21、魔族の国の入り口 〜門番の怪物
「フハハハ! 幼きおまえは、随分と愚かなようじゃな」
巨大な双頭亀、元大魔王タトルークは、ゲラゲラと笑っている。
そして、ひっくり返っていた巨体は、フワリと浮かび上がり、元に戻った。魔法で起き上がったのか。
「おろかなのは、タトルークさまのほうですよ」
「は? なんだと?」
「めに、けんがささっていることに、きづかないのですか。ぼくは、いつでも、あなたをころせます」
僕の言葉は、思いっきりハッタリだ。どうすれば殺せるかなんて、わからない。リュックくんからの声は聞こえない。これで合っているのかな。はぁ、不安しかないよ。
しばらく、無言の時間が流れた。
巨大な亀からは、すごいオーラが出ている。冒険者達は、そのオーラにやられたのか、立っていられないようだ。次々と崩れるように倒れていく。
僕は、今は、黒い鎧を身につけていない。だけど、なぜか立っていられる。リュックくんが、別の方法で守ってくれているのかな。
「ふん、幼き身体に深き闇か。冷静沈着なライトはどこへ行ったのじゃ? あまりにも危うすぎるではないか。わしの核に何か仕掛けたか。まさか、わしの自己蘇生能力を封じたか」
(何を言ってるんだろ?)
目に剣が刺さっていますよって教えてあげたのに、そのまま放置しているし……。自分では、手が短くて抜けないのかな。
それに、核に仕掛けって……。血管が破れただけじゃないの?
「さぁ? どうかな〜」
僕は、明るく笑ってごまかした。
すると、巨大な亀は、ドシンドシンと、地団駄を踏んでいる。とんでもない地震に、僕は、立っていられない。
(痛っ……)
地面の亀裂に足を取られて、僕は転がった。
ザッパーン!!
ものすごい水しぶきをあげて、巨大な亀は、池に飛び込んだ。僕は、その水を浴びて、全身ずぶ濡れだ。
「ぬわっ、逃げたのじゃ! メトロギウスを呼び出しておったのに」
猫耳の少女は、悔しそうな表情だ。制裁を加えようとしていたのかな。
『ライト、地底への道が閉じる前に飛び込め!』
(へ? リュックくん、何を言ってるの?)
『今なら、地底へ行ける。次の目的地だ。うるさい腹黒女神に、つきまとわれたくないだろーが』
(確かに……)
「ぼく、おいかけます」
そう言い残して、僕は池に飛び込んだ。池の底がキラキラと光っている。
『重力魔法を使ってみろ。早くしないと、出入り口が閉じちまうぜ』
(わかった)
僕は、重力魔法を唱えた。魔法はイメージ通りに使えるんだな。すると、沈むスピードがグンと上がった。
(あと、もう少し!)
キラキラに手が触れそうになったとき、誰かがバシャっと飛び込んでくる音が聞こえた。
確認しようと振り返った瞬間、僕は、光の中にいた。
(誰だか、見えないな)
◇◇◇
光が消えると、そこは、暗い洞窟のような場所だった。池の底という雰囲気ではない。大きな門が見える。
恐る恐る歩いて行くと、門番らしき怪物が二体いるのが見えた。ひゃ〜、ギロリと僕を睨んだよ。
(こ、怖すぎる)
『ここは、魔族の国の出入り口だ。魔族は、基本、脳筋だからな。ビビってると舐められるぜ』
(えー、どうすればいいの?)
『あー、今のおまえは、チビだな。クックッ、それを利用しよーぜ。迷い子になっちゃった、うぇーん作戦だ』
(リュックくん、意味不明だよ)
『あー、それから、名乗るなよ? 魔族の大半は、名前なんてないんだからな。ぷぷぷ』
なぜか、リュックくんが楽しそうなんだよな。僕の反応を見て、遊んでる? とりあえず、迷い子になったフリをすればいいのかな。
「なんだ? おまえは」
「どこから来た? 人間ではなさそうだな」
(人間には見えないのか)
あっ、そっか。僕は、半分アンデッドなんだっけ。死人に宿りし命だから。確か、魔族の中では死霊だったよな。
でも、下手なことを言って、ボロを出すのもマズイよね。リュックくんの声は聞こえない。僕の反応を楽しんでるよね、きっと。
「話せないのか?」
「おい、おまえの言い方がキツイんだろ。まだ、幼き子ではないか」
(うん? 子供には優しい?)
