144、湖上の街ワタガシ 〜 バー、開店!
それから数日が経過した。
チビっ子達に、ぐちゃぐちゃにされていた店内も片付き、やっとバーを再開できる日がやってきた。
(なんだか懐かしい)
自分の店を持って、もう100年になるけど、なんだか新鮮な気分だな。
僕は、青の神ダーラとの激突で消滅し、リュックに施した仕掛けで生まれ変わった。この世界の記憶を失くし、赤ん坊に戻ったことで、僕は前世の記憶を今も鮮明に持っている。
バーテン見習いをしていた頃は、自分のバーを経営することが夢だった。前世で叶えられなかった夢を、この街で叶えたんだ。
だけど、それが日常になってくると、いろいろと忘れていたことに気づく。
(初心に返ろう)
僕は、クールなバーテンダーになりたいと思っていた。そして、店は居心地の良い落ち着いた雰囲気で、誰もがゆったりと流れる時間を楽しみながら、好きな酒をかたむける。
そう、ちょっと疲れた大人が贅沢な時間を楽しむ空間だ。
「マスター、虹色ガス灯が水色に変わりましたよ」
ずっと手伝ってくれているバーテン見習いの人達は、ほとんどが戻ってきてくれた。長く休業していたのに、嬉しいことだ。
「じゃあ、オープンだね。昼間のカフェも、明日から再開できるかな」
「はい、カフェ担当の店長は、張り切ってましたよ」
「ふふっ、そっか。カフェは今まで通りでいいんだけど、夕方からのバーは、ちょっと落ち着いた大人の店にしたいな」
僕がそう言うと、店員さん達は苦笑いだ。
「マスター、定期的にそんなことを言ってますよね」
(うん? そうだっけ?)
カランカラン
「いらっしゃいませ。あっ、レンさん」
警備隊の制服を着た数人が、一番客だな。ロバタージュとこの街の連絡係をしてくれている警備隊の人達と一緒に、ロバタージュの警備隊の所長レンフォードさんが来てくれた。
「ライト、再開おめでとう。なんだか変な感じだね」
レンさんがそう言うと、他の人達が首を傾げている。
「ありがとうございます。僕も新鮮な気分ですよ」
「生まれ変わったもんね。しかし、ずっと俺のことを思い出してくれないから、複雑だったよ」
「あはは、優しいオジサンだと思ってましたよ」
「やっと、レンって呼んでくれて嬉しいよ」
「ふふっ、皆さんはいつものですか?」
そう尋ねると、みんな勝手にいつもの席に座って、軽く手をあげている。
「ライト、ちゃんと覚えてるか?」
「僕が覚えてなくても、店員さん達が優秀だから大丈夫ですよ」
もう、バーテン見習いの人達は、警備隊の人達の飲み物を用意し始めている。みんな、1杯目はエールなんだよね。
僕は、サービスの小皿を用意する。今日からしばらくは再開記念で、小皿は無料にしているんだ。まだ、材料不足でメニューが揃わない、という事情もあるんだけど。
「しかし、ライト、がらりと変わったよな」
レンさんは魔道具を僕に向けてそう言った。
「ちょ、勝手に僕のステイタスを覗かないでくださいよ」
その数値が気になりつつ、僕はせっせと手を動かす。
カランカラン
「いらっしゃいませ」
次々と、懐かしい常連さん達が来てくれる。
「マスター、やっとかよ。毎晩、行き先に困ってたんだぜ」
「あはは、すみません。今日からまたよろしくお願いします」
「あぁ、やっと、日常が戻ってきたって感じだぜ」
店員さん達も、常連さんの飲み物は完璧に覚えてくれている。休業していたのが嘘のようにスムーズだな。
カランカラン
「いらっしゃ……えっ!?」
「いらっしゃったのじゃ! 今日は、ほれ、銀貨をもらってきたのじゃ!」
(チビっ子怪獣の襲来だ……)
近くにいた店員さんに、ポイっと銀貨を投げ渡し、奥のソファ席へと勝手に進むチビっ子達……。
女神様は、いつもの猫耳カチューシャで、10歳くらいの獣人の子供の姿をしていた。中身は2〜3歳の姿のはずだ。足取りはしっかりしているから、だいぶ落ち着いたのかな。
「ティア様、今日は随分と大勢ですね。初めましての子もいるかな」
奥のソファ席を勝手に移動させて、人数分の席を確保している。いつもは7〜8人で来ることが多いのに、今日はその倍はいるね。
「初めましてじゃないのじゃ。ライトは、しょぼいのじゃ」
(うん? 見たことのない男の子が二人いるよ?)
