34、アージ沼 〜黒ずくめの暗殺者のような男
「すごっ……」
サラマンドラの魔王が放った強烈な炎によって、空中に浮かび上がっていたムカデのような魔物や、それを狙う魔物は、一気に燃えあがった。
そこに、クライン様が、強い風を巻き起こしたんだ。
すると、燃えかすとなった魔物は、空高く舞い上がり消えていった。いや、灰のような物が、沼の周りの草原に降り注いでいるようだ。
月明かりで、キラキラと輝きながら落ちる燃えかすは、なんだかとても綺麗に見える。
それに、すんごい悪臭も、炎に燃やされたのか、風に飛ばされたのか、この付近からは消えている。
「ボケ爺! あの岩みたいな亀に、キチンと説教しておきなさい! アイツが、百足魔物を沼の底に埋めなければ、沼はこんなに臭わなかったわ。外来の百足魔物は、繁殖のときに強烈な臭いをまとうのよ!」
サラマンドラの魔王は、見た目や言動とは違う。さすが最古の魔王だな。リュックくんが、彼女達が強いと言っていたことにも納得だ。リザードマンには解決できなかったことを、一瞬で見極め、対処してしまうんだから。
「あ、あぁ、わかった。沼の件、感謝する」
リザードマンの魔王が、彼女に頭を下げたよ。へぇ、いさぎよいんだな。
「当然よっ。名探偵サラドラに不可能はないわっ。あーはっはっは」
(また、腰に手を当てて笑ってる)
でも、すごい力だよね。それに、彼女は、この高笑いをするためだけに、沼の問題を解決したみたいだ。
確かに無害だな。いや逆に、とてもありがたい存在なんじゃないのかな。
「ライトさま、もくげきゆうどうが、かんりょうしました」
(ん? 目撃誘導?)
生首達の族長さんが、意味不明ことを言ってきた。目撃誘導って何のこと? 僕が首を傾げていると、クライン様がコソコソ話をするように、口に手を当てた。
「翔太、魔族の国には、天使ちゃんのようなワープワームを支配している者は、それなりの数がいるんだ。この光景をあえて、見せているんだよ」
クライン様は、普通の声量だ。コソコソ話じゃないのかな。
「うん? あの……」
「翔太は、話さなくていい。思い浮かべてくれたらわかるよ。ワープワームは、映像を主人に見せるけど、音声は伝えられない。だから口元を隠せば、何を話しているか、わからないんだ」
僕は、軽く頷いた。だから、普通の声なんだ。でも、なぜ、この光景を見せる必要があるのかな。
サラマンドラの魔王は、まだ笑っている。楽しそうだよね。リザードマンの何人かにお礼を言われたみたいだ。そのたびに、わははと笑ってるんだよね。
(なんだか、かわいいかも)
突然、頭の中に映像が流れてきた。
目つきの鋭い男の映像だ。黒い髪に黒いシャツとパンツ。なんか暗殺者っぽい。
その男は、岩だらけの場所から、パッと飛び立った。黒い羽が生えている。魔族の国の住人って、羽を出せる人が多いんだよな。
(何、これ?)
「ちかづいてくるモノのじょうほうです」
生首達の族長が、僕の耳元でささやいた。いつの間にか、僕の肩に乗っている。
その直後、空から黒い何かが、近くに降り立った。
リザードマン達が一気に緊張している。クライン様も、少し表情が変わった。警戒? いや、緊張だろうか。
「フェイクかと思ったら、マジかよ」
バサリと羽ばたいた後、その男は羽を収納したようだ。もう、完全な人型だな。機嫌が悪そうだけど、こういう顔なのだろうか。
年齢不詳な感じだけど、モテそうだな。ヤンチャしてましたっていう雰囲気だ。
すると、彼に気づいたサラマンドラの魔王は、ふわふわと近寄っていった。そして、彼をビシッと指差している。
「今頃、来ても遅いよっ。このアージ沼が臭〜い謎は、名探偵サラドラが解決したわっ。あーはっはっは」
「は? 何を言ってんの? そんなことに興味はねぇよ。それより、変な噂が流れてきたんだけど……流したのは、おまえだろ」
はて? と首を傾げるこびと。
「だーっ、もう、イラつく! ライトのことだよ! あの死霊が、女神を裏切るわけねぇだろ。それに、大魔王の座を狙うとか、今さらじゃねぇか」
(この人、誰?)
サラマンドラの魔王は、僕とその男を何度も見比べるように、首をせわしなく動かしている。
(何か迷っているのかな?)
そして、再びその男を、ビシッと指差した。
「翔太、コイツは神族のくせに、魔王争いに負けちゃった闇竜なのだっ。最近、機嫌が悪いから、迷惑なのよねっ」
(僕に、説明してくれた?)
