22、ニクレア池 〜アンデッドが生まれる場所
門番の怪物は、暗くて何もない荒地に降りた。彼の背の羽は、スーッと縮んで背中に収納されたように見えた。
「うん? 坊や、どうした?」
「はねがなくなってる」
「あはは、俺達は、部分的に人化したり、本来の姿に戻ったりできるんだぜ。死霊には難しいことだろうがな」
(やはり、優しい話し方だな)
この種族は何だろう? 下手に尋ねると、僕が魔族のことを何も知らないとバレてしまうかな。
「うん? 羽が羨ましいのか? 坊や」
(一応、頷いておこうか)
僕は、コクリと頷いた。
すると怪物は、嬉しそうになんだか悶えている。ちょっと気持ち悪いけど、そういう種族なのかな。
「可愛い坊やに、そんな憧れの目を向けられると、オジサンは照れちまうよ」
(照れて、悶えていたのかな)
怪物は、僕に手を差し出した。
「ちょっと道が悪いから、念のために手を繋いでおこうか」
「はい」
差し出された手に、僕は手を重ねた。すると、怪物はまた、悶えている。そういえば、小さな者や弱い者を大切にすると言っていたっけ。
暗い道は、確かに足元が悪い。
怪物は、僕に合わせてゆっくりと歩いているみたいだ。チラッと表情を盗み見ると、怪物もそれに気づいて、こちらを向く。人間よりも、いろいろな感覚が優れているようだ。
そういえば、冒険者ギルドで見たステイタスの基準値の表では、人族より弱い魔族は少なくて、ほとんどが圧倒的に強かったよな。
「あっ……」
「うん? どうした? 死霊のすみかは、もう少し先だぞ。近くに降りてやればよかったんだが、ニクレア池付近は闇が濃いから、空からは……あっ! チッ。坊や、よく見つけたな」
怪物は、僕の視線の先を追って……なぜか褒められた? 僕は、骨だけのスケルトンみたいな化け物に驚いただけなんだけど。
怪物に、ひょいと抱きかかえられた。もう一方の手では、いつの間にか剣を抜いている。
骨だけのカタカタと音がする化け物は、驚いて、ひっくり返っている。弱そうだけど敵なのだろうか。
「ほう、よく気づいたな。リザードマンか? 頭の悪いトカゲにしては、上出来じゃないか」
「はん、こんな場所で、何をしている? ここは、よそ者の立ち入りは禁じられている神聖な池だぞ」
(この怪物は、リザードマンっていう種族なんだ)
声の主は、どこにいるんだろう? 僕には、何も見えない。
「死体を投げ込むと、アンデッドが生まれる池らしいな。あはは、悪霊を生み出す池が神聖だと? やはり、リザードマンは、頭が悪い」
(えっ? アンデッドが生まれる池?)
あー、だから、死霊のすみかは、ニクレア池付近だと言っていたのか。池に死体をいれたら、死霊が生まれるのかな。さっきの骨だけの奴も、その一種なのかもしれない。
でも、ある意味、死者がアンデッドとしてよみがえるなら、魔族にしてみれば、神聖な池だよな。再び命を与えられる池なんだから。
突然、怪物が、パッと後ろに飛んだ。
(うわっ、何?)
いま、居た場所の土が、何かの粘液のようなもので、ジュッと溶けている? なんだか、酸っぱいような変な臭いがする。
(どうしよう……バリアとか?)
『ライト、慌てるな!』
(リュックくん! あの不思議な鎧を出して)
『そんなことしたら、おまえの正体がバレるじゃねーか。ニクレア池の次は、ホップ村だ。石山のホップ村』
(えっ、ちょ、ちょっと……)
リュックくんの声は、聞こえなくなった。何か策があるのかな。それとも、ただ遊んでるだけ?
再び、怪物が動いた。
そして……。
ズサッ!
(剣で何かを斬った?)
僕には、何も見えないんだけど、音がしたのは、わかった。
(怖い……)
「坊や、もう大丈夫だ。一応、このまま担いでいくよ」
「あの、オジサン……いまのは?」
「外来の魔物だよ。景色に巧みに擬態するから、暗い場所では、見つけるのが難しいんだ。坊やのおかげだ」
(いや、全くわからなかったけど)
「オジサン、つよいね」
「あはは、そうか? まぁ、俺達リザードマンといえば、水辺の剣士だからな」
「すごいな」
「坊やも、きっと、死霊から他の種族へ進化できるぞ。リッチなんかになっちまったら、逆に、オジサン達の方が守ってもらわなきゃな。あははは」
リッチかぁ。ゲームの知識だけしかないけど、確かに倒しにくい嫌なモンスターだよね。
真っ赤な池が見えてきた。まるで、血の色のようで、不気味だな。怪物が立ち止まった。ここで、さよならなのかな。
「坊や、これは、どういうことだ? いつから、ニクレア池は輝きを失っている?」
「えっ……」
僕は、地面にそっと下ろされた。この池の様子が普段とは違うみたいだ。どうしよう。そんなことを言われても、わからない。
だけど、この池が目的地だったんだよな。
僕は、池に近寄り、そっと赤い水に触れてみた。でも記憶のカケラは現れない。
「……おかしいな」
「坊や、やはり、おかしいよな。こんなにマナが減っているなんて……」
怪物は、辺りを注意深く眺めているようだ。
「それに、池のまわりに居た連中は、どこに行ったんだ? つい数日前に来たときは、たくさんの死霊が浮かんで……ハッ! まずい」
池の中から、何かがザバっと出てきた。
(目が合った。ほぼ透明な魔物?)
