15、女神の城 〜カルーアミルク風味の魔ポーション
(あれ、ここは?)
僕は気がつくと、ベッドの上にいた。えっと、何をしていたんだっけ?
「あっ! ライトさんが起きたよー」
たくさんの子供達の顔が、僕を覗き込んでいる。さっきも同じようなことがあった気がする。さっきと同じテントかな。うーん、どこまでが夢なんだ?
「急にいなくなったから、心配したよー」
「城兵がナタリー様のとこに来たから、ここに手伝いに来たんでしょ? 黙って行っちゃダメだよ」
「店で、かくれんぼして、遊んでると思ってたのに」
子供達は、口々に一斉に話すから、訳がわからない。
上体を起こすと、景色が揺れた。
(うっ、気持ち悪い)
僕は、回復魔法を使った。でも、全く改善しない。いや逆に、余計にふらふらするような気がする。
(な、何これ?)
僕の身体には、血の臭いが染みついている。たくさんの怪我人を回復したのは、夢じゃないんだ。
(まさか、毒?)
臓器が変色している人もいた。もしかして、僕は毒に当たってしまったのかな。それなら、なぜ.回復魔法が効かないんだよ。魔法が効かないほどの、猛毒? でも怪我人は、僕の回復魔法で治っていたはずだ。
「ライトさん、転移酔いじゃなくて、魔力切れだよ」
「回復魔法では治らないよ」
「えっ? まりょくぎれ?」
魔力って、あっ、そうか。ゲームでも、魔法を使うとMPは、減っていく。無くなってしまったら、こんなに気分が悪くなるんだ。
ということは、魔力回復のアイテム……なんて、ないか。ここはゲームの世界ではないんだから。
「まりょくをかいふくするには……」
「うん? 魔ポーションを飲むか、寝るしかないよ」
「ちょ、魔ポーションのことは言っちゃダメだよ」
子供達は、慌てている。魔ポーションか。ゲームのアイテムでもMPを回復するアイテムはなかなか入手できなかったっけ。貴重な物なのかもしれない。
(うん? ポーション?)
あれ? 僕は、リュックを背負っていない。いつから背負ってないんだ? 警備隊の応接室みたいな所で、ポーションを出したのは覚えている。
(置き忘れた?)
リュックは呼べば戻ってくると言ってたけど、女神様の城は異空間にあるんだっけ。ロバタージュで、リュックは……リュックくんは……。
(げっ、リュックくんが迷い子になった!)
『おい、おまえと一緒にすんなよ』
(あっ! リュックくん!)
僕の背中には、巾着袋が戻ってきた。よかった! こんな場所にも、来られるなんてすごいな。
『オレは、異次元の狭間を自由に出入りできるからな』
(異次元? 異空間と何が違うの?)
『なっ? さぁ、知らねー。異次元の方が出入りできる奴は少ないけどな』
リュックくんにもわからないのか。次元って、二次元とか三次元とか四次元とかだよね。空間って広場みたいなもの? うーむ、よくわからない。
『あー、そうかもな。オレは、時を超えることができるからな。異空間しか扱えねー奴は、時を超えられねーぜ』
(えっ、それって、すごいじゃん)
『ふふん、まーな。新しいポーションを出しておいたぜ。たぶん、すぐに腹黒女神がかぎつける』
(新しいポーション?)
『あぁ、魔ポーションだ』
(まじ? 助かるよ)
『ライト、腹黒女神に取り引きを持ち掛けるんだ。今のおまえには、これよりも、普通の魔ポーションの方が使い勝手がいい』
(取り引き?)
『あぁ、まぁ、1本渡して、100本、いや1,000本もらえばいいぜ。それが、等価交換ってもんだ。あっ、オレがここに戻ってきたのをかぎつけやがった』
リュックくんは、そう言うと、静かになった。
僕は、巾着袋をおろし、中身を確認してみた。すると、モヒート風味が数本と、もう一つ、見慣れないラベルのものが入っていた。
それを手に持つと、記憶がよみがえってくる。これは、僕が二番目に作ったポーションだ。魔力を回復する魔ポーション。
一応、ラベルの説明書きを表示してみる。
『 M ー I 』
【魔ポーション、魔力を10%または100回復する。(注)回復は、いずれか量の多い方が適用される】
これは、カルーアミルクというカクテル風味なんだ。
ちょっと甘すぎるんだけど、そういえば、女神様は、コーヒー牛乳味じゃ! とか言って、めちゃくちゃ気に入ってたっけ。
リュックくんが言うように、今の僕が使うには、逆にもったいないよな。今の僕は、魔力は8,500しかないから、10%回復なら、850しか回復できない。
「ライトさん、もう、魔ポーションを作れるようになってたんだ」
「なーんだ、焦って損しちゃった」
子供達は、僕の手元を見て、ホッとしているようだ。さっき慌てていたのは、僕の知らないことを言ってはいけないと思ったのかな。
「でもこれ、ひとつしかないけど……」
「それを飲めば、体調は良くなるよ」
子供達は、今すぐ飲めという雰囲気だ。僕に心配するなというような笑みも浮かべている。
魔ポーションの効果がわかっていないと、思われているみたいだ。いや、子供達の方が、この価値をわかっていないのかも。魔ポーションは、あまり作れないんだ。
「ちょっと、待つのじゃ!!」
(あっ、本当に、かぎつけて来た)
慌てた表情で現れた猫耳の少女。彼女の大声に、他のベッドの子供達が驚いている。
「あれ? ティアちゃん。カフェに行くって言ってなかった?」
「カフェよりも、大事なことができたのじゃ! ライト、それを見せるのじゃ」
猫耳の少女は……頭の上の耳が傾いている?