闇竜ってことは、ダークドラゴン!? ひぇっ、ドラゴンなんだ、この人。だから、暗殺者っぽいんだな。
「おい、サラドラ! ふざけたことを言ってんじゃねぇぞ。俺は、魔王争いに参加なんてしてねぇからな」
「あーはっはっは、ドラゴン族は、前魔王マーテルの娘に、みーんなビビってるのよね〜。でも、なぜ、マーテルは魔王をやめたのかな?」
腕を組み、考えるこびと。頭の上の花が、なぜかピコピコと動いている。何かのセンサーなのかな?
「バカのあたまのはなは、こうはんいのねんわに、つかっているようです。ませきで、できているので、マナをためてるのです」
(念話? へぇ。あれ?)
生首達の族長さんの姿が、肩から消えている。
「すがたをかくしております。バカが、ちかよってきたので」
(な、なるほど)
なんだか、シーンとしている。サラマンドラの魔王が考えているときは、話しちゃいけないのかな。
すると、クライン様が苦笑いを浮かべながら、口を開いた。
「それは、マーテルさんは、ウチの爺ちゃんと……」
「ぬわぁ〜っ! クライン、いま、名探偵サラドラが謎を解いているのよっ。答えを言っちゃダメでしょ!」
クライン様が、僕に視線を移した。なるほど、こうなるんだと、実演してくれたのかな。
神族だという闇竜も、不機嫌な顔をしながら、静かにしている。いや、彼は何かを探しているみたいだ。
「かれは、ライトさまをさがしています」
(ん? ここにいるよ? それに、さっきサラドラさんが、翔太って呼んだし)
「かれは、ショータがライトさまだとは、きづいていません」
(僕の知らない人?)
「いえ、よくごぞんじのかたです。アダンさんは、ライトさまのこうはいにあたります。ですが、ゆだんはなりません」
(そっか)
「アダンさん、なぜ、ここに?」
クライン様が、彼に問いかけた。
「噂が事実かを確かめに来た。魔王サラドラが、リザードマンの沼で、大魔王の座を狙おうとしている死霊と遊んでいると聞いたからな」
「遊んでいるのは、サラドラさんだけですよ?」
クライン様の言葉は無視し、彼は沼の方もジーッと見ている。そうか、神族ってことは、『眼』を持っているんだ。僕が隠れていると思って、捜しているのかな。
「アイツをどこに隠したんだ? クライン」
するとクライン様は、面白そうな表情を浮かべている。
「アダンさん、先輩を捜しているんですか?」
「ふん、どうせ、アイツは能力を使って気配を消しているんだろ。生まれ変わっても、ウザすぎる」
(僕は、この後輩に嫌われているのか)
リザードマン達にも、神族のライトは嫌われていたもんな。クライン様が話してくれて、少しマシになったけど。
クライン様は、僕の方を向いて、軽く頷いた。
(何? 名乗れってこと?)
でも、生首達の族長さんが、彼は油断できないと言っていた。嫌われているのに、名乗っても大丈夫なのかな。
すると再び、クライン様が頷いた。
「あの……アダンさん」
そう声をかけると、彼の視線が僕をとらえた。そして、めちゃくちゃ驚いたのか、目を見開いている。
(だよな。今の僕は、5歳児くらいだ)
「なんだい? 小さくて見えなかったよ。坊や」
なぜか、彼は、めちゃくちゃ笑顔だ。嫌われているんじゃないのかな。先輩には、こんな顔をして、陰で文句を言ってるタイプ?
「あの……」
「あぁ、ごめんよ。怖がらせたよな。でも、なぜこんな所に、こんなに可愛い死霊の坊やがいるのかな」
(えっ……?)
彼は、とても優しい表情だ。作り笑顔には見えない。
「あぁ、そうか。いま、ニクレア池は、外来の魔物の巣になっているよな。だから、この沼に遊びに来ているんだな。しばらくは、ニクレア池には近寄らない方がいいぞ」
「は、はい……」
思わず返事をしてしまった。すると、彼は、優しい笑顔で何度も頷いている。
(どういうこと?)
突然、空から赤黒いものが、ハラハラと降ってきた。
(雪? いや、これって……)
すると、彼は、満面の笑顔になっている。
「天使ちゃん達も、来たのか? うるさいサラドラを連れ帰れと、誰かに頼まれたの?」
彼は、生首達を腕いっぱいに集めて、幸せそうにキュッと抱きしめている。見た目と行動があまりにも違うんだよな。
他の生首達は、僕のまわりに集まり始めた。そして、僕にくっついて、ピカピカと光っている。
(あっ……)
コマ送りのフイルム映画のように、何かの映像が、次々と頭に流れ込んできた。
(コイツは、生意気な後輩アダンだ)




