14、女神の城 〜ライト、イラつく
「ふふっ、可愛いでしょう? きゅんきゅんしちゃうわよねぇ」
女神様の代行をしているというナタリーさんは、ふわりと微笑んだ。妖艶な色気のある年齢不詳な女性なんだよな。
「ライトさんっすか? なぜ、幼児の姿なんすか」
ジャックと呼ばれたイケメンは、驚きで目をパチパチさせている。30歳前後に見えるアイドル系だけど、この人も、女神様の番犬なのかな。
「どうしてなのかしらぁ? 17歳の姿で復活すると聞いていたのにねぇ」
(そういう予定だったのか)
僕が、人生のやり直しを望んでいたからなのかな。リュックくんの話だと、僕は、通常時の戦闘力が低いことを悩んでいたみたいだ。
(はぁ、でも、なんか……もういいや)
過去の自分がどうだったのかなんて、ウジウジ考えるのも、面倒くさくなってきた。
みんなは、僕のことを知っているかもしれないけど、僕は何も覚えていないんだ。
生まれ変わる前の僕と、今の僕では、別人のようにステイタスが違うらしい。だったら、みんなの記憶にある僕にはなれない。
(僕は、もう、こんなの嫌だ!)
僕は、立ち上がった。
「あら、ライトくん、どうしたのぉ?」
(なんだか、イラつく)
子供達がワイワイ楽しそうにしている姿も、ナタリーさんの甘ったるい話し方にも、すべてにイラついてきた。
「ぼくは、しつれいします」
「えっ? なぁに? どうしちゃったのぉ?」
(イライラが押さえられない)
ナタリーさんの、僕を気遣うような優しい目にもイラつく。ジャックさんのあっけに取られている顔にもイラつく。
「ぼく、ギルドのミッションがあるので」
「ちょっと、待ってよぉ。まだ、ここに呼んでいる人がいるのよ〜」
(タイガって人だろ?)
「ぼく、おかねがないから、ギルドミッションをして、かせいできます」
僕は、ぺこりと頭を下げて、階段へと走った。
(うわ、これは、無理だ)
あまりにも急な階段に、2歳児の姿の僕は、とんでもない恐怖を感じる。
「ライトくん、階段は降りられないでしょう? もうちょっと待っていてねぇ」
(なめるな! 僕は、降りられる!)
僕は、霊体化! を念じた。ふわっと身体が軽くなる。
「あっ! やっぱりライトさんだ。綿菓子みたいな死霊だもん」
(綿菓子?)
霊体化したら、幽霊に見えるんだった。この姿を知らない人に見られたら、怖がられそうだ。
(あっ、そうだ!)
僕は、透明化! を念じてみた。
「ライトさんが消えちゃった」
子供達がキョロキョロしている。
「困ったっす。ライトさんが、霊体化と透明化を使うと、気配が完全に消えるっす。ナタリーさん、何とかしてくださいっす」
(ナタリーさんには、わかるのか)
「うーん、ちょっと待ってねぇ。きっとライトくんは、ここにいるわよぉ」
ナタリーさんは、何かの呪文を唱えている。僕は、ふわふわと階段を降り、店の外へと出て行った。
(食い逃げみたいだな)
だけど、戻る気にはなれない。僕は、ふわふわと、さっき来た道を戻っていった。
(誰も気づかないんだ)
僕が飛んでいても、すれ違う人も、僕とぶつかりそうになってすり抜けていく人も、誰も気づかない。
見つかる心配がないとわかってきたら、無性に悲しくなってきた。なぜ僕は、こんなことをしているんだろう。
(さみしい)
たくさんの人がいる中で、誰にも気づいてもらえない。僕は、そもそも、存在している価値がないんじゃないかと思えてくる。
(自業自得だよな)
なんだか我ながら、身勝手な行動だな。
子供達は、女神様に頼まれて、僕をカフェに連れて行ってくれた。それに、僕を守ると言ってくれた。
あの店のオバサンは、何も食べていないからと、ごはんを食べさせてくれた。ちょっと毒舌だけど、あたたかい笑顔を向けてくれた。
ナタリーさんは、きっと僕のために、あの店に来たんだ。ジャックさんも、呼ばれたみたいだ。もう一人、会ってないけどタイガって人も。
それなのに、僕は勝手にイラついて、霊体化して透明化して、店を飛び出して……誰にも気づかれないから悲しくなって……。
(僕は、何をやってるんだよ)
僕の身体は、2歳児だし、感情も身体に引きずられてる。だけど、この世界に来たときは、27歳だ。それから100年生きていたなら、127歳じゃないか。
頭ではわかってる。だけど、気持ちがついてこないんだ。
虹色ガス灯の広場に戻ってきた。
(どうしよう)
警備隊のレンフォードさんとの連絡は、女神様がやると言っていた。それにミッションは、女神様も、猫耳の少女の姿で受注したんだよな。
女神様と顔を合わせる気分じゃないな。僕は、たくさんの人の好意を無視して、飛び出してきてしまったんだから。
(しかし、すごい臭いだな)
プンと血の臭いがする。霊体化していても、臭いは感じるんだ。なぜ、こんなに怪我人がいるのに、街の中をたくさんの人が、平然と歩いてたんだろう。
魔法を使えない人達なのだろうか。普通、治療をしようとするんじゃないの?
