17、ハデナ火山 〜女神イロハカルティアの覚悟
僕達の目の前に突然現れた猫耳の少女……女神様は、手をブンブン振り回して、大変だとアピールをしている。
だけど、一緒にミッションをしていたはずのレンフォードさんの姿がない。
「あの、レンフォードさんは?」
「レンフォードは、よいのじゃ! わ、妾は帰るのじゃ……っと、のわっ!?」
すると、猫耳の少女の前に、赤い髪の少女が現れた。
「ティアちゃん! 薬草畑をぐちゃぐちゃにしたらダメって言ったよね? もう絶対にしないって約束したよね!?」
(薬草畑?)
「うぬぬ……ぐちゃぐちゃになどしておらぬ。じゃが、それなら、妾が魔法でちょちょいと直してやるのじゃ」
「魔法で育てた薬草だと、お兄さんのポーションの材料にはできないの。何度も何度も言ったよね!?」
「ぐぬぬ……妾の魔法で育てた薬草で、ポーションを作れないライトがしょぼいのじゃ! あ、いや、なんでもないのじゃ」
(お兄さんって、僕のこと?)
猫耳の少女が、タジタジになっている。
赤い髪の少女は何者だろう? 後ろ姿だけど、見た感じでは10歳前後に見える。頭の上には耳があるから獣人かな。猫耳の少女の友達だろうか。
どうやら、赤い髪の少女が育てている薬草畑を、猫耳の少女が荒らしたみたいだな。
ジャックさんに視線を移すと、思いっきり苦笑いしている。赤い髪の少女って、女神様より偉い人なのかな?
「ハデナは、守りをフニャフニャにしておるのじゃ。ケトラが来てはいけないのじゃ!」
(ケトラ? アトラ様と名前が似てる)
「ティアちゃんが、薬草畑のバリアを壊すからでしょ!」
「ち、違……おぉ、きっと、それは、レンフォードじゃ」
「違わないよっ。ここには、精霊ハデナ様がバリアを張ってくれているの。レンさんみたいなハーフの魔族が、ハデナ様のバリアを壊せるわけないでしょ」
「ご、誤解じゃ。妾は、ちと、パリンとしただけで……あ、いや、あっちの方に、外来の魔物が入り込んだのじゃ!」
赤い髪の少女は、僕に背を向けて仁王立ちだ。そして、首を横に振っている。めちゃくちゃ怒っていることが伝わってくる。
「ティアちゃんが壊したから、魔物が入ったんでしょ」
「そ、そうじゃ。妾がぐちゃぐちゃにしたのではなくて、魔物が悪いのじゃ。魔物がぐちゃぐちゃに……」
(あはは、言い訳が苦しい)
薬草畑のバリアを壊したから、魔物が入り込んで、薬草畑を踏み荒らしたという感じかな。
「ティアちゃん!! 嘘をつくなら、特大金魚鉢パフェを食い逃げしたこと、お兄さんに言うよっ」
「うぬぬぬ……ケトラは、しょぼいのじゃ」
(なんだか、平和なケンカだな)
女神様は、反論できなくなると、しょぼいのじゃと言うみたいだ。最後の悪あがきのような反論なのかな。
「ケトラさん、ここの守りは手薄にしているから、ハデナの守護獣が居たらダメっすよ。ハロイ島に戻ってくださいっす」
(赤い髪の少女は、ハデナの守護獣?)
「そうじゃぞ。ジャックの言うとおりじゃ。ケトラは、ハデナに来てはいけないのじゃ」
猫耳の少女は、ジャックさんの言葉に、勢いを取り戻したみたいだ。見ているだけなら、ほんと面白い。ふふんと、ふんぞり返っている。
「ジャックさん、なぜティアちゃんを自由にさせてるの? キチンと監視しなさいよ」
「俺には無理っす。ティアちゃんのお世話は、ナタリーさんかライトさんにしか、できないっす」
(えっ……僕?)
「じゃあ、ナタリー様がいる城に閉じ込めておきなさいよ」
「無理っす。ナタリーさんとタイガさんが、行けって言ったみたいっす」
「ハデナに?」
「ハデナというか、イーシアというか……」
「えっ、お姉ちゃんのとこに……うん? なぜ、イーシア? あっ……まさか、お兄さんが復活した?」
(お姉ちゃん? アトラ様のこと?)
突然、赤い髪の少女が振り返った。猫耳の少女の視線をたどったのか。ジャックさんも、僕を見ている。
(えーっと……)
「シャインくん? じゃなくて……えっ?」
目をパチクリさせる赤い髪の少女。やはり、10歳前後かな。なんだか、アトラ様に似ている。アトラ様よりは、やんちゃで悪戯っ子な雰囲気だけど。
(あっ、キラッと光った)
少女の肩に、キラッと光る何かが見える。記憶のカケラだ!
