2、始まりの地 〜記憶のカケラ
今回は、主人公ライトのいない場面から始まります。
主人公がいない場面での登場人物の情報は、スルーで大丈夫です。
そのうち登場する人物の予告編だとお考えください。
「いろはちゃん、どうしちゃったの〜?」
ここは、女神の城の居住区にあるカフェ。
突然、テーブルに突っ伏した女神イロハカルティアに、隣の席の女性が驚きの声をあげた。
「パフェの食い過ぎで、気絶したんちゃうか?」
興味なさそうに呟いたのは、向かいの席に座るガラの悪い中年の男。
「そんなわけないでしょ。星の再生回復魔法の疲れかしら。城のエネルギー庫は、空っぽになっちゃったものねぇ」
「それはないわ。コイツは、ライトが作った魔ポーションを大量に隠し持っとるやないけ」
「それもそうねぇ〜」
女神イロハカルティアは、よろよろと右手を動かした。すると、何もなかっだ空間に、何かの映像が映し出されている。
「なんや? ここって、ライトが生まれた集落の跡地やないけ。イーシア湖で復活する予定やったんちゃうんか」
「カースくんは、イーシアでとしか言ってなかったわねぇ。でも、ライトくんの姿が見えないわ〜」
「石碑んとこに、捨て子がおるやないけ。うん? あれって『リュック』か?」
ガラの悪い男と、色っぽい女性が、映し出された画面にくぎ付けになっている。
「チビすぎるのじゃ。しかも、転生後のことを全部忘れておる。ライトは、翔太に戻っておるのじゃ」
女神イロハカルティアは、テーブルに突っ伏したまま、力なく呟いた。
「ええっ!? もしかして、あの赤ん坊がライトくん? 17歳の姿で復活するはずだったわよね?」
「ミノムシみたいに、巾着袋にすっぽりと入っとるやないけ。『リュック』も初期化したんか?」
まさかの様子に、慌てる二人。
「わからぬ、呼びかけに返事がないのじゃ。おぉ、そうじゃ! 『リュック』の仕掛けには、カースも加わっておったな。カースを呼ぶのじゃ!」
女神イロハカルティアは、ガバッと顔をあげた。
「いろはちゃん、カースくんは、星の再生回復魔法の直前に出て行ったわよぉ。いろはちゃんが、何かお願いしたんでしょう?」
「ぬわっ、そうじゃった。カースは、ペンラート星に戻っておるのじゃ。うぬぬぬ……」
打ちひしがれる女神。
しばし、重い沈黙の時間が流れた。
「カースくんが、念のためにと用意してくれていた仕掛けを使うしかないわね。いろはちゃん、説明を聞いているのでしょう?」
「ライトの記憶のコピーやな。どこに置いてあるんや?」
二人の視線が女神に向けられる。
「ライトに縁のある場所に記憶のカケラは現れる、とカースは言うておった。ライトは、半分アンデッドじゃからな……生まれ変わり時に、記憶の欠落の可能性があることは、わかっておった」
「縁のある場所って何や?」
「ライトくんが、行ったことのある場所かしら」
しばし考え込む二人。
「とりあえず、捨て子を拾って来たらええんやな。暇なやつに記憶のカケラを探させて、ライトに成長魔法をかけて、カケラを吸収させれば、簡単に解決するやんけ」
立ち上がる男を、女神イロハカルティアは、スプーンで制した。
「ちがーう! 本人が巡らねば、記憶のカケラは現れぬ。順番をすっ飛ばすと、記憶のカケラは、現れずに永遠に消えてしまうのじゃ」
「は? 何やて? 何の順番や?」
「ライトが、100年前にこの世界に来て、各地を巡った順番じゃ」
「そんなの、誰も覚えてないわよね〜」
「うぬぬ……アトラなら、わかるかもしれぬ」
「じゃあ、アトラちゃんに言って、ライトくんをあちこちに連れて行ってもらえばいいのねぇ〜」
「ちがーう! ライトが会う人の順番も場所も、すっ飛ばしてはいけないのじゃ。大きく狂うと、記憶のカケラが現れなくなるやもしれぬ。万が一の場合は、リュックが、誘導すると言っておったのに……布袋に戻っておるのじゃ。リュックは、しょぼいのじゃ!」
「初期化してたら、どうにもならんで。まぁ、ライトが赤ん坊やから、魔力消費の少ない布袋になっとるんかもしれんけど」
「いくら呼びかけても、返事がないのじゃ!」
「困ったわねぇ。あの場所で、ライトくんが会ったことのある人って……」
「みんな、既に寿命で死んでおる」
「じゃあ、誘導できる人はいないわねぇ」
「あっ! おまえ、翔太を誘拐しに行ったやないけ。あいつが翔太に戻っとるんなら、へんてこな猫のことは、覚えてるんちゃうか」
ギクリとする女神。
「へんてこな猫とは何じゃ! かわいくないと……」