怪物は、僕を瞬時に抱きかかえて、池から離してくれた。間一髪だったな。僕は、魔物に喰われるところだったんじゃ……。
(やばっ、涙が……)
「坊や、ここは、ダメだ。知り合いのいる集落はあるか?」
そんなことを言われても困る。怪物は、僕の顔を見て、慌てている。えっと、何?
「怖い思いをさせたな。ここは、え〜っと、ほれ、あれだ。他の死霊達は、ちょっとどこかに出かけたんじゃないか」
(意味不明なんだけど)
あっ、もしかして、外来の魔物に喰われたのか? この池が輝きを失ったって言ってたのは、ここが魔物の巣になっているのだろうか。
(『眼』を使いたいな)
池の中を『見て』みれば、様子がわかるはずだ。だけど、下手にチカラを使わない方がいいかな。また、襲われるかもしれない。
「坊や、そんな顔をしないでくれ。大丈夫だぞ。死霊は、アンデッドだ。不死だから、アンデッドなんだ。ニクレア池に輝きが戻れば、みんな、ここに戻ってくるぞ』
ザッ!
再び、襲いかかろうとした魔物を、彼は斬ったみたいだ。僕を守ってくれているんだ。
「池を離れるぞ。ここにいると、魔物がどんどん集まってくる。知り合いの集落は、わからないか?」
(連れて行ってくれるのかな)
「ぼく、ホップむらにいきたい」
「ええっ? ホップ村!?」
「いしやまのホップむら」
「あぁ……やはり、坊やは、悪魔族だったんだな。だけど、可哀想だが、ホップ村はダメだ。悪魔族は、死霊を嫌がる。死霊は地位が低いからな」
「いしやまの……」
「石山は、まだマシかもしれないが、もう、ないよ」
「えっ? ない?」
ちょっと待って。リュックくんの情報が古すぎた?
「あぁ、坊やは知らないか。ふた月ほど前に、激しい戦乱があって、石山のホップ村は、跡形もなく吹き飛ばされたんだよ。そうか……坊やは、石山の生まれだったのか」
(誤解は、まずい)
僕は、首を横に振った。
「受け入れられない気持ちもわかるよ。俺達も引っ越したばかりだ。他の星の神々に、俺達のすみかは、占領されてたからな」
(他の星の神様?)
そりゃ、逆らえないよな。神々の侵略戦争だっけ。
「そうだ! 坊や、とりあえず、俺達のすみかに案内する。狭い場所だが、ここに置いておくわけにはいかないからな」
「えっ、でも、ぼく……」
「ちょっと待ってろ。いま、仲間を呼んでいる。とりあえず、この場所の魔物狩りと、現状把握をして、大魔王メトロギウス様に、報告しなければならない」
「だいまおう、さま……」
すると、怪物は、急にハッとした表情を浮かべた。
「坊や、つい……ごめんよ。大魔王メトロギウス様は、坊やの爺様だよな。だけど、彼は、死霊を嫌っている。辛いことを言ってしまったな」
(爺様? 大魔王様は、悪魔族ってこと?)
そういえば、そんな話を聞いたような気もする。一気にいろいろな情報を詰め込まれるから、もう、訳がわからないや。
「だいじょうぶです」
僕がそう言うと、怪物は、少し落ち着きを取り戻した。
「これも、すべては、神族のライトのせいなんだよ」
「えっ?」
(ちょ、僕のせい?)
「あぁ、もう100年程になるがな。大魔王メトロギウス様は、神族のライトに殺されかけたんだ。うっかり者の死霊として有名でな。つい、うっかり、どんな相手でも殺してしまうらしいんだ」
「……えーっ」
「酷いだろ? そして、殺した相手を蘇生して、涼しい顔をするそうだ。蘇生したから文句はないだろうってな」
「そせい?」
「あぁ、死霊なのに、蘇生魔法を使うんだよ。ありえねぇだろ? アンデッドにとって、蘇生魔法はとんでもない即死魔法だ。ライトは、闇属性なのに、聖魔法まで使うんだよ」
(めちゃくちゃ嫌われてるじゃん、僕)