(あっ、あれ?)
たくさんの人が広場の何もない場所に、急に現れた。すごい臭いだ。血と、変な何かの臭い……。
「えっ? まだ、こんなに重傷者がいたのか」
「旧帝国側で大勢の生存者が発見された。魔族の領地は、回復が間に合っていると考えていたが、甘かったぜ。まだまだ来るぞ」
「ちょ、どうする? 血止めは……」
「まず、毒を消さないと。湖上の街に救援要請を出すか」
「いや、ライトさんは……いないぞ」
「マズイな。女神様に……いや、女神様はこの治癒の雨を降らせているだけでも負担なのに……」
「ナタリー様に、相談してくるよ。城にいらっしゃるか?」
「いや、ナタリー様は、居住区だ。俺は場所がわかるから、行ってくる」
焦る人達の会話を、僕は盗み聞きしている。
続々と現れる人達は、人間ではないように見える人もいる。そうか、この広場に、こんなに血の臭いが漂っているのは、地上から負傷者が、転移で運ばれてくるためだ。
怪我人を見ると、今にも死にそうだ。だけど、魔族だから死ねないのか。
(あっ、あれは……)
虹色ガス灯の上に、キラッと光る何かが現れた。記憶のカケラだ。
(こんな場所に現れるなんて……)
僕は、戸惑いながらも、手を伸ばそうとした。だけど、今の僕には手がない。そう考えていると、手が現れた。
だけど、壊れたテレビ画面のように、ザーザーと砂嵐状態のような、変な感じに見える。石碑の所でも、こんな感じになったよな。
僕は、キラッと光る記憶のカケラに触れた。その瞬間、コマ送りのフイルム映画のように、何かの映像が頭に流れ込んでくる。
(ジャックさん……)
そうか。僕は、この場所で、ジャックさんの身体の中に取り憑いていた呪詛の摘出をしたんだ。
僕は、半分だけ霊体化することもできる。それが、さっきの壊れたテレビ画面のような変な感じに見える状態か。
霊体化は半分だけでも、壁や扉をすり抜けることができる。それに、意識すれば何かに触れることもできる。
僕は、手を半分だけ霊体化して、回復魔法を使っていたようだ。身体を切らずに、誰かの身体の中の臓器に触れることができる。だから、弱い魔力でも、普通の回復魔法よりも高い効果があるんだ。
そして、『眼』を使うことで、体内の様子が見える。だから悪い箇所に、直接触れて治すことができるんだ。
(それで、回復特化の側近なのか)
僕以外で霊体化できる人は、神族には居ない。それに、僕の属性は、闇属性だ。闇属性の神族は少ない。ほとんどが光属性なんだ。
だから、僕は、特殊な聖魔法も使える。闇属性だからこその聖魔法。うーむ、これは、まだイマイチよくわからないけど。
「いま、ナタリー様は、動けないそうだ。湖上の街への救援要請は、出してくださった」
(僕のせいだ)
「そうか、まぁ、それなら……うわ、また来たぞ」
また、大勢の怪我人が運ばれてきた。半端なく死にかけている人ばかりが運ばれてくるんだ。
治療をしている人は、必死だ。ときどき、ポーションのような小瓶を飲んでいる。
僕は、地面に降り、霊体化と透明化を解除した。
「ええっ? どこのチビっ子だ?」
「坊や、ここには来ちゃダメだ。お母さんか誰かのとこに……」
「けがにんのちりょうを、てつだいます」
「ええっ!?」
僕は、近くに寝かされている人の身体の中を『見て』みた。臓器が変色している。人間なら死んでいるんじゃないかな。
手を半分霊体化し、スッと身体の中にいれた。そして、回復! を唱えた。よし、これでいい。
「えっ? ちょ、えっ? 坊や?」
「ライト様の子供か? いや、こんな小さな子はいないはずだ」
混乱している人に、どう説明すればいいかわからない。僕は無視して、次々と回復していった。
すると彼らは、僕が移動しないでいいように、怪我人を運んで来てくれるようになった。
僕は無言で、怪我人の治療をしていった。
(あ、あれ? 気持ち悪い……)
突然、目の前が真っ白になり、グラリと景色が揺れた。




