24、アージ沼 〜ショータ、大切にされる
「ショータ、朝だぞ。機嫌は直ったか?」
布をソーっとめくる怪物の顔に、僕は、一瞬ヒヤリとした。距離が近いと、やっぱり怖い。
僕は今、リザードマンの家にいる。彼らには、名前がなく、家の特徴から家族全員がトンガリと呼ばれているらしい。
昨日は、あの後、焦った彼らが慌てて僕の寝床を作り、そのまま軟禁された感じになったんだ。
僕は、つるんとした巨大な陶器の深皿に、何かの草の塊と、いろいろな食べ物と一緒に入れられていた。そして、僕が逃げないようにするためか、巨大な布で皿が覆われていたんだ。
一瞬、僕が食べられるのかと焦ったけど、違った。
草の塊は、僕のベッドのつもりらしい。そして、僕が何を食べるかわからないから、家にある様々な食べ物を放り込んだみたいだ。何も食べなかったけど。
「……うん」
小さく返事をすると、彼は、パッと布を外した。そして、巨大な皿ごと、僕をどこかへ運んでいく。
(まさか、食卓行きじゃないよな?)
「坊やが起きたみたいだぞ」
僕の入った皿は、大きなテーブルに置かれた。ちょっと待って。このテーブルって食卓に見えるんだけど!?
「あれ? エサが全然、減ってないじゃん」
「死霊のエサってなんだろう? なんでも食べるよな」
「腐ったものしか食わないのかも」
(いや、腐ったものは食べないから)
リザードマンの子供達は、僕が何も食べていないことにショックを受けているようだ。
「お腹が空いてなかったんじゃないかい?」
大きなリザードマンが近寄ってきた。そして、僕をソーッとつまんで、すんすんとニオイを嗅いだあと、テーブルの上に置いた。
(えっ? どういう状況?)
「母さん、この子、臭くないよね」
「人化していたら、死霊でも臭くないみたいだね。坊やに、誰がエサをやるんだい?」
大きなリザードマンがそう言うと、子供達は、両手をあげている。お手上げのように見えるけど……。
「やった! エサやり係〜」
何か壺のような物を受け取った子供が、僕が座っているテーブルに近寄ってきた。
大きなリザードマンは、テーブルの上に、次々と魚や肉を並べ始めた。
(ちょ、僕のことは食べないよな?)
「ショータ、こっちを向けよ。悪魔族の食べ物を、父ちゃんが買ってきたんだぞ」
「えっ? そうなの」
「そうなのだ。嬉しいだろ? あー、でも、悪魔族には戻れないけど……」
「バカ! また、そんな話をして、ショータが泣いたらどうするんだよ!」
(完全に悪魔族だったと思われてる)
壺のような物のフタを開け、子供が僕に見せた。だけど、中に何が入っているか、よくわからない。
大きなスプーンで中身をすくって、僕の口元に近づけられた。これは、食べないと、またショックを受けるかな。
オレンジ色のゼリーに見える。
僕は、スプーンから、パクリと食べた。
「うおー! 食べたぞ!」
「小さな口だな。こんなに少ししか減ってない」
(リザードマンと一緒にされては困る)
イメージとは違う味だった。ゼリーというより、あまり甘くないプリンのようだ。不味くはないけど……。
「オラも、エサやりしたい〜」
「あたいも〜」
自分で食べられるのに、なぜか、食べさせたがるんだよな。僕は、完全にペット扱いだ。なんだか、犬や猫の気持ちがわかってきたかも。
(好きに食べさせてくれ)
だけど、子猫や子犬に、エサを食べさせたがる気持ちは、わかる。手から食べてくれたら嬉しいもんな。
(はぁ、仕方ない)
僕は、いつの間にか増えているスプーンから、少しずつ、甘くないプリンを食べた。僕が食べるたびに、リザードマン達は、なんだか悶えるんだよね。
「はぁぁ、かわいいよね」
「あまり近寄るなよ、怖がるぞ」
「でも、こんなので、お腹がいっぱいになるか?」
(もう、タプタプ……飽きてきた)
テーブルに乗っていた魚や肉は、みるみるうちに無くなっていく。生肉はそのままだけど、魚は、焼いて食べるみたいだ。各自で剣に刺して、火魔法でボゥッと焼いている。なんだか美味しそう。
「やきざかな……」
「おぉっ? 坊や、魚を食べたくなったか?」
僕がコクリと頷くと、また、何人かが悶えるんだよな。そういう種族なのだと割り切ろう。
「じゃあ、食え」
目の前に差し出されたのは、剣に刺さった巨大な魚だ。
「ちょっと、お待ち。それはヒレに毒があるよ。坊やみたいな小さな子は、死んでしまうんじゃないかい」
大きなリザードマンが、子供を制した。
「うげっ、危なかったな。そうか、じゃあ、ショータが食べられる魚を狩りにいく?」
「父ちゃん、ショータのエサを狩りに行こうよ」
「わかった。じゃあ、ショータに、アージ沼での狩りを見せてやろうか。早くごはんを食べてしまいなさい」
子供達が張り切り始めた。すごい勢いで食事がすすむ。なんだか、間違えて僕が食べられるんじゃないかと緊張する。
なぜ、僕は、食事が並ぶテーブルの上に座らされているんだろう? 彼らの衛生観念がわからない。
(あっ……ぬいぐるみ感覚? いや、珍獣?)