僕は、そーっと顔をあげた。やはり、怖いな。泣きそうになる。僕の身体は幼児だから、どうしてもそれに引きずられてしまう。
「おいおい、目に涙をいっぱい溜めているじゃないか。かわいそうに。どうしたんだい? 坊や」
「お嬢ちゃんじゃないのか?」
(僕は、魔族から見ても性別不明なんだ)
どう話せばいいか、全くわからない。泣いてごまかそうか。でも、それだと、リュックくんが爆笑するだけかもしれない。
「ここにいるということは、地上に行っていたのか?」
「成人するまでは、地上には行けない決まりがあるのだぞ」
僕の言葉を待っている。せっかく、優しい雰囲気だったのに、一方はイライラし始めているようだ。どうしよう。地上に行った理由……。僕は、死霊で……あっ、そうだ。
「あの……じいちゃんが、まおうさまにおねがいして、ちじょうにいってしまって……」
僕が話し始めると、二体の怪物は、静かに話を聞いてくれる。
「それを追いかけて行ったんだな」
「爺さんに、帰れと言われて、戻って来たか」
「地上にゆかりのある者か。爺さんは、なぜ地上に行ったんだ?」
(えーっと、なんだっけ)
僕の身体の持ち主『ライト』のお爺さんは、僕が、霊体化できることを教えてくれた。
そうか、あの場所が、『ライト』の生まれ育った集落だ。レンフォードさんが、100年前に警備隊の人達が燃やしたって言ってたっけ。疫病が発生すると、集落ごと燃やしていた時代らしい。
きっと、『ライト』のお爺さんは、あの土地を離れたくないんだろうな。まだ、『ライト』は、生きているんだから。
「お、おい、泣くなよ?」
「えーっと、坊や? いや、お嬢ちゃんか? 家の場所は、わかるか?」
(えっ……地底に家なんてないよ)
僕は、首を横に振った。
「じゃあ、種族名を言えるか?」
「人の姿をしているのは、地上に行くための仮の姿だろう? いつもの姿に戻ってみてくれるか」
(えーっと、霊体化すればいいのかな?)
僕は、霊体化! を念じた。僕の姿は、青い幽霊になって、ふわふわと浮かんでいる。
「なんだ、死霊かよ。ということは、爺さんは、地上へ報復にでも行ったか」
「こんな幼き姿で、人化できるということは、死霊になる前は、高位の魔族だな?」
(意味がわからない)
「ちょっと待て! 青き死霊!? まさか、ライトか?」
(うわっ、バレてる)
「おいおい、ライトなら、ステイタスを見せないだろ? よみがえったらしいがな」
(せ、セーフ?)
ライトかと言い出したときのコイツらの豹変ぶりには、嫌な汗が流れた。いや、今は幽霊の姿だから、汗なんて流れないんだけど。
「そうだな。とても、バランスの良いステイタスだ。悪魔族あたりじゃないか?」
「あぁ、確かに。この戦乱で、かなりの子供が死んだらしいからな」
(ここも戦乱、か)
「家は、ニクレア池付近だろう。連れて行ってやるよ」
「人化してくれないか? 死霊の姿では、うまく運んでやれないからな」
僕が霊体化をしてから、怪物達は、優しい声に変わっている。死霊には優しいのかな。
僕は、霊体化を解除した。そして、そーっと、顔をあげた。うん、優しい表情だな。
「怖がらなくていいぞ。俺達は、小さく弱き者は大切にする。それが、強き者の誇りだからな」
「死霊は、進化することができるんだ。元の種族には戻れなくても、死霊からリッチにまで上り詰めた賢者もいるぞ」
(励ましてくれてる?)
僕は、コクリと頷いておいた。
「じゃあ、俺が送って行こう。ゆっくりと飛ぶからな」
怪物は、僕に手を差し出した。
一瞬、ためらったけど、僕は、その手に僕の手を重ねた。
「うぉぉ、なんて、お嬢ちゃんは、小さく可愛らしい手をしているんだ」
(げっ、嫌な予感がする)
「ぼくは、おとこです」
「あっ、坊やだったのか。ごめんよ。可愛らしいから、わからなかったんだよ」
男だと言っても、かわいい手だと言って、デレデレしている。これが、魔族の習性なのだろうか。
「さぁ、行くぞ」
僕をそっと抱きかかえ、怪物は空を飛んでいる。いつの間にか、背には大きな羽が生えてる。魔族というより、魔物に近い感じだ。
(怖い……)
夜空から見える景色は、意外と明るい。地底なのに、月のようなものが空に浮かんでいる。
火山が多いみたいだ。池や湖も、怪しい光を放っていたり、強い光を放つ草花も生えている。
(わっ、街がある!)
都会的な大きな街が見えてきた。
街の中心にある塔は、明るく輝いている。整然と整った道も作られている。いろいろな店があるようだ。たくさんの人の姿が見える。
人といっても、完全な人間の姿をしている人は少ない。だけど、人間の街、ロバタージュにいた人よりも、洗練された感じに見える。服装も、色とりどりでオシャレなんだよな。
「坊や、その先だぞ」
怪物はスピードを落とし、下降し始めた。




