25、アージ沼 〜沼で狩りをする
「ぼくも、やってみたい」
リザードマンの子供達が楽しそうに魚を捕まえているのを見ていて、僕は、つい、そんなことを言ってしまった。
「そうか? うーむ、坊やには剣は無理そうだな」
門番のリザードマンは、辺りを見回した。そして、沼に生えている植物を引っこ抜いた。彼は、それをあっという間に、槍のような形にしてくれた。
「ショータ、持てるか?」
木の槍のような物は、とても軽い。
「うん、かるいよ」
「よし! 俺達リザードマンは、狩りの中で強くなるんだ。今のショータは、あまりにも弱くて可愛いから、少し鍛える方が安心だな」
(可愛いは、関係ないよね?)
「父ちゃん、それって、赤ん坊用の武器?」
「あぁ、そうだぞ」
「ショータは、赤ん坊より弱いよ?」
(えっ? まじ?)
「大丈夫だ。ショータには、魔法力があるからな」
そして僕に丁寧に、槍の持ち方や、魚の狩り方を教えてくれる。
この沼に生息する魚は、ほとんどが食べられるけど、小さな魚は危険なのだそうだ。強い毒を持つものが多いらしい。
「まずは、魚の動きをよく見るんだ。そして、その動きを予測する。鼻先を突くつもりで、思いっきり突き刺すんだ」
「はい」
僕は、教えられた通りにやってみた。だけど、魚の動きが速い。僕は、魚の頭を狙っているのに、尾ひれに触れるか触れないかって感じだ。
「もっと、素早く刺すんだよー」
「ショータは、力が弱いから、両手で突くんだ」
子供達も教えてくれる。
ブスリ!
(あぁぁぁ……刺したのに)
なんとか刺したのに、槍ごと逃げられて、僕は沼の中で転んだ。足場には、大きな葉を敷いてくれていたから沈まないけど、全身泥だらけだ。
(や、やばっ。涙が……。我慢だ!)
「ありゃ、ショータが転んじゃった。キャハハ」
「心配しなくても大丈夫だぞ。母さんが、家に入る前に洗ってくれるからな」
「……うん」
新しい槍を、子供達が作ってくれた。手慣れている。こうやって、自分より幼い子の世話をしているんだな。
ブスリ!
何度も槍を失って、やっと、逃げられずに刺すことができた。めちゃくちゃ達成感だ。
「ショータ、やったな」
「えらいぞ! しかも、アージじゃないか。美味いんだぞ」
(めちゃくちゃ嬉しい)
「うん、やっとできた」
「じゃあ、家に帰って、母さんに見せよう!」
子供達は、かなりの数を捕まえている。門番の彼は、見張りかな? 子供達の動きをジッと見ている。僕と目が合うと、優しい顔をしてくれた。
(この家族、いいな)
家に入る前には、大きなリザードマンが、ブシャーっと水をぶっ掛けた。その水圧に、僕は後方へ飛ばされた。
危うく、手に持っていた槍を手放しそうになった。
「あっ、坊や!」
沼の臭いが嫌いだと言っていたのに、大きなリザードマンは、僕を助けに来てくれた。足場のない沼って、どんどん沈んでいくんだよな。
「坊や、大丈夫? ごめんなさいね」
そう言いつつ、僕の頭から水魔法をぶっ掛けている。子犬をホースで洗っている感覚みたいなものかな。
「だいじょうぶ」
「よかったわ。坊やは、強い子ね」
乾かすのは、門番の彼の役割みたいだ。リザードマンの子供達に、ぶわ〜っと風魔法を使っている。でも、濡れた身体に風魔法は、寒いよな。
僕は、弱い風魔法と火魔法を同時発動してみた。うん、温かい。水魔法も混ぜれば、服の中の泥が洗えるかな?