僕をここに連れてきてくれた門番は、食事をしながら、僕を眺めて、気持ち悪い顔でニヤけている。僕の子供達もだな。
とりあえず、珍しいから、みんなから見える場所に置いたってことかな。
「ショータも、食べられる物は、食べるんだぞ」
「うん」
僕が返事をすると、たくさんの怪物が悶えている。でも、みんな、優しい顔だな。
(はぁ、また、ちょっとチクチクする)
彼らは、僕をとても大事にしてくれている。僕が、神族のライトだと知られると……彼らは、騙されたと思うのだろうか。
(罪悪感。でも……バレなきゃいいんだ)
僕は、まだ、ライトとしての記憶はあまりない。
女神様や、これまでに関わった人達は、今の僕のことを見ていない。みんな、生まれ変わる前の僕のことしか見ていないんだ。
今の僕は、生まれ変わる前とは、ステイタスが違うらしい。回復特化の、女神様の側近だったみたいだけど、今の僕は、特別、回復魔法力が優れているわけではない。
リザードマンが言っていたように、バランスの良いステイタスなんだ。逆の言い方をすれば、特徴がない。
きっと僕は、成長しても、みんなが期待しているような神族のライトにはなれないと思う。
ニクレア池で、記憶のカケラは現れなかった。次の目的地のホップ村は、無くなっていた。巡る順番を守らないと、すっ飛ばした地の記憶のカケラは、消えてしまうと女神様は言っていた。
(もう、無理じゃん)
記憶のカケラを見つけると、僕はぐんと身体が成長するみたいだ。今は、3歳児くらいなのかな。まだ、2歳半くらいかもしれない。
これで止まってしまうのかも。いや、ぐんと成長しないだけで、後は普通に成長するのかな。
女神様は、僕が早く記憶を取り戻さないと困ると言っていた。星の保護結界が消えると、再び戦乱になりそうだからだよな。
だけど、ライトに期待しているのかもしれないけど、僕は、生まれ変わる前とは違うんだ。みんなの期待には応えられない。
(僕、ずっと、ここに居ようかな)
地底だと、弱い死霊には優しくしてくれる。ぎゃんぎゃんうるさい人もいない。ここの方が、暮らしやすいかもしれない。
僕の二度目の異世界ライフは、地底でのんびりするのもいいかもしれない。
チラッと、アトラ様の顔が浮かんだ。
(片想いだもんな。もう、いいや)
そういえば、僕にはシャインという名の息子がいるんだっけ。泣き虫だと言っていたな。まだ、小さいのだろうか。
だけど、きっと今の僕の方が小さいよな。母親は、ハデナのケトラ様みたいだ。ピンとこない。でも、ケトラ様なら強いから、僕なんかがいなくても、キチンと守ってくれるよね。
(ごめん、シャインくん。ごめん、ケトラ様)
「坊や、どうしたんだ?」
「悲しくなってきたのか? 大丈夫だ。ニクレア池は、きっとすぐに輝きが戻るよ」
「うん」
僕の頭をソーッと撫でる子供達。若干、気持ち悪く悶えるけど、とても心配してくれていることが伝わってくる。
また、胸がチクチクした。神族のライトは、死んだんだ。僕は、翔太だ。ここで生きよう。
「さぁ、狩りに出発だ!」
「やったー! 父ちゃん、腹減った」
「おまえ、いま、食ったばかりだろうが。あはは、バカだな。食ったのを忘れたのか」
「忘れた〜」
「キャハハ、兄ちゃんは、バカなんだ〜」
(仲良し家族だな)
僕は、門番のリザードマンに、ひょいと担がれ、家から沼へと出て行った。大きなリザードマンは、すぐにぴしゃりと出入り口を閉じた。彼女は、沼の臭いが嫌いみたいだよね。
沼の様子は、昨日とは少し変わっていた。なんだか、キラキラと輝いている。
「わぁおっ! 父ちゃん、アージが沼底から、上がってきてるよ」
「今日は、ツイテルぞ!」
「ショータ、たくさん狩ってやるからな」
(釣りじゃなくて、狩りなんだ)
リザードマン達は、剣を抜いた。そして、子供達は、次々と、剣に魚を刺している。
(楽しそう! 僕にもできるかな)




