142、湖上の街ワタガシ 〜ポーションの大販売会
シャインは、真っ直ぐに僕を見ている。いつものようなオドオドした感じはない。
(ふふっ、やっぱりね)
きっと、シャインの心は決まっているのだろう。まぁ、もう50年以上、ずっと口説かれているもんな。
「シャイン、それなら、ルークさんの申し出を受けなさい」
すると、シャインの目からは、ぶわっと涙があふれてきた。不安なのだろう。ルークさんのことを大切に考えているからこそだろうな。
「僕には、無理です」
「だけど、第1配下が居ないから、いつまでもルークさんは、継承権を得られないんだよ? あんなにすごく強いのに、メトロギウス様に何かあっても、後を継げないよ?」
「えっ……でも僕……」
シャインの目は、揺れている。不安なのと心配なのと、まぁ、いろいろな感情に戸惑っているのかな。
「たぶん、ルークさんは諦めないんじゃない? もう50年くらいずっと、シャインを第1配下にするって言ってくれてるでしょ」
「あぅ、は、はい……」
「僕も、クライン様に言われたときは、迷ったよ。だけど僕には、クライン様に絶対に勝てる部分があるからね」
すると、シャインはまた睨むような目をしている。
「父さんは、神族だからです。僕は守護獣だし、まだまだ担当も持てない子供です。ルーク様の配下にだなんて……無理です」
(ふふっ、言ったね)
「シャイン、今の言葉をよく考えてみなさい。僕も同じ理由で、クライン様の第1配下になったんだよ」
「へ? まだまだ担当が持てないから?」
シャインは、キョトンとしている。ふふっ、かわいい。
「僕は、クライン様が守ってくれるという気持ちが嬉しかったんだ。そして、僕は不死だからさ。クライン様が死ぬまで僕は仕えることができるでしょ? 主君の最期の時間まで、見守り支えることができる」
僕がそう言うと、シャインの表情は、パァッと明るくなった。
「僕も、ルーク様の最期まで、一緒にいられます! 僕は守護獣だから、悪魔族よりも何倍も寿命が長いですっ」
シャインは、そう言うと、タタタと駆け出した。
(ふふっ、シャインも成長したな)
守護獣は、人間の100倍以上の寿命があると言われている。だから、成長も遅いんだ。だけど、着々とシャインは成長していると感じた。泣き虫は直らないけどな。
ポーションは、飛ぶように売れていく。
売り場のテーブルの上のポーションが減っていくと、販売ミッションを受けた人達が、バーのテーブルから、せっせと移していく。
僕は、また、ドカドカとバーのテーブルに追加のポーションを出した。
ガタガタ!
背後から変な音がして振り返ると、リュックくんが、バーからテーブルを持ってきたみたいだ。
「面倒だから、福袋にしたらどーだ?」
(はい? 福袋?)
「リュックくん、何、それ」
「は? 昭和の日本で見たんだ。中身が見えないようにして、3,000円とかで売ってた。タイガが、不用品の在庫処分だって言ってたぜ」
(タイガさんは、変なことばかり教える)
リュックくんは、タイガさんが昭和の日本に仕入れに行くときに、よく同行している。
タイガさんは、バブル期を過ごしてきたちょい悪オヤジだから、リュックくんは変なことばかり覚えるんだよね。
(福袋かぁ。それは使えるかも)
「リュックくん、福袋は、不用品の在庫処分じゃないと思うよ? でも、袋に詰めて売るのは面白いかもね」
「だろ? じゃ、作るか」
リュックくんは、手からシュルッと紐のようなものを出すと、僕の魔法袋をプスリと刺している。
(うん? 何?)
