっとすくってみた。小さすぎる手では、水がこぼれて上手くすくえない。
(絶対、飲みたい!)
再び、手ですくってみた。でも口に運ぶときには、もう水は手からこぼれている。何度やっても同じだ。
「ねぇ、さっきから何してるの?」
(えっ!?)
僕の頭の中を、何かが駆け抜けた。振り返ると、さっきの青い髪の女性がいる。そして、彼女の頭の上にキラッと光る何かが見えた。
僕は、そのキラッと光る何かに両手を伸ばした。
(届かない……)
「ふふっ、寂しかったのかなー」
そう言うと、彼女は、僕を抱きかかえて、頭を撫でてくれる。なんだか気持ち良くて眠りそうになる。
(いや、寝ちゃダメだ)
僕は、彼女の頭に手を伸ばした。
「なぁに? 私の頭を撫でてくれるの?」
彼女は、僕を高く持ち上げてくれた。キラッと光る何かに、手が届いた!
その瞬間、コマ送りのフイルム映画のように、何かの映像が頭に流れ込んできた。そして、その映像は、僕の頭の中に、遠い記憶として残った。そっか、彼女は……。
「あとら……さま」
「えっ!? ライト、何か思い出したの? あっ、記憶のカケラを見つけた?」
僕は、コクリと頷いた。すると彼女の目から、ポロポロと涙がこぼれてきた。
「あはっ、ごめんね。なんだか嬉しくて。あっ、でも、思い出したのって、あたしの名前だけかな?」
「……しゅき」
(くそっ、すの発音ができない……)
僕は、この湖で、彼女に恋をしたんだ。