「ティアちゃん、カチューシャが外れそうだよ?」
「のわっ! シーッ、これをライトは知らぬのじゃ! おわっ、いや、何でもないのじゃ」
少女は、しゃがんで頭を触っている。立ち上がったときには、耳の位置は元に戻っていた。
カチューシャって言ってたけど、本物の耳に見える。そういう精巧な猫耳カチューシャなのかな。
(まぁ、どうでもいいや)
「うぬぬ、どうでもいいとは何じゃ! これは、クマに特別注文をして……じゃなくて、なんでもないのじゃ」
はぁ、相変わらず、見ていて飽きない。ただ、ちょっと、ウザくなってきたんだよな。
そんなことを考えていると、猫耳の少女は、僕にジト目を向けた。これにも慣れてきたな。
「コーヒー牛乳味ができたのじゃな!」
(カルーアミルク風味なんだけど)
「できたというか、リュックくんは、だしておくといってました。ぼくがまりょくぎれだからだとおもいます」
「ふむ、何本あるのじゃ?」
「これ、ひとつだけです」
「ふむ……ライトの魔力値が低いから、それに合わせておるのじゃな。かえっこをせぬか?」
(女神様の方から、取り引きを持ちかけてきた)
「いいですよ。とうかこうかんなら、これ1ぽんで、1,000ぼんくらいだそうですね」
「のわっ? ライトは、1対2でも得するではないか。妾の場合は、1対1,000でも、お得になるがの」
(僕の500倍以上の魔力があるってこと?)
猫耳の少女は、僕の前に、10本の小瓶を出した。1対10にするつもりだろうか。
「とりあえず、飲むのじゃ。街の中では、ほとんど流通しておらぬ上級品じゃ」
僕は、小瓶のラベルに魔力を流して説明書きを表示した。
『 M10 』
【魔ポーション、魔力を1,000回復する】
「固定値1,000回復じゃ。それだけ飲めば全回復じゃろ」
「ぼくは、8,500だったから」
「もう、10,000を超えておる。魔力切れで倒れると、成長期なら、ガツンと魔力値が上がるのじゃ」
(そうなんだ)
「はよ、飲むのじゃ。魔力切れでは、ギルドミッションに行けぬぞ?」
僕は、小瓶を開けて臭いをかいだ。ロバタージュで飲んだポーションよりはマシだけど、胃薬みたいだな。
一気に飲むと、身体の中を熱い何かが駆け巡る。そして、身体がスッと軽くなった。魔力切れが改善されたみたいだ。
次の瓶を渡された。
また、一気飲みをしたけど、ちょっとキツイ。こんな大量の胃薬、口の中がおかしくなる。だけど、さらに身体が軽くなった気がする。
そして、もう一本。
だけど、もう一気飲みはできない。もう、この味はいらない。でも、薬だと思って何とか飲み干した。
また、渡された。
「もう、いらないです」
「1,000本くれと言っていたのではないのか?」
「こんなの、たくさんのめません」
「じゃが、全回復のためには、これを10本飲まねばならぬぞ?」
なるほど、だから、女神様は僕に飲ませているんだ。たくさん持っていても、使わなければ意味がない。だけど、貴重な魔ポーションだ。僕は、この胃薬味の方が回復量が多いよな。
「10ぽんでいいです」
僕は、猫耳の少女に、カルーアミルク風味の魔ポーションを渡した。少女は、めちゃくちゃ嬉しそうだ。
だよな、僕の500倍以上の魔力があるなら、こんな胃薬を僕の500倍飲まなきゃならない。とんでもない罰ゲームだ。
「言っておくが、ゼロが足りぬぞ?」
そう言いつつ、猫耳の少女は、さらに50本ほど固定値魔ポーションを取り出した。
(えっ、僕の五千倍? まさか五万倍?)