「リュックくん、なぜ僕の魔法袋を乗っ取ってんの?」
「は? おまえも福袋作れよ! 異空間ストックから直接移してやったんだからな」
「あー、そういうことか。じゃあ、麻袋を銅貨1枚ショップから、持ってく……ちょ、リュックくん、万引きだよ?」
リュックくんは、一瞬消えたかと思ったら、もう手には、大量すぎる麻袋を持っていた。
「万引きじゃねーよ。店じゃなくて、倉庫から持ってきた」
「リュックくん! それは泥棒だよ」
「は? 俺は怪盗だぜ? ただの泥棒じゃねーぞ」
「まだやってんの? 怪盗ごっこ」
「ごっこじゃねーぞ。本職だ」
「あれ? じゃあ、探偵ごっこは辞めたんだっけ?」
「は? 辞めてねーよ。表の顔は探偵リュウ、だがその真の正体は怪盗アールっていうのが、オレの売りだからな」
「真の正体は、魔人リュックでしょ」
「ダーっ! おまえは、つまらねーことばかり言ってんじゃねーぞ。さっさと福袋を作れよ」
(ふふっ、その反論、女神様とそっくりだね)
リュックくんは、麻袋にもプスリプスリと刺してポーションを詰めているようだ。中を見ると、めちゃくちゃだな。適当に10本ずつ入れてある。
「リュックくん、人族用と魔族用を分ける方がいいよ。欲しいものが違うんだから。それに、クリアポーションは値段が高いし、げっ、気まぐれで魔ポーションも入ってるじゃん」
「福袋なんだから、適当でいいんだよ。おまえ、日本人だったくせに、全然、福袋のことがわかってねーな」
(えっ……)
「これ、いくらで売るの? 中身は銀貨10枚分もあれば、金貨2枚以上のもあるじゃん」
「そーだな、銀貨30枚かな。地底なら、銀貨30枚だとクリアポーション1本くらいだぜ」
(へぇ、そうなんだ)
麻袋にせっせと、銀貨30枚くらいの組み合わせでポーションを入れていく。リュックくんは、カルーアミルク風味の魔ポーションを結構混ぜているみたいだけど、魔ポーションは1本で金貨1枚だ。
「10本入りの福袋だ。中身は何が入っているかは、運次第だぜ。我こそは強運だと自負している奴は、こっちを買っていけ。1袋で銀貨50枚だ。3袋なら金貨1枚だぜ」
(はい? 銀貨30枚って言ってたじゃん)
リュックくんが、そう叫ぶと、魔族がどっと押し寄せてきた。
「3袋くれ!」
「俺も3袋だ!」
みんな、3袋を金貨1枚で買っていく。会計が楽だな。そして、袋の中を見て、大盛り上がりだ。
「魔ポーションが入っていたぞ!」
「ほとんどがクリアポーションだぜ」
「うぎゃぁぁあ、バラで買うべきだった」
「ははん、運のない奴は、損するようになっているのだな」
販売ミッションの人達だけでは足りず、リュックくんは、シャインやルークさんにも、販売をさせている。
シャインは、ルークさんと話ができたのだろうか? まぁ、親が干渉しすぎるのも良くないな。そっとしておこう。
ルークさんが店頭に立ち始めると、人族の客も増えてきた。ルークさんは人気だよね。
それにルークさんがいると、魔族はおとなしい。中身がしょぼくても、ルークさんには文句を言えないよな。
クライン様も、混雑整理をしながら、ルークさんに優しい目を向けている。あんなに小さかったクライン様が、こんな顔をするのを見ると、僕は少し胸がぽかぽかしてくる。
たぶん、クライン様も、ルークさんとシャインの関係を見守ってるんだろうな。
「へぇ、運試しの福袋か。面白いことを考えたな」
僕が、せっせと麻袋にポーションを詰めていると、この街のギルマスがやってきた。
「ギルマスこそ、販売ミッションの報酬を魔ポーションにするとは、面白いことを考えたなと思いましたよ」
「魔族が集まる場所には、魔族を配置しないとね。神族には抑えきれないだろう? もっとも、暴れる奴がいたら、街長が容赦しないだろうけどね」
ギルマスの抜け目ない笑顔に、僕はクライン様の言葉を思い出した。確かに、ちょっと怖いくらい知恵が回るよな。
「皆さん、行儀良く買い物してくれていますよ。おかげで、在庫を減らせそうです」
「それは良かった。しかし、こんなに大量のポーションを地底に渡してしまって、大丈夫なんですかね?」
「戦乱が激化するということですか」
「いや、それもあるが、地底では、一部の種族がポーションの流通を管理していたようだけどね」
(あー、大魔王か)
確かに、大魔王メトロギウスは、キレそうだよな。だからギルマスは、クライン様やルークさんに、販売ミッションを受注させたのかな。
「ギルマスの配慮で、大丈夫そうですよ」
そう答えると、彼は意外そうな表情を浮かべた、
「ほぅ? 街長は、なんだか変わりましたね」
「そうですか?」
「ええ、なんだか余裕があるように見える。ちょっと、背筋がゾワリとしたよ」
「ギルマスにそう言ってもらえると、光栄ですね」
すると、彼はフッと笑った。何?
「なるほどねー。やはり、俺はこの星の、いやこの街の住人でいいかな」
(突然、何?)
「ギルマス、どこかへ行くつもりでしたか」
「あぁ、そろそろ、自分の星を再建しようかと思っていたんだがな。女神が言っていたとおりになりそうだ」
「女神様が何を?」
「フッ、星を壊された神は、ここにいる方が幸せだと言っていたか。妾の神族は頼りになる、とな」
彼は、遠い目をしている。でも本当は、自分の星に帰りたいんだろうな。神は自分の星と繋がっているんだから。
(これも、宿題かぁ)