「あの……かたに……」
「何かついてる? 急いで来たから……えーっと?」
「とどかないので、すわってください」
「はいー?」
少女は、目をパチクリさせながらも、かがんでくれた。僕は手を伸ばし、記憶のカケラに触れた。
その瞬間、コマ送りのフイルム映画のように、何かの映像が頭に流れ込んでくる。そして遠い記憶として、頭の中に残った。
(ケトラ様……)
赤い髪の少女は、アトラ様の妹だ。そして、ハデナ火山の精霊ハデナ様の守護獣だ。
よみがえってきた記憶は、初めて出会った頃かな? 今とは、雰囲気が違う。年齢は変わらないように見えるけど、もっと気性が荒く、不安定な危うさがある。
彼女は、この100年で、落ち着いたみたいだな。
(アトラ様をライバル視してたっけ)
だから、薬草畑なのかな。この場所がイーシアみたいな雰囲気なのは、イーシアを守るアトラ様への対抗心かもしれない。
「ケトラさま、ぼく、ライトですよ」
「あぅ、嘘っ、お兄さん? なぜそんな幼児なの? シャインくんよりも、めちゃくちゃ小さ……」
「ケトラ! ライトの記憶のことを聞いておらぬのか」
猫耳の少女にそう言われても、彼女は首を傾げている。
「ライトは、生まれ変わって、記憶の引き継ぎができなかったのじゃ。だから、今は、記憶のカケラを探して縁のある地を巡っておるのじゃ」
「えっ? 忘れちゃったの?」
「いま、ライトは、ケトラに関する記憶のカケラを見つけたようじゃ。しかし、まだ、ほんの一部じゃろ。ライトが知らぬことを言うでないぞ? 記憶のカケラが出現しなくなるのじゃ」
ケトラ様は、まだ理解が追いつかない様子だ。
「シャインくんは……」
「だから、それはまだ言うでない!」
(いや、もうわかってるよ)
「シャインくんは、ぼくのむすこなんでしょ? かおも、ははおやも、まだわからないけど」
「ぬわっ! ぎ、ギリギリセーフか?」
猫耳の少女は、焦っている。だけど、もう、そんなことで騒がなくていいよ。
「シャインくんの母親は……あたし」
「えっ!?」
(アトラ様じゃなくて、妹のケトラ様?)
「おわっ、ケトラ、何を口走っておるのじゃ!?」
(どうしよう……)
今の僕は、アトラ様の方が好きみたいだ。ケトラ様は、可愛らしいけど、そういう対象には見えない。
グラッ!
突然、突き上げるような大きな地震が起こった。
(あれ? 猫耳の少女が変な顔をしている)
レンフォードさんが、こちらに駆け寄ってきた。
「ミッションの採取は、終わりましたよ。結局、俺一人で、やってるじゃないですかー」
(猫耳の少女は、何をしていたんだ?)
「ティアちゃんは、魔物退治っすか」
「そうなんですよ。あれ? ハデナの……」
レンフォードさんは、そう言いかけて、口を閉ざした。僕に配慮してくれているんだな。
「レンフォードさん、いま、ケトラさまのこと、すこし、おもいだしました」
「そうか、それはよかった。一瞬、失言をしたかと焦ったよ。でもなぜ地震なんて、ハデナの守護獣がいるのに、勝手に……あっ!」
レンフォードさんは、どこかを見て、固まっている。視線を追うと、山の頂上付近から、なにかが吹き出しているのが見える。オレンジ色の水みたいな……。
(あっ、ここ、火山だよな?)
グラグラと、大きく揺れた。
「どうして?」
ケトラ様も、呆然としている。
「外来の魔物が進化したかもしれないっす。タイガさんが狩れない個体がいると言ってたんす」
(猫耳の少女の顔色が悪い)
「ティアさま、どうしたんですか」
「な、なんでもないのじゃ……くっ」
(いや、辛そうなんだけど)
「ライトさん、女神様の生命は、星と繋がってるっす。誰かが火山を噴火させて、強制的に星のエネルギーを奪っているっす」
「じゃあ、まポーションを……」
「魔力じゃないっす。いや、魔力も奪われているけど、生命エネルギーっす。だけど、なぜ、火山の噴火くらいでそんなに……まさか、また、やったんすか」
突然、ジャックさんが焦り始めた。
(何をやったんだ?)
「ジャック、誰にも言うでない。妾は、もっと強くなる必要があるのじゃ。妾にもっと力があれば、ライトも、大勢の民も、死なずに済んだのじゃ」
(何? ジャックさんの顔色も悪くなってる)
「だから、ずっと、チビ猫変身魔道具をつけてるんすね。とりあえず、城に戻りましょう」
「いや、それはできぬ。火山の噴火エネルギーで、外来の魔物が大増殖し始めておる。この付近の町が潰されてしまうのじゃ」
猫耳の少女は、胃薬味の魔ポーションを飲み始めた。
「ライトさんの魔ポーションじゃないと追いつかないっすよ」
「必要以上に回復すると、妾が成長できぬのじゃ!」
猫耳の少女……女神様は、いつもの道化とは違う、見たことのない表情を浮かべていた。




