3、イーシア湖 〜猫ふんじゃった
ガゥ〜!
(うん? 何の声?)
僕が目を覚ますと、見たことのない獣が木の下に集まってきている。一瞬ヒヤリとした。でも、獣は尻尾を振っているようだ。敵意はないらしい。
なぜか僕は、高い木の上にいる。
えーっと、確か、考え事をしていて眠くなったんだよな。ここは、どこだろう? さっきの石碑は……。
(えっ!? 何、遠視? いや透視?)
さっきの石碑を探そうとすると、目がめちゃくちゃよく見えるようになった。木々がなぜか透明になって、石碑を見つけることができたんだ。
少し距離があるけど、飛んできたのかな。
ハッとして、僕は自分の身体を確認した。やはり、巾着袋に入っている。手を出してみると、ムチムチだけど、僅かに長くなったような気がする。もしかして、すごいスピードで成長しているのだろうか。
さっき、霊体化と念じたことで、僕は飛ぶことができるようになった。そして、キラッと光る何かに触れたことで、思い出したことがある。
僕は、この世界に転生するときに、女神様から、『眼』『器』『能力』と、しょぼい基本魔法を操る能力、そして『リュック』を渡されたんだ。
たぶん『リュック』は、僕が入っている巾着袋のことだよな。この世界に転生してきたときは、僕は17歳の身体だったから、背負っていた気がする。
そして『眼』というのは、今の遠視や透視ができる『眼』か。女神様の落とし物を見つけるための力だったと思う。
あとの『器』『能力』はよくわからない。あっ、さっきの幽霊から聞いた話……そっか、霊体化が、女神様から与えられた『能力』なんだ。
(うん? 霊体化?)
まさか、さっき飛んでいたのは、幽霊になっていたってこと? 手が見えなくなったりしたのも、身体をねじっても、青い何かしか見えなかったのも、そのため?
(僕は、青い幽霊?)
『やっと見つけたのじゃ! なぜ、こんな場所にいるのじゃ』
突然、頭の中に声が響いてきた。この独特な話し方って……。
『妾は、女神イロハカルティアじゃ。始まりの地の記憶のカケラは回収したのじゃろ?』
僕は、声の主を探した。あちこち見回しても、女神様らしき姿はない。
『これは、念話じゃ。妾は、城におる。全世界に向けたお知らせを見ていなかったのか』
(お知らせ? あっ、映画予告!)
『ちがーう! 芝居ではないのじゃ。ふむ、まだ翔太の感覚のままじゃな。キミがこの世界に来たのは、100年前のことじゃぞ。早く記憶を取り戻してくれぬと、いろいろと困るのじゃ。さっさと次の記憶のカケラを探しに行くのじゃ!』
(なんだか、怖い)
女神様の語気の強さに、僕はなぜか怖くなってきた。
「おぎゃー、おぎゃー」
(えっ!? なぜ、泣く?)
『の、のわっ!? ライト、赤ん坊の真似をするのはズルイではないか。妾がめちゃくちゃ悪い大人のような……』
「おぎゃー、おぎゃー」
(ダメだ……自分では抑えられない)
焦る女神様に悪いなと思いつつも、怖いんだから仕方ない。身体の精神年齢に引きずられているのか。
「ガゥ〜! ガゥガゥ」
木の下にいる獣達が、騒がしくなってきた。
(うん? 何?)
何か小さな生き物が混ざっている? よく見ようとして、身を乗り出すと、グラリと視界が傾いた。
(落ちる!)
木の枝をつかもうとした僕の短い手は、空を切った。
(あっ、れ、れいたい……)
霊体化が間に合わず、ドサリと何かの上に落ちた。だけど痛くはない。獣達が、僕のクッションになってくれたのか。
「おぎゃー、おぎゃー!」
安心したら、また泣いてるよ、僕……。
「こんなとこで、何してるの?」
(えっ?)
僕を抱き上げてくれたのは、青い髪の二十歳前後に見える女性だった。頭の上に、耳がある。獣人!?
しかも、めちゃくちゃ可愛い。僕は、頬が熱くなるのを感じた。赤くなっているのかもしれない。
「ふふっ、かわいい。あっ、猫ちゃんを踏んじゃったのね」
そう言われて、視線を落とすと、見たことがあるような猫みたいな生き物が、ペチャリと潰れていた。
(げっ、猫の上に落ちたのか)
死んだのか……猫は、潰れていて動かない。だけど、僕を抱きかかえてくれている女性は、慌てる様子もなく笑顔だ。
少し経つと、猫は光に包まれて、ひょいと立ち上がった。そして、僕をジト目で睨んでいる。
(あれ? こいつ……)
『ひどいのじゃ! せっかく、ライトのお世話をしようと思って来たのに、踏み潰すなんて、ひどいのじゃ!』
頭の中に、女神様の声が、ギャンギャン響いた。まさか、この猫みたいな生き物って、女神様なのか?