草色の髪の子と、空色の髪の子。人間に見えるけど……二人とも落ち着かないようだ。
「マスター、やはり夕方は、こうなりますね」
ニヤニヤと笑う店員さん達は、僕のさっきの宣言への意見だよな。まぁ、チビっ子怪獣は、仕方ない。
「そうだね。虹色ガス灯が水色の時間は、諦めるよ」
「でも、今日は、ティアちゃんはおとなしいですね」
(ボロがでないように気をつけてるのかな)
「見たことのない子が来ているからかな」
やはり店員さん達も、あの二人の男の子は、知らないみたいだ。僕の記憶違いではないよな。
店員さん達に促され、仕方なく、僕がチビっ子怪獣達の注文を取りにいく。
「皆さん、こ注文は?」
「ライトさん、メニュー少ないよ?」
「あー、うん、タイガさんに頼まないと手に入らない物が、まだ全然ないんですよ」
「ふぅん、じゃあ、虹色ソーダ!」
「あたしも〜」
(げっ、7色もフルーツあるかな)
虹色ソーダは、7種類のフルーツジュースの氷にソーダ水を注いだものなんだ。いろいろな色の氷を、ストローで突きながら飲むのが楽しいらしい。
初めてきた男の子ふたりは、キョトンとしている。
「マスター、この子達のは……ティアちゃん、どうする?」
「ライト、この店にスピンは置いてあるか?」
「へ? スピンですか?」
(何だっけ?)
「ロバートとドーマンは、味の濃い物は食べられないのじゃ。スピンが好きなのじゃ」
「えっ? あー、もしかして、この二人?」
ロバートは草原の色の竜、ドーマンが空の色の竜だったよな。皮膚の色が髪色になったんだ。
女神様は、僕が昔に作っていた種族逆転の変身ポーションを使ったんだな。最近は作らなくなっていたけど……大量に隠し持っていたもんね。
体力と魔力を10,000回復するけど、弱い呪いで変身してしまうWポーションだ。魔族が使うと人族に変身する。だから、スチーム星の竜は、人間の姿になったんだ。
(確かに、竜の姿では動きにくいもんな)
「ロバート、適当に作ってみるよ。食べられそうな物を探すのも楽しいかもしれないよ」
僕が、草色の髪の男の子にそう言うと、ビクッと怯えた表情を浮かべている。
(怖がらせたかな)
「ロバート、見た目は変わったけど、中身は、チビのライトのままじゃぞ? ビビる必要はないのじゃ。ライト、お届け物が来る前に、あの壁を掃除するのじゃ」
(はい? お届け物?)
猫耳の少女が指差したのは、店内の壁だ。掃除は、店員さん達がしてくれたし、別に汚れているようには見えない。
「ティア様、とりあえず、皆さんの飲み物を用意しますね。小皿料理は、無料になってますから、あのお兄さんに言ってください」
小皿担当の店員さんを指差すと、子供達がタタタと走っていく。そして、テーブルに並べた小皿をたくさん取っているみたいだな。
「ライト、この子達が美味しく食べられる物も、用意するのじゃ!」
「はい、かしこまりました。ちょっと、思い出していろいろ作ってみますね」
スチーム星で見た料理を再現できるかな。ドラゴン族のマーテルさんがいれば、助かるんだけどな。マーテルさんは、スチーム星の出身だ。
カウンター内に戻ると、厨房は戦場状態だった。店員さん達は、表情には出さないけど、ピリピリ感は伝わってくる。
チビっ子怪獣達と話していた間に、客は増え、15のテーブル席は、ほぼ満席になったようだ。3つのソファ席はチビっ子怪獣に占領されている。
(とりあえず人数分でいいか)
僕は、フルーツジュースを作り、製氷器にいれて氷魔法で凍らせる。これを7種類、大急ぎで作った。ゴツいジョッキにフルーツジュースの氷を放り込み、ソーダ水を注いでストローをさした。
ホール係の店員さんは、すぐにチビっ子怪獣達に運んでくれた。
「マスター、小皿料理が追いつきません」
「わかった。僕も作るね」
僕は、子供にも食べられる物を意識して作っていく。野菜たっぷりのキッシュ、ポテトサラダ、フライドポテト、ミニオムライス、ミニハンバーガー。
スチーム星の二人を考慮して、味は薄めにしてケチャップやソースを添えた。
(デザートもいるかな)
直ったばかりのソフトクリームの機械に、材料を放り込み魔力を流した。
ビスケットを砕き、チョコレートをヒート魔法で溶かしてビスケットと混ぜて、器の形を作って氷魔法で冷やす。
小さなチョコビスケットの器に、ソフトクリームをうにゅっと入れ、保護の氷魔法をかけた。
「マスター、なんか変わりましたね」
「うん? ソフトクリームのコーンが無いんだよ」
「じゃなくて……今まで、こんなに複雑なことを一瞬で出来ましたっけ?」
店員さんの言いたいことがわかった。
「ふふっ、ありがとう。赤ん坊からやり直したからね〜」