「いろはちゃん、こんなときくらい、ライトくんのお世話をするべきだと思うわぁ。いつも、お世話になってるでしょう?」
「わ、妾は、チビっ子のお世話で忙しいのじゃ!」
「今のライトくんって、チビっ子よぉ」
「ち、チビすぎるのじゃ!」
「おまえ、星の保護結界が消えるまで、また、俺らに仕事を押し付けて、チビっ子と遊ぶ気やったんやろ?」
素知らぬフリをする女神。
「妾は、チョコレートの川を作ろうなどとは考えておらぬ」
「あら、いろはちゃん、どこにチョコレートの川を作るのぉ?」
「うっ、作らぬと言っておる!」
色っぽい女性が女神をからかうのを横目で見つつ、ガラの悪い男が口を開く。
「はぁ、もう、おまえ、さっさと行って来いや。ライトが、びゃーびゃー泣いとるやないけ。あいつ、闇持ちやから、放っておくと、グレるぞ」
「妾があの場所に、直接行くわけにはいかぬのじゃ。ライトがこの世界に来た頃は、城でしか会っておらぬ」
「じゃあ、さっさと、へんてこな猫で行ってこいや」
女神がジト目を向けると、ガラの悪い男は、手をひらひらさせてカフェから出て行った。
「私も、いろはちゃんの代行をしなきゃいけないから、そろそろ行くわねぇ。ライトくんのこと、いろいろと連絡しておかなきゃ」
「はぁ、ナタリーもタイガも、しょぼいのじゃ!」
◇◆◇◆◇
やっと、地震が収まった。
僕は、さんざん泣いたことで、少し落ち着いてきた。なんだろう、この状況……。ありえないことだが、僕は、どう考えても、赤ん坊の姿をしている。
(夢……じゃないんだよな)
空を見上げると、何かがキラッと光った。石碑の上に何かがあるのか。なんだか、その何かに、触れなければならないような気がする。
僕は、巾着袋の隙間から、手を伸ばした。届くわけないか。僕のボンレスハムのようなムチムチな手は短い。
『そこにおるのは、ライトか?』
何か聞こえたような気がした。すると、目の前に、黒い何かが現れた。
(えっ……幽霊!?)
『驚かせてしまったか、ワシじゃ』
僕の心臓がドクンと鳴った。
(爺ちゃん? えっ、爺ちゃんって……)
「あぅ、あぅぁあ」
(なっ、話せない!?)
『そうじゃ、爺じゃよ。この地を守る者がいないのは、やはり良くないからのぅ。魔王様にお願いして、ワシは、この地の霊となったのだ』
幽霊って、話さなくても理解できるのか? 頭に響く声は、この幽霊の声? まさかの霊能力者デビューしてしまった?
しかし、なぜだろう。とても懐かしく感じる。この幽霊は、僕の爺ちゃんなのか。いや、違う。ライトって言っていたよな。それに魔王様?
石碑の上の方がまた、キラッと光った。
『ライト、そうか。生まれ変わって忘れてしまったのじゃな。小さな頃は、よく道を忘れて、迷い子になって泣いておったな。女神様から、霊体化の能力を与えていただいたのじゃろう?』
(霊体化!)
えっ……僕のボンレスハムのような手首が消えた。ふわりと身体が浮かぶ。そして、石碑に……。
(ひゃ! ぶつか……らない?)
僕は、石碑を通り抜けた。
(どういうこと? 飛んでる?)
意識を上に向けると、ふわふわと上へと進む。キラッと光る何かがすぐ近くに見える。手を伸ばそうとしたけど……。
(うげっ、手がない!?)
僕は、身体をひねってみたが、青っぽい何かが見えるだけだ。
(あれに触れたいのに)
そう考えると、僕の手が現れた。ムチムチの手だけど、壊れたブラウン管のようにザーザーと変な感じに見える。目がおかしいのかな?
そして、キラッと光る何かに触れた。
その瞬間、コマ送りのフイルム映画のように、何かの映像が頭に流れ込んできた。そして……。
『おまえがこれを見ているということは、記憶の引き継ぎが出来なかったんだな。おまえの名前はライト。地球からの転生者、そして女神イロハカルティアの番犬だ。おまえの記憶のコピーを、記憶のカケラに封じた。縁のある場所で受け取れるようになっている。星の保護結界が消えるまでに、導きに従って記憶のカケラを集めろ』
(なっ……何?)
だが、この声には、とても安心する。僕が信頼している人なのか。
コマ送りの映像は、遠い記憶として、僕の頭の中に残った。そうか、僕は異世界に転生し、この地で死んでしまった『ライト』の身体に入ったんだ。
(あの爺ちゃんは……)
辺りを探したけど、さっきの黒い幽霊は姿を消していた。あの幽霊は、この地で死んだライトの爺ちゃんだ。
そして、この地で死んだ『ライト』は、僕の中で眠っているんだっけ。うーん? 難しいことを考えていると、眠くなってきた。赤ん坊の身体だからかな。