再び、風水火の弱い魔法を同時発動してみる。わぁっ、シャワーを浴びたみたいにスッキリした。シャワー魔法だね。
「坊やは、魔法を使えるんだったね。一人で出来て、偉いよ」
大きなリザードマンに褒められると、素直に嬉しい。
「ありがとう」
「はぁぁ、かわいいわね〜」
彼女は、また気持ち悪い顔をして、悶えている。リザードマンって、ほんと、小さくて弱い者が好きなんだよね。
家の中では、捕まえた魚の数自慢大会が始まっていた。僕は、一匹だけなんだよな。さっき、吹っ飛ばされたときにも手放さなかった戦利品だ。
「ショータは、アージを狩ったんだ。すごいぞ」
「初めての狩りは、捕まえられない子も多いんだ。ショータ、頑張ったな」
子供達も褒めてくれる。
「うん、がんばったよ」
僕がそう言うと、いくつかの手が出てきた。みんな、ソーッと、僕の頭を撫でる。力の加減がわからないんだろうな。
「ショータのアージは、しっかり焼く方がいいだろうな。自分で、出来るか?」
門番の彼にそう言われて、僕は頷いた。
「やってみる」
僕は、火の玉を出し、木の槍に刺さった魚をその上で焼いた。槍に刺さっているから、クルクルとびっくり返しやすい。
(魔法って便利だなぁ)
子供達は、腹の辺りだけを焼いて、丸ごと食べているみたいだ。毒を持つ魚がいるからかな。
僕は、しっかり焼いた魚に、かじりついた。ふわふわな白身魚だ。脂ものっている。何の味付けもしていないのに、塩気を感じる。皮の部分が塩辛い。沼には塩分が含まれているのかな。
「ショータ、どうだ?」
「おいしい。ちょっと、しおからいけど」
「焼くと、塩辛くなるんだよ。皮をむいて食べるといいぞ。こないだ拾った獣系の赤ん坊も、塩辛いと言っていたが、皮をむけば大丈夫だったよ」
門番の彼は、あちこちで赤ん坊を拾ってくるのかな。
「わかった、やってみる」
皮をむいて食べると、僕には逆に薄味になったけど、まぁ、いっか。
「坊や、アージ1匹では、腹の足しにならないだろ? オラのを食べるか?」
「じゃあ、俺も、あげるよ」
「えー、じゃあ、あたいもー」
僕の足元に、魚をどさどさと放り投げられる。
(優しい〜)
「ぼく、ひとつで、おなかいっぱいだよ」
「ええ〜? そうなのか?」
「ショータは、小さいもんね」
足元の魚は、次々と回収され、子供達の口の中に消えていった。めちゃくちゃ食べるんだな。
「さぁ、みんな、昼寝の時間だぞ」
門番の彼がそう言うと、子供達はそれぞれ自分の寝床に散っていった。めちゃくちゃよく寝るんだな。
「ショータは、眠らないのか? 寝ないと大きくなれないぞ」
「あ、はい」
「坊やの寝床を作っておいたよ」
大きなリザードマンは、土のかまくらみたいな物を、指差している。中は、大量の草が敷き詰められているだけで真っ暗だ。
「死霊は、光に弱いだろう? 昨夜は布をかけただけだったから、眠れなかったんじゃないかい?」
(あの布は、そのためだったんだ)
「ありがとう」
お礼を言うと、大きなリザードマンは、また悶えている。これは、喜んでいるのかな。
僕がその中に入ると、どこかへ運ばれた。昨日の部屋かな。僕は、狩りの疲れと満腹感で、すぐに眠くなった。
◇◆◇◆◇
「ライトは、どこに隠れておるのじゃ? 順番をすっ飛ばすと、記憶のカケラが現れなくなるのじゃ」
女神の城の居住区のカフェでは、猫耳の少女が大きなパフェを突いている。
「リザードマンの領地みたいだわぁ。ふふっ、天使ちゃん達の地底のすみかの近くね〜」
紅茶を飲みながら、色っぽい女性ナタリーは、笑みを浮かべた。
「どこかの沼にいるのは、天使ちゃんからの情報で、わかっておる。似たような沼ばかりじゃから、どの沼かわからぬのじゃ」
「いろはちゃん、ライトくんの居場所がわかっても行っちゃダメよぉ。今は、死霊のショータとして暮らしているんだもの」
「なぜじゃ? なぜ、神族のライトは死んだとか言うておるのじゃ」
「あら、地底にいるライトくんの頭の中まで覗いているのぉ? いろはちゃんってば、エッチねー」
「のわっ!? わ、妾は、破廉恥ではないのじゃ! 天使ちゃんが、心配して、妾に知らせてくるだけじゃ」
慌てる猫耳の少女。そんな彼女の反応を楽しみながら、ナタリーは、口を開いた。
「でも、ライトくんが魔族の国で隠れているのは、今は好都合だわぁ。ハデナの件で、青の星系の神々だけではなく、赤の星系の神々まで、ライトくんを捜しているもの」
「ふむ。リュックが、ライトを誘導して隠しているのやもしれぬ。沼の中で暮らす種族の家の中まで、サーチはできぬからな」
「だけど、地底は、外来の魔物があふれてるから、小さなライトくんは心配だわぁ」
「それは、妾に、狩りに行ってもよいと言っておるのか?」
「いろはちゃんは、ダメよぉ。逆に獲物にされちゃうじゃない。また、バカなことをして、生命エネルギーがすっからかんになっているでしょ」
ギクリとする猫耳の少女。
「なっ? ジャックじゃな! うぬぬ……口止めしておいたのに告げ口をするとは、ジャックはしょぼいのじゃ!」
「いろはちゃん、100年前とは違うのよ? イロハカルティア星だけじゃなくて、黄の星系を創造した創造神であり、黄の星系を統べる神なのよぉ?」
「だから、何じゃ?」
「もっと、自覚してちょうだい」
「妾は、シャキッとしておる。そんなことより、外来の魔物狩りじゃ。妾が地底に行ってもよいのじゃな?」
「ダメって言ったでしょ! はぁ、もう〜、ライトくんがいないと、私だけでは制御不能だわぁ」