「ふふっ、猫ちゃんは復活したね。この子は、女神様が魔力で創り出しているんだよ」
「あぅ、わぅ」
(しゃべれない……)
「うんうん、大丈夫だよ。女神様の分身だけど、女神様自身じゃないの。心配しないでいいよっ」
僕は、コクリと頷いた。この人、僕の気持ちを察してくれる! なんていい人なんだろう。
周りにいる獣は、狼だろうか。なんだか怖そうだけど、やたらと尻尾を振っている。やっぱり敵意はなさそうだな。
猫が歩き始めた。歩くというより、ワープだよな。猫は声を発しない。魔力で創られているから話せないのかな。
「ふふっ、猫ちゃんがついてきなさいって言ってるよ。あー、自分の足で歩きなさいって。でも、まだ歩けないよね」
青い髪の女性は、僕を地面にそっと置いた。そして、何かの光を僕に放った。
(えっえっええ〜っ?)
僕は、ふわりと浮かんでいる。さっきの幽霊の姿ではなく、巾着袋に入ったまま、空中に浮かんでいるんだ。
「重力魔法だよ。たぶん、キミも使えると思うけど。さっ、行こっ」
驚く僕に、彼女は手を出した。僕は、その手に自分の手を重ねた。ちょっと照れる。
彼女は、やわらかく微笑み、僕の手を引いてくれた。浮かんでいるから、手を繋いで歩いているというより、運ばれているような感じだ。
(うわぁっ、すごい!)
木々が途切れると、そこには大きな湖があった。猫のような生き物は、ここに連れて来たかったんだな。
『ライト、次の記憶のカケラを探すのじゃ! このイーシア湖のどこかにあるはずじゃ』
そんなことを言われても困る。とんでもなく大きな湖だ。対岸は、普通に見ても見えない。
「たぶん、何かのキッカケが必要なんだと思うよ。キミが初めてここに来たときは、湖は、もっと小さかったからなー」
青い髪の女性は、懐かしそうに微笑んでいる。僕は、彼女と、ここで会ったんだな。どういう関係なんだろう。あっ、名前を尋ねてもいいのだろうか。
「あぅ、あぅぅ」
(しゃべれないんだった……)
「ふふっ、なぁに?」
きょとんとして首を傾げる彼女。くぅ〜、かわいすぎる。破壊力が半端ない。僕は、また顔が熱くなってきた。
ふと、視界に、猫のような生き物のジト目が割り込んできた。なんだか構ってほしくて拗ねているかのようだ。
『いちゃこらしていないで、さっさと探すのじゃ!』
(い、いちゃこらって……)
僕は、辺りを見渡した。記憶のカケラと言っていたっけ。キラッと光っていたよな?
(うーん、ないよな)
「でも、もう夜になるから、里で泊まって、明日にしてみる?」
(里? この女性の家?)
僕は、コクリと頷いた。
『それは、ダメじゃ。訪れる順番が狂ってしまうと、記憶のカケラは現れずに消えてしまうのじゃ。ライトは赤ん坊じゃから、もう眠くなってきたのか? それなら、イーシア湖で泊まるのじゃ』
女神様は、青い髪の女性にも、この念話を聞かせているみたいだな。彼女は、ハッとして頷いている。
「じゃあ、食べ物と、何か寝床になりそうなものを持ってくるね」
青い髪の女性は、そう言うとスッと姿を消した。
(ひゃっ!)
彼女がいなくなると、重力魔法が解けて、僕は草原に転がった。びっくりした。思わず泣きそうになるのを必死に我慢した。
下手に泣くと、また、女神様からギャンギャン言われそうだもんな。女神様って、見た目とは随分、雰囲気が違うんだよね。
猫のような生き物は、草原で素知らぬフリをしている。記憶のカケラって、僕自身にしか探せないのだろうか。
草原に生えている草は、不思議な匂いがする。僕は、ぷちっと摘んでみた。あはっ、なんだか楽しいかもしれない。いい音がするんだよな。
僕は、草原をハイハイで移動し、不思議な草をぷちぷちと摘んで、巾着袋の底の方に入れた。なぜか、巾着袋に入れたくなったんだ。踏んでしまわないように気をつけなきゃ。
青い髪の女性は、もう夜になると言っていたけど、まだまだ明るい。
(あれ? 色が……)
なんだか、湖のキラキラの感じが変わったような気がする。さっきまでは、鏡のようにキラキラしていたのに、少し光が弱くなっている。
空を見上げて、その原因がわかった。太陽が、赤くなってるんだ!
(あれ? 二つある?)
空は、黄色い太陽が沈みかけていて、赤い太陽が昇っていく?
『あ、あぶないのじゃ!』
バッシャーン!
(うっぷ、く、苦しい、な、何?)




